Are you an angel? | ナノ
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12 心の奥深くに


カーテン越しに暗いベランダを眺めていると、時期には早過ぎる雪は止みかけていた。天気予報では明日は快晴で気温も上がると言っている。どうせ慌てた土方さんがこの雪を何とかする為にそう決めたんだろうな。
それにしてもこの雪が、まさか一君の仕業だったなんてね。正直言ってものすごく驚いた。あの映画のモンスターを地で行ったってわけなの。
かつて僕の知っていた一君のした事とはとても思えない。いつも無表情で余計な事を一切言わずに、ただ黙々と任務だけをこなしていた、あのつまらない一君が、こんなことをするなんて。
冗談が通じなくて馬鹿が着くほど生真面目で、そのくせ天然だから、僕はよく彼をからかっては面白がっていた。女の子には全然興味を示さなくて、尊敬する人は唯一人土方さんだけ。彼の隣に女の子がいる図なんてあの頃は想像も出来なかったな。そんな彼を変えたのは、言うまでもないよね。

必ず幸せにしてくれ、あんたの手で。

僕の腕に渡しながら一君はそう言った。その瞬間僕は、一君ってやっぱり馬鹿なんだと思った。自分の大切な女の子を、奪おうとしている男の手に自ら渡すなんて、本当に馬鹿だ。
そんなの彼がなまえちゃんから手を引くと、はっきり宣言したのと同じでしょ。僕にとっては全てが望んだ方向に進んでいるという事になるけどね。
でも僕は彼の顔を見て一瞬たじろいだ。一君は薄っすら微笑んでさえいたんだ。そして前と同じことを言った。必ずドクターの診察を受けろと、天界に戻ってももう大丈夫だから、と。僕はなまえちゃんを抱く腕に力を込めながら、目を逸らすしかなかったんだ。
スノーマンに抱きかかえられて戻ってきたなまえちゃんは雪にまみれて、びしょ濡れで冷え切っていて、また風邪を引かせちゃいけないと思ったから、直ぐにお風呂の用意をすることにした。
玄関先の一君が流石に気の毒に感じたので、僕にしては珍しく親切に「君も入ってけば」と勧めれば「なまえが目を覚まさぬうちに、帰ったほうがいいだろう」と、肩の雪を払いもせずに彼は踵を返した。その背を見送った僕の胸中は複雑だった。
どうして一君がなまえちゃんを僕に託す気になったのかは薄々解っている。
ベランダにまで積もった雪は穢れない純白で、薄青い街灯の光を映して幻想的に光っている。どうしてなんだろう、心を締め付けてくる。
胸が苦しくなって強く掴んだ瞬間、肺の方から咳が上ってきた。
抑えるために口元を抑えて、僕はキッチンに駆け込んで薬を飲み込む。
一君に渡された薬がなくなってから、なまえちゃんと一度だけ松本ドクターのところへ行った。本当は連れて行きたくなんかなかったけど、彼女って意外に強情で強引について来たんだ。おかげで僕の肺の病気を詳しく知ることになった彼女はすごく驚いていた。
どうしてもっと早く言わなかったのと詰め寄られたけど、症状が悪くなり始めたのはつい最近だし、それまでは病気にかかってるのが嘘みたいに僕は元気だったんだ。だからずっと近藤さんにしか教えてなかった。自動的に土方さんにも伝わっちゃったみたいだけど、一君にまで話すなんて、あの人は相変わらず余計な事ばかりするよね。
この部屋に戻ってきてから、なまえちゃんは一君と離れて以来初めて、僕ときちんと向き合って話をしてくれた。僕たちはいろいろな事を話した。病気のことから、これからのことを。

「天使は病気にならないんだと思ってた」
「僕たちは人間の持たない特殊能力を持ってはいるけど、残念ながら風邪も引くし病気にもなるよ」
「なら、嘘ついたの? 前に風邪を引かないって、」
「嘘って言うかさ……あれは嘘と言うより迷信? 親が子供を鼓舞するために言う言葉ってあるじゃない。子供は風の子だから寒くても外で遊べとかいうの」
「でも前に彼も同じことを言って……」

なまえちゃんはそこまで言って口を噤む。
彼……。一君のことか。
僕らはそれぞれ同じ迷信を聞かされたんだから、当たり前だ。
あの日からなまえちゃんは口煩く僕に薬を飲むように言い、そしてこの間ついに言ってくれたんだ。「そばに居る」って。「君がいてくれるなら僕は死なない、薬もちゃんと飲むよ」そう言って笑って見せれば、彼女も笑顔を返してくれた。でもそれは何だかとても儚げな笑顔だった。
解ってる。言わせたのは僕だ。
この病気は百年も前なら死病と言われたものだけれど、現代では医師の指示通りにきちんと薬を服用することで完治が可能になっている。だけどそれを守らなければ……。
僕は彼女を脅した。卑怯だよね。自分でもそう思う。だけど、もうどうしようもなかった。
いつからかは解らないけど、ずっと一君を憎んでいた。一君は僕の欲しかったものをなんだって持っていた。幸せな子供時代の思い出も、僕よりも巧みな剣の腕も、健康な体も。そして愛する恋人も。
引き換え僕は何も持ってない。憎しみと言うよりも、それは嫉妬だったかも知れないね。
だから僕は、彼が大切にしているなまえちゃんを奪い取りたかった。きっかけはそうだったんだ。だけど二人が暮らすこの部屋に通ううちに、いつの間にか彼女に惹かれていた。
そして一緒に居るうちに、本気で好きになって、どんどん想いは止められなくなって。どんな手を使っても、どんなに恨まれても憎まれても、僕はもうなまえちゃんと離れたくないと思った。
微かな水音の聞こえる浴室の方を振り向いてみる。
彼女をどうしても欲しいと、今も強く望んでしまうんだ。僕は一体、どうすればいいんだろう。





