斎藤先輩とわたし | ナノ
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02:until Christmas


「おい、みょうじ、風間に個人的に近づくんじゃねえぞ」
「どうしてですか」
「気を抜いてるとひどい目にあうぞ」
「はあ」
「あいつが募集してるのはショップのアルバイトなんかじゃねえ。てめえの嫁だ」
「はあ、」
「お前がそんなことになっちまったら、斎藤が……、」

そう、それなの、斎藤さんなの、問題は。彼へのプレゼントどうしようかな。
新選エージェンシーへと戻る電車の中で懐に入れた受注書をさりげなく手で押さえ、満足げながらも土方部長は真顔だった。見るともなく部長の手に嵌められた手袋を見遣る。それは赤味がかったブラウンの革手袋である。

「レザーショップのバイトに女しか採用しやがらないのは、嫁さがしと言う風間の黒い野望のせいでだな……、」
「レザー……、」

またしても自分の思考に沈んでしまった私から、いつしか部長の声が遠ざかる。
ついさっき風間社長に見せられたのは素敵なレザー製品が綺麗にレイアウトされたカタログだった。それにあざとい私は聞き逃さなかった。「お前なら六掛けにしてやってもいいぞ」と言った、風間社長のスペシャルな一言を。
レザージャケットや鞄みたいな大物はお値段的に手が届かないけれど、小物なら私でも買えるんじゃないかな。
斎藤さんの持ち物は革製品が多い。私が名前を知らないようなイタリア製のブランドが気に入りのようで、キーケースに財布、手帳にベルトなどなど革製のそれらはスタンダードなデザインで彼にとても似合っている。物をとても大切に扱う人だから、上質の品を一生ものとして使うポリシーなのだそうだ。
だけど最近私は気づいたの。彼の手袋が結構傷んできているということに。
革製品は使いこめば風合いが増してより味わい深くなると言うけれど、斎藤さんのは私の眼から見てもそろそろ新しくしてもいいんじゃないかなという頃合いに見えた。
そうだ、そうだよ、レザーだよ。
意表を突いているとは言いがたいけれど生活必需品だし、斎藤さんの好まない“無駄なもの”ではなく現実的だ。
それに通勤の時なんかに嵌めて私のことを思い出してくれたりなんかしたら嬉しいじゃない?
これは、いい考えだよ。手袋ならお値段も手ごろだし、よし決めた!

「……というわけだ、わかったか」
「はい!」
「おう、どうした、いつもと違って妙にいい返事だな」
「ムッ」
「……だから怖え顔するんじゃねえよ」
「してません」
「……ったく、」

11月から始まった鬼のように忙しい年末進行も12月中旬を過ぎてそろそろ落ち着いてきている。
風間社長の15段広告の原稿はいつもと同じフォーマットで、日付と細かい部分の手直しだけで入稿できるし、懸案だった斎藤さんのクリスマスプレゼントを決定して、後は買いさえすればいいと思った私はいつになくふわふわと完全に舞い上がっていた。
そうなれば俄然楽しみになってくるクリスマス。
もう一件挨拶に寄ると言う部長と乗換駅で別れ終業時間を過ぎてオフィスに戻れば、何だか嬉しそうな千鶴ちゃんとどういうわけか今日も来ている社外の人が揃って声を掛けてくれた。

「あ、なまえさん、おかえりなさい! 寒かったでしょう、コーヒー淹れますね」
「おかえり、なまえちゃん」
「ありがと千鶴ちゃん。沖田さんたらまた来てるんですか、この年末の忙しい時に」
「土方さんがいないとここは天国だね。日頃しっかり仕事しているから大丈夫なんだよ、僕は」
「あんまりそうは見えないけど……、」
「ん? なんか言った?」
「……いえ、」
「はい、これ」

千鶴ちゃんがいそいそと運んでくれた私のマグカップの横に、可愛いらしいラッピングの小さな包みが置かれた。クリスマスカラーで先端がくるくると巻かれた素敵なリボンがかかっている。

「なんですか?」
「クッキーだけど食べてよ。ところでさ、なまえちゃんクリスマスの予定ってもう決まってるの」
「え……、それはもちろん」

沖田さんという人は敏いし鋭い。それなのに「よければ僕と過ごさない?」なんてどうして言えちゃうんだろう。私が斎藤さんの彼女だということを忘れたふりをしているのか、それとも斎藤さんの存在をわざと無視した戯言なのか、とにかくたまに変なことを言い出す。思えば社員旅行の時もそうだった。
斎藤さんへのクリスマスプレゼントに悩み過ぎた私はついうっかりと、(彼と基本的には仲がいい筈の)沖田さんに相談してみようかななんて、実はチラッと考えちゃったのだけれど。
それだけはやめておいて本当によかったと、目の前でにこにこしている美形を前にして心から思った。





