「マスター」

目の前の白が、呼ぶ。
マスターとは俺のことだ。別に名前がマスターってわけではない。むしろマスターは別に居て、正確なマスターは俺じゃない。

「正臣、だって」
「あぁ、そうだった。正臣…くん」
「ん」

よくできましたと言う代わりに頭を撫でると、満足そうに微笑った。やさしく。

これは、臨也さんが俺に寄越したものだった。…これとか、寄越したというのにはとても抵抗がある。だってこれは人間そのものみたいだ。表情もあって、会話もスムーズに出来て。現代の科学はこんなにも進んでいるのだと思わず感心する。さてその臨也さんはなんでも、イタリアだか何だかに仕事で少し家を空けるから、事務所の掃除を頼んできた。名指しで。俺を。波江さんの方が掃除なんかはちゃっちゃとこなしそうだが…。…本当にあの人は、何を考えているかわからない。
でも、埃っぽいのはキライだ、そう顔をしかめる臨也さんの表情はしっかりと頭に残っている。


そんなわけで、寄越された。
どんなわけだ、繋がっていないじゃないかって?たしかに。でも実際、何も言わずに「はい」と言って説明をする間もなく出ていってしまったのだから仕方ない。

臨也さんとそっくりそのままの顔、声、髪、身長…。違うものと言えば、服装と表情ぐらいだ。サイケと名乗ったこの男は、雪を思わせる真っ白なコートに身を包み、蛍光ピンクのヘッドフォンをしていて、瞳も見事なピンクだった。とても不思議な印象を与えるサイケと臨也さんは雰囲気は似ていた。
でもやっぱり表情が違って、いつも可愛らしくにこにこと笑って、あどけない中学生の女の子みたいなかんじで。

サイケは一度も、臨也さんみたいな人を小馬鹿にした表情はしなかった。
さて、何故臨也さんはこんなものをつくったのか。(臨也さんがつくったわけではないだろうけど、つくらせたのは間違いなく本人だろう)

『俺の代わりだよ。正臣くんが寂しくなって泣いちゃわないようにね…』ってとこかな。多分合ってる。


「正臣くん」

どきりと心臓が高鳴る。
その声は、反則だ


「どうしたの正臣くん?顔、赤いよ?」

心配そうに桃色の瞳が俺を見つめる。

どうしたも何も!アンタが顔を近付けるから!

なんて、臨也さんには言えるけどなんとなくサイケには言えない。
ああ、無駄に整いすぎなんだあの人の顔は。


「な…なんでもないですよ」
「ホントに?真っ赤だよ、顔」
「気のせいっスよ…ってうわっ」

ひょいと軽々とサイケに持ち上げられてしまった。待て待て!これはお姫様抱っこじゃないか。俺は可愛い女の子としたいのに!

「おっろせサイケ!」
「熱かもしれない。熱はよくない、からね…ってマスターが」

反論を聞くまでなく、俺はベッドに投げ込まれた。事務所のベッドは大きくてとてもふかふかだが、あの人はほとんどベッドで寝ることはなくて、デスクの前かソファーで寝ることがほとんどだった。あまり使われないベッドは、なんだか寂しげだと思う。

「顔、ホント真っ赤」
「…っるさい!」

押し倒すような形でサイケは俺を見下ろしながら、口元を緩ませた。

「涙目だし、きっと熱だね」



すると、おでこをぴったりとくっつけてきた。
思わずぎゅっと目をつぶってしまう。だって、目を開けたら…臨也さんにやられてるみたいで…。うわ、俺何考えてるんだ。悶々と自分との葛藤を続けていると、おでこの感触が消えた。

恐る恐る目を開けば、


「正臣くん、顔えろい」
「えろっ…!?」

真顔でそう言うものだから、反論もできない。こんな綺麗で可愛い顔にえろいとか言われるなんて!

臨也さんなら真っ先にぶん殴ってたけど、サイケ相手には気が引ける。

どうしていいかもわからず硬直する俺に止めをさすように、


「ちゅーしようか、正臣くん」


にっこりにこにこ、ようやく臨也さんらしい厭らしい表情で笑うサイケの姿に、あぁもうどうにでもなれとまた目を瞑った。





110424

臨正ったーで「おでこをくっつけるサイケと正臣」って出たのでこの話を考えました!
書き終えるのに数ヶ月(笑
サイケたんマジ天使、正臣も天使。2人いると素晴らしいね!
まさに楽園。


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