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13 どれほど貴方を想っても  


近藤局長が斎藤の任務を労う口上を延べていると言うのに永倉、原田、藤堂は早くも酒を奪い合っていた。

「かーっ! こりゃ、うめえな!」
「ちょっと、新ぱっつぁん、一人で先に呑むなよー!」
「いやしかし、これはなんだ、平野酒って言うのか。高貴な味がするな」
「ちょっ、左之さんまで! 俺にも呑ませろよ!」
「はははっ、話が長くてすまんな。では皆、今夜は心ゆくまで呑んでくれ」

近藤は上機嫌で、土方さえも秘蔵の酒を出してきて振る舞っている。

「ったく、しょうがねえ奴らだな。まあ今夜は無礼講だ。好きなだけ呑みやがれ。千鶴が料理の方も頑張ったようだぞ」
「これは、斎藤さんや沖田さんが手伝ってくださったので……」
「酒も美味いがこんなご馳走食える日が来るなんてなあー! 俺は生きててよかった!」
「新ぱっつぁんはいちいち大袈裟なんだよ」
「あ、メバルの塩焼きしたのは僕だから」
「へえ、総司がねえ。この茄子田楽もいけるぜ。千鶴が作ったのか?」
「お口に合ったなら嬉しいです」

原田が抜け目なく千鶴も誉める。沖田も珍しくにこにこしている。名ばかりの宴の主役はいつものように端の席で静かに酒を呑んでいたが、彼は内心名前が気になって仕方なかった。彼女は少し離れた場所で無言で箸を動かしている。そこへ銚子を持った原田が近づいた。

「名前、お前も少しくらいは呑めるんだろ?」
「いえ、私はあまり……」
「なんだよ下戸か? この酒は癖がないからちょっと呑んでみろよ」

盃を名前に持たせ酒を注ぐ。斎藤は腸が捩じ切れそうな思いでそれを見やる。土方が隣にやって来なければ、膳を蹴って立ち上がりたいくらいだった。
斎藤の盃に酒を満たしながら、土方が声を潜めつつ労う。今回の任務の詳細は他の幹部達に公にしていない。様子から見て恐らく近藤にさえも正確には伝えない程の超極秘任務だったようだ。

「斎藤、よくやってくれた。お前に抜かりがないのは解っていたがな」
「は、」

調査で伊東が倒幕派と何らかの繋がりがある事ははっきりした。だからと言って今や大組織となった新選組は、伊東を即座に粛清すると言うわけにはいかない。
それなりの確証を得る必要があるのだ。まだ慌てる話でもない。
だがいずれは……。

「これからも頼りにしてるぜ」
「はい」

斎藤は口数少なく酒を口に運ぶ。
土方が近藤の元に戻りふと見ると名前の姿が消えていた。咄嗟に原田を目で探せば永倉や平助と騒いでいる。いつものように切腹の傷痕を披露しているようだ。安堵を覚え一頻りまた酒を呑んでから、斎藤は意を決して立ち上がった。



「苗字」

障子戸の外から抑えた声が聞こえた。返答も出来ず身体を固くする。

「苗字……いるのか」

白い障子に行灯の仄明るい火影が揺れている。

「……はい」

名前は観念したように答える。
障子が滑るように開かれれば、逢いたかった人の姿がそこにあった。しばらく無言で向き合っていたが、やっと斎藤が口を開いた。

「変わりはなかったか」
「はい……」
「何も告げず留守をしてすまなかった」

目を伏せていた名前が顔を上げる。慈しむような色を滲ませた斎藤の蒼い瞳が見つめていた。

「ご無事でお戻りになられただけで、それだけで……」

斎藤の目が見開かれる。まるで自分の帰りを待っていてくれたかのような言葉に胸が熱くなった。

「お前に渡したいものがある」

懐から薄桃色の布に包まれた物を出し名前の手に載せる。手の上の物を見つめ開けても?と小声で問えば、斎藤が目の端を薄く染めて頷いた。
布の中から現れたのは、飾りの部分に青い硝子の施された美しい簪である。 今度は名前の目が見開かれ次に綺麗な笑顔に変わっていった。斎藤は息を飲んで名前の顔を見つめていた。