こぢんまりしたエントランスには常緑樹の低木、白く塗られた鉄製の門を開けば化粧煉瓦の敷き詰められた共用廊下が奥へと続く。
手前の階段の脇に設えられた小さな花壇にも黄緑色のコニファーが植えられ、電飾が巻き付いているそれは、夜ともなればクリスマスの風情を醸し出すのであろう。
たいていの週末はなまえが俺のマンションを訪れて逢瀬を重ねる為、俺がここに来ることはあまりない。
足音を立てぬよう階段に足をかける。ふいに階上から足早に降りてきたこのアパートの住人女性が、こちらをじっと見ながら脇を通過していくのに身が縮まる思いがした。俺にはその女性の頬が染まっていた事に気づく余裕などはない。
己が生涯に一度でもこのような事をするとは考えもしなかった。
二階の奥、なまえの部屋の扉の前に立ち、僅かの逡巡のあと意を決し、握りしめていた鍵を鍵穴に差し込んだ。軽い音を立て拍子抜けするほどあっさりと錠が外れる。
合鍵はなまえ自らが俺に手渡してくれたものであり、俺は何も疚しいことをしているわけではないと気を強く持とうと試みるが、しかし主のいない部屋に了承を得ず(つまり報告をせずに)入室すると言うのはかなり気の引けるものであった。これまで長く続けてきた剣道の試合前でもこれ程に緊張をしたことはない。
なまえと再会し恋人と言う関係になって以来、俺の考え方や行動形態が根本から変化したと言う事実は否めない。彼女に片恋をしていた高校時代にはこのように姑息な事をしようと思ったことは一度もなかったのだ。
そもそも幼児期を除けば季節行事は俺にとって興味の対象ではなく、それだと言うのにクリスマスにかこつけて俺は一体何をしているのだろうか。
クリスマスが意味を成すようになったのは昨年から、言うまでもなくなまえと過ごす様になってからである。
目まぐるしく考えながらもとにかくここへと出向いてきた目的を遂行する事だ。無意識に足音を忍ばせ室内へと踏み込み、平助から渡された紙袋を手にした俺は心を無にした。“木を隠すなら森”その諺に従って真っ直ぐになまえのクローゼットを目指す。


数分後。


なまえの部屋を出た俺はドアの施錠をするなり、ぐったりと疲弊を感じた。
多忙のピークが過ぎた今日は既に社内業務を終え、この後は自宅に帰る気でいたがここで再び逡巡する。背にしたなまえの部屋に再び潜入し今置いてきたものを回収する気力は少しも残っていない。
クリスマスイブは平日である。従って今年もどこかそれらしい店でなまえと食事を共にしようと考えていた。食事の後はいつものように俺の部屋で過ごす心積りだったが「いつもはじめさんの部屋ばかりでは悪いから」となまえからの愛らしい提案があった為、今年は彼女の部屋で過ごす予定となっている。それ故俺はこのように常からは考えられぬ行動に及んだわけだが、それは平助から仕入れた情報により俺の頭に導き出された考えであった。

「女の子ってのはとにかくサプライズが好きなんだ。クリスマスプレゼントも内緒にしとく方が倍喜ぶぜ」

すべきことを済ませ息をついたのも束の間やはり落ち着かぬ俺には、サプライズというものがつくづく向いていないのだとよくわかる。
なまえの私室に忍び込むような浅はかな真似をした己を彼女に隠し通すことが出来そうにない。
腕時計に眼を遣ればそろそろなまえの退社時刻になろうとしている。
俺は考えを変えて新選エージェンシーへと向かった。
彼女の顔を見て包み隠さず全てを話してしまえばいい。そうすればたった今己のした愚かな行為も帳消しになるような気がした。
小細工などするものではない、そう考えながら地下鉄に揺られ新選エージェンシー最寄りの駅で降り、地上への階段を昇る俺は数秒後目に飛び込むことになる信じがたい光景を無論予想していなかった。
駅の階段を昇り切り、すぐに足が止まる。
目の前で男に腕を取られたなまえが、一台の車に引きずり込まれようとしているのだ。

「なまえ?」

駆け寄ろうとした俺の声は届かぬまま、車は走り出す。
これは一体なんの悪夢だ?

I wonder if Santa is coming to see you.



02:until Christmas

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Loved you all the time