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淡い夜に紛れて  


土方に頼まれた書状を携え京都守護職御用屋敷へ赴いたなまえは、思った以上に時間を取られ帰りの時間を気にしていた。
立派な屋敷門を出た頃には暮れ六つをとうに過ぎ、六つ半にもなろうとしていた。
初夏の日は長いと言うものの、急がねば屯所に帰り着くまでに辺りは暗くなってしまう。
夜目にも映えるその色白の頬は衆道に狙われやすいですぞ、お気をつけなされ、となまえが女性であることを知りながら先程からかわれた事を思い出し、袴の腰に差した小太刀を確かめるように触れて足を急がせた。
烏丸通りを南下して五条通りに出てしまえば、いつもの慣れ親しんだ街並みに戻れる。
しかし通りを半分も行かないうちに、突然脇から出てきた手に腕を掴まれ口を塞がれた。

「……っ!」
「静かに」

いきなりの強い力に抗えず引っ張り込まれた路地で、だが直ぐに口を塞いだ手は外され背中から抱きすくめてきた人物を振り仰げば、信じられない事にそれは斎藤であった。
驚きから立ち直れないうちに今度は手の代わりに唇で唇を塞がれる。
置かれた状況が全く解らずに斎藤の為すがままになるなまえは、やっと離された顔に思い切り怪訝な表情を向けた。

「は、はじめさん?」
「驚かせて、すまない」

薄く含み笑う斎藤との唐突な出会いに、喜ぶよりますますわけが解らずに戸惑う。
恋仲になり数多の齟齬を乗り越えて深く心を通わせたものの、斎藤は三月から御陵衛士として伊東らと共に新選組を出ていた。
どうしてここにとか、こんなことをしていていいのか、とか様々な疑問が湧くが一つも言葉にならない。
そんななまえの心を見通しているとばかりに斎藤が腕を引いた。

「後で話す故」

大きな通りを避けるように細い路地の間を抜けて、斎藤の足は西の方角へ向かう。
長い初夏の陽も既に暮れかかり、西の山の端に残照を残して辺りはどんどん薄暗くなっていき、鴨川のせせらぎが微かに聞えた頃にはすっかり夜が始まっていた。
斎藤に手を引かれ、真っ暗な足元に気を取られながら土手を降りて行くと、眼の間を仄かな青緑の光が過ぎる。

「これを、見せたかった」
「あ、蛍……?」
「ああ」

見れば沢山の蛍が幻想的な光を纏い、チラチラと乱舞しているのだった。
嬉しくなって隣の斎藤を見上げると、過ぎった儚い蛍光に彼の横顔の輪郭が刹那浮かび上がる。
ゆっくりと此方に顔を向けると斎藤が小さく笑んだ。

「お前が守護職屋敷へ出向く事を昨夜聞いた」
「え?」
「今日は非番故、あの通りでお前を待っていたのだ」

多くを語らず斎藤はそれだけを言った。
何時聞いたのか、誰から聞いたのか、喉まで出かかった疑問を飲み込む。
十中八九、任務の為に御陵衛士に出向していると想像はついているが、その件の詳細はこれまで一度もなまえに説明をしていない。
きっと彼は答えない。
言いたくないだろうと思う。
それでも構わない。
こうして自分を忘れずわざわざ会いに来てくれた、それだけで身内に確かな幸せが湧きあがって来る。
草の上に並んで静かに座っていると、蛍が眼前を掠めた。

「屯所ではどうしている?」
「千鶴ちゃんのお手伝いや、副長の書き物のお手伝いなどしています。後は、少しだけ、鍛練……、」
「鍛練? まさか、隊務には出ておらぬだろうな?」
「出てません。副長が、許しませんから、」
「ならば、よい」

顔を覗き込んできた斎藤がほっとしたようにまた前を向くのに、自分が副長に進言したくせに、となまえは小さい笑いを洩らした。
こうしていると斎藤は何も変わっていない。
新選組に居た時と少しも変わらず、心配性の彼のままだ。
深夜報告に訪れれば副長がなまえに会う事を勧めてくれるのだが、屯所内に伊東の息のかかった者が在る事を知る斎藤は頑なに拒んでいた。
いっそ外の方が安心かも知れぬと、今日の使いは土方が計画的になまえに言いつけたものだったのだ。
水際へ行きたがるなまえに、暗いから足元に気をつけろと声をかけるも、美しい蛍に気を取られた彼女は湿った草に足を取られ、ずるりと足を滑らせた。

「……あっ!」
「なまえ」

斎藤が腕を掴んで引き寄せた時には既に足を川に浸して、袴の腰近くから下が見事に濡れていた。
なまえの頬に少し跳ね飛んだ川水を、外した襟巻で拭ってやる。

「だから言わぬ事ではない」
「すみません……、」

袴の裾は水分を含んで重くなっている。
温む夜気の中とは言え、濡れた袴を身に着けていては流石に冷えてきて、くしゅん、と小さなくしゃみをしたなまえを、気遣わしげに見た斎藤が袴に手を掛けた。

「は、はじめさん?」
「このままでは、風邪を引く故」
「で、でも……っ、」
「案ずるな。暗い上に、周りには誰もおらぬ」

斎藤はなまえの袴の紐を解きさっさと取り去ってしまうと、後ろの草の上に広げて向き直った。
誰もいないって、あなたがいるじゃないですか、と立ったまま頬を染めるなまえを見上げ、その視線を下げれば彼の顔も赤くなっていく。
袴の下で絡げてあった着物の裾も帯から外れぐっしょりと濡れていて、なまえの太腿にぴたりと纏わりついていた。

「よっ、邪な気持ちでしたのでは……ないのだが、」
「わ、解ってます……けど、」

なまえに纏わる着物の裾は、目の前のすらりとした脚の形を惜しみなく浮き上がらせ、斎藤の眼には嫌でも煽情的に映る。
一度逸らした眼を再びなまえの太腿に当て、そっと手を伸ばし触れた。

「冷えている」
「はじめ……さん、」
「これも、着ていては、風邪を引くな……、」





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2013.07.02
(キリリク/深月様)


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