「綺麗。これを、私に」
「受け取ってくれるだろうか」

笑顔を浮かべたまま目を潤ませて頷く。

「こちらが男の形をさせていると言うのに、このような物を、嫌がるかと心配した」
「いいえ、とても……とても嬉しいです」
「いつか女の姿のお前がこれを髪に挿すところを見たい」

名前がほんのりと頬を染め微笑む。やっとこの笑顔を見る事が出来た。喜びと共に溢れる程の愛しさが込み上げてくる。

「苗字、俺は」

簪を嬉しそうに見つめていた名前が、斎藤の切羽詰まったような声に再度顔を上げれば、蒼い瞳は切なげに揺れていた。

「俺は、」

名前が微かな動揺を見せる。

「俺は……お前を」

伸ばされた手が白い頬に触れれば、ぴくりと震わせた肩にもう片方の手が伸ばされる。

「名前を好いている」

引き寄せようとした身体がつい、と引かれ斎藤の手が宙で止まった。名前の頬が強張った。

「俺を嫌いか」
「ちが、違う……」
「ならば、何故」

何故、拒むのだ。
悲痛な言葉は声にならずに胸を刺す。
笑顔の消え失せた名前の白い顔が悲しく歪んだ。斎藤の絞り出すような苦しげな声に名前の胸は締め付けられる。

「私が、斎藤さんに思ってもらえるような人間ではないから……」
「それは俺が決める事だろう?」
「私なんかより、雪村さんが、」
「何故、雪村の話をするのだ」
「雪村さんが、斎藤さんには似合うんです」
「何故そのようなことを言う。俺は名前を愛しいと言っている」

今度は躊躇わずに強く引き寄せて、その身体に腕を回しきつく抱き締めた。斎藤の腕の中で名前は自分自身の想いに心が引き裂かれそうだった。このあたたかい腕に全てを委ねる事が出来たならどんなにいいだろう。
彼の言葉は震える程に嬉しく、そしてあまりにも苦しい。この世界に本来いない筈の自分が斎藤を好きになる事が恐ろしい。自分さえいなければ千鶴はきっと幸せになれる筈だ。
何もかもが許されない気がした。斎藤に疎まれる事を恐れ、自身の真実を話す事も出来ていない。
名前は静かに涙を流す。どのくらいそうしていたのか。震える手に胸を押された斎藤は我に返った。

「すまない」

名前が小さく首を振る。身体を離してその細い手を取る。

「お前は、その……、俺を嫌っている訳ではないのだな?」

名前は何も言わずされるままに手を預け、ただ悲しげに目を伏せていた。

「今宵はもう遅い。明日もある故、またゆっくり話をしよう」

名残惜しく思いながら彼は名前の部屋を辞した。
子の刻を過ぎているがとても眠れそうにない。自室と反対方向に足を向ける。広間では宴が終わったようだが隅の方で新八達がまだ呑んでいた。
気づかれぬよう勝手場へ行き酒の残った銚子と盃を取り、部屋へ戻ろうとして廊下を曲がれば、柱に凭れて総司が立っていた。

「一君がこんな時間に、珍しいね」
「ここで何をしている?」
「名前ちゃんと何かあったの?」
「…………」

総司は答えずに質問を返し、くくっと笑って赤面した斎藤を眺める。

「一君のそんな顔、初めて見たよ。僕が気づいてないと思った?」
「何を……」
「今日の勝手場での事見たって一目瞭然でしょ。気づかない千鶴ちゃんはどうかしてると思うけど」
「雪村がどうしたと言うのだ」
「はぁ、一君も大概鈍感だよね。……まあどうでもいいや。お休み」

言いたい事だけを言うと総司はさっさと踵を返し歩き去る。彼には敏い所があると思っていたが、心を見抜かれていたとは不覚だった。
自室で酒を呑んでも一向に寝付かれず、隣室の気配ばかりが気にかかった。やっと僅かに微睡んだと思えばあの白い夢を見る。そしてまた自分を呼ぶ声が聞こえてくる。
現に戻れば辺りは闇で、夜明けはまだ遠いようだ。
考えるのは名前のことばかりだ。彼女は何に苦しんでいるのか。躊躇わずに預けて欲しい。降りかかる全ての禍から彼女を守りたいと思う。
拒むというよりも名前は何かを抱えている、それを明かせずに躊躇っている、斎藤はそう感じた。


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