He is an angel. | ナノ
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When I fall in love. 


*Side Story 山崎スピンオフ


何もかもが運命だったのだと思った。
そして、一目惚れというものが本当にこの世に存在するのだと。
恋とは落ちる物、そして今まさに俺は落ちたのだと。





沖田さんと言う人は侮れない。
いつも人を食ったような顔でニヤニヤ笑っているが非常に敏いところがあり、腕利きのエージェントを自負する俺もあの人にだけは全く油断が出来ない。
あの斎藤さんでさえも翻弄されるほどだ。
人を煙に巻くのはお手のもの、その上相手をよく観察する。
真面目にやれば彼もいっぱしの、いやそれ以上の諜報員になれるだろう。
今回の一連のインシデントの中、みょうじさんを発見できたのは彼の力によるところが大きい。
ナンパと言うまるで遊びのような行為をしながら的確な情報を得る、これはなかなか出来る事ではない。(少なくとも俺には無理だ)
そこで俺は土方さんに相談する前に、HEAVENの彼の居室を訪ね当の本人に提案してみた。

「はあ? やーだよ、そんなの。面倒くさい」
「面倒くさいとは……仮にも任務に対して、もう少し、」
「ねえ、その話長くなるの? 全く君の生真面目には呆れるを通り越して面白くなって来ちゃうほどだよ。どっかの誰かさんみたい」

真面目な話を持ちかけた俺が愚かだった。
ではもう結構です、と言って彼から視線を逸らし踵を返そうとした時。

「あ、ちょっと、待った」

強い力で肩を掴まれていた。





どうして、こうなった。
俺の目の前には酒のグラス。今地上で流行っている(らしい)ハイボールと言う飲み物が置いてある。
無国籍料理というよく解らない皿も並んでいる。
ここはエキゾチックな雰囲気漂う凝ったインテリアの酒場だ。
俺の左隣では沖田さんがニコニコしている。その向こうには原田さん、そしてその向こうには永倉さんか?
グラスを置いたテーブルを挟んで向かいに座るのは、栗色の髪をくるりと巻いて濃い化粧を施し、無暗に露出の多い(リボンだかフリルだかひらひらとした飾りの多用された)衣服を着用した女性。向かってその右にも、そのまた右にもそのまた……もはや言うに及ばず。
俺は眉間に親指と人差し指を当てながら現状を理解する為に、どういうわけでこの場に身を置く事になったかを遡って考えてみた。
沖田さんに肩を掴まれ振り向いた時、彼の頬に浮かんだ笑顔の裏にある物を、咄嗟に見抜くべきだった。そしてその手を振り解くべきだったのだ。
俺は部屋の隅に追い詰めてきた悪戯な猫に震える、鼠のような目をしていたのかもしれない。
彼の嗜虐心をますます煽ってしまったようだ。

「そう言えば、この間の話の続きだけどさ、」
「な、なんのことですか」
「君、好きな人が居るって言ったよね?」
「言っていません」

そこからだ、彼の責めが始まったのは。
きっぱり否定したところでこの人が見逃してくれる筈などない。先にも言ったが沖田さんはひどく敏い人なのだから。
正直に言おう。俺には好きな人がいた。だが、過去形だ。
俺は斎藤さんに対し全知全能の神近藤さん、大天使土方さんに次ぐ敬意を表していた。
彼の性質や冷静沈着な仕事ぶりは常に称賛に値するものであり、軌範として差し支えないと考えていた。とすれば自ずから、彼の見る物を見、好む物を同じように好んでも不自然ではないだろう。
遠回しな言い方をしたが、要するに俺はみょうじさんに魅かれていたのだ。斎藤さんが彼女に接触する前から。
やがて任を負い調査をするうちに人となりを知り、本当に好きになってしまった。
しかし彼女の身辺を洗うと言う事は、同様に斎藤さんの行動や思惑を逐一知る事に繋がった。
仄かに芽生えた思慕を自覚すると同時に封印する事となったのは言うまでもない。
斎藤さんの想い人を慕うなど、背徳行為と言っても過言ではないからだ。
といった事を、半ば自棄になった(と言うよりも彼に隠しだてをしても無駄と判断した)俺から聞きだした沖田さんは、赤面している俺を前に、ふう、と溜め息をついた。

「やっぱりね」
「やっぱりとは? 気づいていたと言う事ですか」
「当たり前じゃない。なまえちゃんのアパート下をうろついて、僕に正体がばれた時点で解ったよ。君がいつもと違っていたから。本来なら気配を消すなんて一番の得意技でしょ」

