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05 将軍警護  


将軍家茂の三度目の上洛が決まり新選組はその警護を拝命した。西本願寺屯所の広大な広間に近藤局長の朗々とした声が響き渡る。
局長は満面の笑みで隊士達に語りかけた。

「諸君。我等の働きが認められこの新選組が家茂公の上洛の警護を、一手に引き受ける事が決まったぞ」
「幕府のお偉いさん方も池田屋、禁門の変と目の当たりにしては俺等を認めざるを得なかったんだろうよ」

土方も珍しく相好を崩している。
皇妹和宮降嫁による公武合体の条件として幕府は攘夷を約束していたが、なかなか実行に移さない事で朝廷は苛立っていた。加えて幕府の治安維持能力では手がつけられない程の過激尊皇攘夷派が京で暗躍しており、将軍の身が危険に晒される恐れがある。
そこで新選組の登用であった。実は呑気に喜んでいる場合でもなかったのだが、腕に覚えのある剣客集団としてはこれで更に名を上げたい。
幕臣に取り立てられる事それは近藤の悲願であり、近藤を盛り立てたい土方としてもその布石として成功させたい仕事であった。
池田屋で深手を負った平助とここのところ体調を崩している沖田以外の、全隊を挙げて警護に当たる事が決定した。

「あの、私も同行させて頂いてもいいんでしょうか」
「もちろんだ、雪村君。我等一丸となって家茂公をお護りしよう」
「お前には使いや伝令を任せる」
「俺は今回は残念だけど、俺等の分まで働いてきてくれよな」
「まあね。君も少しは役に立つって一応は解ったからね。少しだけどね」
「ありがとうございます」

局長と副長の了承を得る事が出来た。平助も沖田さえもが皮肉を交えつつも激励をくれた。千鶴は自分も皆の役に立てると思うと嬉しかった。

「斎藤さん、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼む」

斎藤も笑みを見せてくれた。



二条城は堀川通に東面し周囲に堀を廻らせた平城である。徳川家康が京都御所の守護と将軍上洛時の宿泊所として建造したものだ。
五月二十二日。三条蹴上まで将軍を出迎え二条城まで警護にあたる。隊士は鎖帷子に身を固め隊列を整え粛々と将軍に付き添った。夜は篝火を炊きながら城周辺を交代制で警備する。

「苗字、大丈夫か」

斎藤はあれから名前のことが意図せずに頻繁に心に上ることに困惑していた。副長命令を抜きにしても何故か解らぬが目が離せない。気がつけば目で追う己に気づく。
性別を明かさない条件で隊務に励む名前が弱音を吐くことは一切ない。しかし彼女は紛うことなき女性であるのだからその身を案ずるのは隊を預かる者として当然のこと、そう結論づけて己を納得させる。

「他の者と代わって休むといい」
「平気です」
「この警備体制では勤王派も手は出せまい。ここは大丈夫だ、少し休め」
「いいえ、組長も他の皆さんも朝からずっと任務に当たられているのです。私如きが休むわけにはいきません」
「お前は存外、強情なのだな」
「任務ですから」

斎藤がフッと小さく笑う。
切迫した事件も起こらず任務中と言うのに穏やかな時間が流れていった。やがて持ち場交代の為、永倉と原田がやってくる。

「よう名前、無理してねえか?」
「少し休憩しろよ、交代だぜ」

永倉と原田が口々に近寄ってくるのを斎藤が牽制する。

「大丈夫だ。苗字に構うな」
「そうか? 無理すんなよ」
「大丈夫だと言っている」

そこへ、千鶴がぱたぱたと走ってきた。

「皆さん、交代です!」
「おう、千鶴もお疲れさん」
「あ、永倉さんも原田さんももう、いらっしゃったんですね。お願いします」

名前は目を細めて千鶴を見ていた。その横顔に目を留めていた斎藤が声をかける。

「どうかしたか」
「いえ……、雪村さんは可愛らしい人ですね」
「ああ、雪村も己の立場を受け入れ、気丈に振る舞っているようだ」

千鶴が複雑な事情を抱え新選組預りの身になっている事は聞いていた。尚もしばらく千鶴を見つめる。

無邪気で無垢で本当に可愛らしいな……

自分の境遇が違うものだったならば仲良く出来たのではないか。歳も然程離れていない。
名前は屯所に身を寄せてすぐに彼女が斎藤に想いを抱いている事を見抜いていた。
まるで妹のように感じられる千鶴の想いを遂げる力になれたならいいのに。



三日後の二十五日、家茂の下坂に伴い伏見街道藤ノ森まで道中警護し新選組は恙無く任務を終えた。


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