乳白色のお湯に顎まで浸かれば身体の芯からほぐれて温まってくるのが解る。手のひらで掬い上げてジャブジャブと顔を洗った。そうしなければまた涙が出てきそうだったからだ。
左側の壁を見やればあの日の事が甦る。はじめさんに最後に抱きしめられた場所。
もしもあの日に戻れたら、そして彼を拒んだりしなければ、何かが違っていたのかな。暫く考えることをやめていた頭が、久しぶりにはじめさんの事でいっぱいになっていた。
今日私は会社の帰りに雪で遭難しかけたみたいで、このまま死んじゃうのかななんて薄れる意識の中で考えたりしたんだけど。
気が付いたら家に戻っていた。沖田さんに揺り起こされたから、どうやら眠ってしまっていたみたいだ。どうやって帰って来られたのか、目覚めてすぐには解らなかった。
お風呂に浸かって身体が温まるにつれ、思考回路も繋がり始めたのか、眠りながら見ていた夢を思い出した。
神様が最後に見せてくれた幸せな夢。はじめさんの声を聞き、はじめさんの腕に抱かれていた。長い長い道をゆっくりと歩いていく彼の腕の中にいた。
穏やかな低い声や優しい手つき、彼の匂いまでが、私の中に今も鮮明に残って居る。
ふと確信した。あれは夢じゃない。本当に彼が来てくれたんだって。そう考え始めたら、私には絶対にそう思えて仕方がなくなってしまう。はじめさんは最後に、助けに来てくれたんだね。
じっと壁の一点を見つめる目からは涙が次から次へと溢れてくるので、私は何度も何度もお湯を掬って顔を洗った。
彼が離れて行った時は、瞳が溶けて流れてしまうんじゃないかってくらいに泣いた。心の水瓶が空っぽになって枯れ果てるまで。その挙句、ここ暫くは涙を流すことを忘れていた。
私は今度こそ、本当に彼から卒業しなくちゃいけない。
はじめさんはどこまでも優しい人だから。
一緒にいた間どれほど私を大切に想っていてくれたか、そしてそれは今もなんだって思える。そんな彼が私に沖田さんを頼むと言った。彼がどんな気持ちでいたのか、それがどれほどの決意でどれ程苦しんだのか私には解る気がするんだ。
はじめさんはきっと沖田さんの病気の事を知ってる。
ずっと彼がしてくれたことの恩返しを、私は一つも出来ていなかった。いつだって彼に助けられてばかりだった。彼の為に何かしたいとか彼を守りたいとか、大層な事を考えたって空回りばかり。そんな彼が最後に私に頼んだのは、沖田さんの事。彼が私に何かを頼むなんて、多分これが最初で最後だ。私が沖田さんといることが彼の望みならば、誠心誠意それに応えようと思うんだ。
沖田さんは気の毒な人だと思う。彼が私に向けてくれている想いに、鈍感な私もそろそろ気づいている。
愛せるのかと聞かれれば、無理かもしれないとも思う。彼の事を男性として見たことが一度もなかったんだ。でも私の助けを求めてくれるならば、応えてあげたい、力になってあげたいとは思うようになった。あの声を聞いてから。私は浅はかだけど浅はかなりに、口ばかりじゃなくて出来ることをしないといけないんだって考えたんだ。
はじめさんは強い人だし、あんなに素敵な人なんだから、私なんかいなくてもきっと直ぐに可愛い恋人が出来るだろうな。
あ、やばい、そんな想像をしたらますます涙が止まらなくなってしまうよ。
かつて彼に誓った想いはきっと変わらない。私の心の中に居るのは多分、この先もずっとはじめさんただ一人だけ。彼だけを愛している。
この想いを心の奥深くに仕舞って、想い続けるだけなら許してもらえるよね?
涙でぼやけて、もう壁の色も見えない。
選択肢がなかったわけじゃない。沖田さんの傍に居る事を選んだのは私で、私自身がそう決めたんだから、泣くなんておかしいよね。
でも、これが最後。最後だから。明日からはもう泣かずに前を向いて生きていくから。
だから今だけは、いいかな、泣いても。
壁に向かってブツブツと漏れていた私の独り言がやがて嗚咽に変わっていく。
あまり大きな声を立てたら沖田さんに聞こえてしまうと思ったので、私は慌てて頭までお湯に潜った。沖田さんが浴室のすぐ外の廊下に立っていたことに、私は気づいていなかった。