あの時は斎藤さんに情報提供に行ったまでの事で、何も後ろ暗い所があったわけではない、断じて。しかし、沖田さんの登場に動揺したのも事実だ。

「それだけで見抜くとは。やはりあなたは諜報の任に就くべきで……、」
「何言ってるのさ、違うよ」

同じ穴の狢、と沖田さんが呟いたように聞こえたが、聞き返すよりも早く彼は言った。
「まあ、これからは仲良くしようよ」と意味深な微笑を浮かべながら。
一瞬幻惑されそうになったが直ぐに我に返り「嫌です」と答えた俺の意思は聞き入れられず「まあまあ、いいじゃない」などといつものようにふざけた調子で引きずってこられたのがここだ。
そう言えばあの時、沖田さんこそあの場所で部屋を訪ねもせず何をしていたんだ?
その疑問は置かれた状況に当惑した頭からすぐに霧散した。
これは彼の好意として甘んじて受けるべきなのか?
いや、俺は断じて合コンで恋人をつくろうなどとは思わない。恋というのは落ちる物であって狩るものではないのだ、と最近恋人が出来た原田さんが言っていたが、それに同意する。
しかし何故ここにその原田さんが居るのだろう?

「人数合わせに決まってんだろ? 俺はもう、一人しか見えねえんだからからな。お前に付き合ってやってんだ、感謝しろよ?」

この人は一体何を言っているんだ?
俺は確かに恋に破れたが(そもそも始まりもしなかったが)傷心をこんなことで埋め合わせる気などない。
ましてやこんな場所で大切な女性を見つけるなど考えられない。
沖田さんのいつになく優しげな態度に、つい気を許した事を激しく後悔した。

「申し訳ないが、俺は失礼する」

まだ宴は始まったばかりだったが静かに席を立てば、女性たちの「えー? 何あの人、失礼じゃない?」とか「ごめんね、あの人ってああいう人だから」という沖田さんの笑いを含んだ声が背後から聞こえる。
「なんだよ、仕方ねえな。じゃ、代わりに斎藤でも呼び出すか?」と言う原田さんの発言も聞こえるが、斎藤さんが来るわけがないだろう、それよりあなたこそ早く帰るべきじゃないのか、と突っ込みたいのをこらえ俺はその場を後にする。
褒められたやり方ではないが、しかし彼らなりに俺を気遣ってくれた上でのこの席だったのは解っている。
好意を無にするのは心苦しいが、やはり俺は俺のモラルに反する事はしたくない。
やはり合コンだのナンパだのに興味は持てないし好きにはなれない。
この為に地上まで連れ出され何となしに疲労を覚え、このまま天界へ戻る事をやめ、地上における俺に宛がわれた住居へと向かった。
最寄り駅へは5駅。
それはみょうじさんと斎藤さんのアパートや原田さんの住居と同じ駅だ。





駅を降りたものの真っ直ぐ帰宅する気になれず、俺は少し酒を呑んで帰る事にした。
久し振りに足を踏み入れた駅正面のその店は、新しくはないが洒落た作りで、大きなガラス張りの窓に沿ったカウンターに座れば駅を出てくる人間がよく見える。
そこに座る客は皆一様に外を見ているのだから、目立つ事はなく格好の張り込み場所と言えた。
平日で店内は空いていたが俺は入り口に一番近い席に座り、持っていた鞄と書類の入ったA4サイズの封筒を隣のスツールに置いて、手元に運ばれてきたロックグラスを見つめながら、心ならずも物悲しい回想をする。
連日走り回っていた俺は、あの日風間のマンションとこの地を何度も往復し、最終的にここで張り込んでいた。そして斎藤さんに肩を抱かれるように歩くみょうじさんを見た。実際には、彼女がリリスの後胤ではないという裏は取れていて、張り込みの必要などはもうなかったのだが。
俺の任務はあの時点で土方さんへの報告を残すのみだった。
切ない気持ちを思い出しながら、小一時間もガラスの外の風景を眺め独り酒を呑み、外へ出れば夜風が随分と心地いい。
暑かった夏も終わりを告げようとしている。あのインシデントからもう一月以上経ったのだ。
まだ帰宅時間帯で、周りには家へと急ぐ勤め人が大勢歩いている。
俺も家路を辿りながら、少しだけ酔いの回った頭は、また無価値な堂々巡りを始めた。
彼女も確か酒が好きだった。今頃、どうしているだろうか。この時間ならもう帰宅して酒豪の斎藤さんと共に、仲良く酒でも呑んでいるのかもしれない。
もしも斎藤さんよりも早く彼女と出会っていたら?
運命というやつに“たられば”などは通用しないと言うのに。
ふと浮かんだ考えを打ち消すように苦笑する。
大通りから外れ小暗い裏道へと入ったその時、誰かが後をつけて来る気配を感じた。思考が直ぐに現実へと戻る。
持ち前の警戒心が直ぐに頭を擡げ、振り返りはせずに注意深く耳で音を拾う。
しかしその小さな足音は不規則で頼りない上、至近距離、慎重さもない。
これは尾行の類ではないと判断して立ち止まり、振り向くと同時に追いついた足音の主は俺の背に当たってきて、きゃっと悲鳴を上げた。
眼に移ったのは、見上げる大きな琥珀色の瞳、白い頬に薄桃色の小さな唇。たった今まで頭に浮かべていた、彼女。
何故? 何故君がここにいる?
いや、違う。似ているが、よく見れば彼女ではない。

「あの、これ、」

差し出された手にあるのは俺の書類封筒だった。どうやら駅前の店に置き忘れたものらしい。忘れてきた事にさえ気付いていなかった。
俺とした事が幾ら考え事をしていたからとは言え、これ程注意力を欠いた事など初めてではないだろうか。現行懸案事項を抱えてはおらず、中身が最重要機密などでなかったのが不幸中の幸いだが、エージェントを生業とする俺としては、考えられない不覚を取ったものだ。

「すまない、助かった。ありがとう」

頭を下げ受け取って踵を返そうとするが、その女性は動かない。
そして唐突に名を名乗った。

「私、苗字名前と言います」
「俺は山崎です。ああ、何か礼を、」
「山崎さん……て言うんですね。いえ、お礼とかじゃなくて……あの、」

咄嗟に自分も名乗れば、口ごもる彼女は真っ赤になって俯く。
何が言いたいのか解らない俺が怪訝な顔で見返すと、顔を上げ俺をひたと見据えて、いきなり早口で喋り出した。

「あの店で初めて見かけたときから、忘れられなくなって、」
「は?」
「あなたのこと、つまり……一目惚れしちゃったんです」
「…………、」
「何度か見かけたけど、その後来なくなって…、でも、もう一度会いたかったから、私、あれから毎日あのお店に行ったんです。そうしたら今日会えて、山崎さんが封筒を忘れて行って、これはもうチャンスだと思って……っ、それで勇気を出して追いかけて! 告白するなら今しかないと思ったんです!」

最後は絶叫に近かったのではないだろうか。
まだ早い時間とは言うものの近所迷惑だろうと、慌てて辺りを見回してから彼女に視線を戻し、あまりにも真剣なひたむきな口調とその瞳を呆然と見つめるうちに、何とも言えず可笑しな気分になって来た。
エージェントの俺が逆に張り込みをされていたと言うわけか。
彼女は必死とも言える表情で俺を見つめている。
何か、腹の底から突き上げてくるものを感じた。これは、この気持ちは。
耳が捉えた彼女の言葉は、まるで砂時計の砂のように少しずつ、だが確実に俺の胸の中に落ちて来て、ゆっくりと溜まっていった。
斎藤さんがみょうじさんを好きになった事、俺がみょうじさんを思慕した事も、見抜いた沖田さんに揶揄われたことも、お節介にも原田さんを加えて気の進まない合コンの場へ連れ出された事も、きっとその全てが。
随分遠回りをしたが全てが此処に繋がっていたのだと、柄にもない発想に不思議と合点が言ってしまう程。
俺の頭の中は徐々に沸いていき、しまいに沸騰してしまったのだろう。
一目惚れ。
いや、二目惚れと言うべきか。
真摯な瞳で俺を見つめている名前と名乗る女性。
こんなにも簡単なものなのか?
これほど呆気なく恋に落ちてしまうのか?
心よりも早く俺の身体の熱が肯定を告げていた。
脳内の沸騰に合わせて少しずつ顔に上ってきた熱は、今や湯気でも上げそうな勢いで、俺の面相は彼女を凌ぐほどに真っ赤に染まっていた事だろう。
一目見た時似ていると思った。
しかしこうして眺める名前の顔は、改めて見直せば全然みょうじさんに似てなどいないではないか。
この顔がいつか、多分かなり近いうちに、俺の一番好きな顔になる。
俺は確かに予感する。
この出会いと、運命を共に導いてくれた仲間、殊に沖田さんには感謝をするべきかもしれない。


2013.09.11

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The love tale of an angel and me.
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