出頭を命ぜられ大天使の部屋に足を踏み入れるなり怒声が飛んできた。椅子から立ち上がり険しい顔で俺を見据える大天使の前で、俺は項垂れるしかない。叱責を受けても致し方ないことをしでかしてしまったのだから、頭を垂れて神妙に土方さんの言葉を聞く。

「お前一体、何やってやがんだ?」
「申し訳ありません」
「危うく死者が出るところだったじゃねえか!」
「全て俺の不徳の致すところです。どんな責めも受ける覚悟でいます」

酷い雪害となってしまったが実際には死者が出なかったことがせめてもの幸いだった。しかし交通機関が乱れかなりの人間の足を止め、被害が甚大であったことは否めない。重ねて謝罪を述べる。
一頻りの沈黙の後、土方さんは深いため息をつくと、声のトーンを和らげた。

「ま、お前が慣れてねえのを知っててやってもいいと言ったのは俺だ。お前だけ責めるのは当たらねえがな」

雪を降らせて地上を混乱に陥れたことを責められるのは当然である。天界は地上の守護も主な仕事としているのだ。本来なら始末書か謹慎かの処分を受けるところだが、結果として土方さんは寛容だった。
土方さんに総司の病の件を知らされたことによって、俺の中で考えが一変した。なまえを諦めることを決意することは、身を裂かれるほどの苦痛であり、生きていけないのではないかとまで思うほど、俺にとっては耐えがたいことだ。
しかし観念上でそう思う俺とは違い、総司は本当に生きていけないのだ。直接聞いたわけではないが、いつもヘラヘラと皮肉屋の総司が、あそこまでの行動に出るにはそれだけの想いがあったのだろうと、俺はついに気づき認めざるを得なくなった。
そうしてなまえとの別離を決めた経緯を大天使は熟知している。

「俺に責任の一端がないとは言えねえしな」
「ミスを犯したのは俺です。風間にも注意を受けたのに」
「会ったのか。なんて言ってやがった、あいつは」

安い同情に一切の価値はない。

彼はそう言った。
俺はまた自問した。風間と別れてから何度も自身に問いかけた。
これは同情だろうか。断腸の想いでなまえへの思慕を断ち切り、総司の手に委ねることは、ただの同情なのだろうか。
彼女との思い出の残るアパートへと、彼女を抱いて切なさに胸を塞がれるような思いで歩いた。愛おしい重みを感じながら、降り頻る雪の中この道が永遠に続けばいいと埒もないことを願った。
だが無情にも小一時間もすれば辿り着いてしまう。今はもう俺が立ち入ることの許されないあの部屋で、出迎えた総司は以前よりも少し窶れたようだった。
なまえを愛する想いは毛ほども揺らいではいない。
だが総司とは盟友としてこれまで共にやってきた。風間と敵対した時に、あいつが力になってくれたことを俺は忘れてはいない。総司はああ見えて根はいい男なのだ。そして人一倍愛情に飢えていたという事を知っている。
俺と同じように命を賭して彼女を欲しがった総司に、俺は結局負けたのだと思う。
恋い慕うあまりに彼女を壊してしまいそうな俺よりも、総司といた方が彼女にとっても幸せなのではないか。総司は俺よりもなまえを理解できる男なのではないか。
愛すると言うことは信じることだと左之が俺に教えた。そして同時に愛すると言うのは求めることだけではない、愛する者の気持ちを理解してやることでもあるとやっと気づいたのだ。

「あいつも言うじゃねえか」
「…………」
「御託を言う気はねえ。だけどな、昔の無欲なお前に戻っちまってやっと手に入れた人間味を失ったら、まあ、……残念だ、とな」
「土方さん。人間味と言われても俺達は人間ではありません」
「物の例えだ」

俺は笑って見せた。土方さんなりに心配してくれているという事がよく解ったからだ。
以前のストイックな自分に戻り、ただひたすら与えられた任務に邁進して生きていく。特に不都合などはない。
俺はなまえを知り彼女に焦がれた日々を、そして愛し合った日々を忘れるわけではないのだ。
彼女に誓った愛が変わることはない。彼女は俺にとって生涯唯一人の大切な人だ。これからも俺はなまえだけを愛し続ける。
この想いを心の奥深くに仕舞って、想い続けるだけなら許してもらえるだろう?
眼を閉じれば瞼の裏にいつでも浮かぶ彼女の笑顔を、決して忘れることはない。
傍にいることこそ叶わぬ立場となってしまったが、俺はなまえをこれからも守っていくつもりでいる。
なまえの暮らす地上の平和を精一杯守ることが、彼女をも守ることに繋がるのだとそう信じている。そしてその傍に居る総司のことも、出来る限りこの手で守ってやりたいと思っているのだ。


This story is to be continued.

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I am in love with an angel every day!



MATERIAL: blancbox / web*citron


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