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賢者の憂鬱


「ご縁…ご縁…ご縁はどこだ。」
「どうした、五円ならここにある。」
「一、それごえん違いや…私が欲しいのは五円ちゃう、ご縁や…、あ、五円も欲しいけど。」

なまえはパソコンの前にしばらく座っていたかと思えば弱弱しく立ち上がりフラフラと俺のベッドに倒れ込んだ。ベッドに背を預けて床に座っていた俺にその振動はしっかりと伝わり持っていた本を閉じて振り向けば完全にうつ伏せで倒れていてぴくりとも動かない。

「また落ちたのか。」
「やめてよー!落ちたとか言わないでよー!!!」

俺の言葉に勢いよく起きたなまえはこちらを鋭く睨む…元気もなかったのか半泣きの表情で叫び頭を抱えた。

「そんなに思いつめることでもないだろう。院試という選択肢もある。」
「一は院に進むんだよね?」
「ああ。そもそもなまえは院に進む気はないのか?専門職につくには修士か博士である必要が多い企業が多いだろう?」
「うん。そうなんだよねぇ。」

ごろりと転がり仰向けになったなまえは近くに置いてあったクッションを抱き枕のように抱えてため息をついていた。

「なるべく早く就職して親を楽させてあげたいななんて…。」
「お前の親はせっかくだから院まで進んでほしいと言っているが。」
「え?!嘘!?」
「ほら。」

スマホの画面を見せればなまえは目を丸くして驚いていた。なまえの父親からのメールで娘には好きな道に進んでほしい旨が書かれているのだ。

「…それにしてもお母さんだけじゃなくお父さんまでメールするようになったのね、一。」
「あんたが連絡をよこさないと嘆いている。」
「まさかの彼氏が伝達係。」
「これで心置きなく院試に打ち込めるな。」

数か月前に突然エントリーシートを書く!と宣言したなまえはてきぱきと就職活動を始めた。大学三年の冬になれば卒業後に就職しようと考えている者は嫌でも動き出さなくてはならないだろう。しかし理系の俺達の周りは就活する生徒より院へ進もうと考えている生徒の方が多くまだのんびりとした雰囲気だった。会社の情報より院の情報を集めている人間の方が圧倒的に多いだろう。しかし同じ大学の院に進むならそう難しいことでもない。俺自身、自分の所属している研究室に残るつもりだったからまだ院試の対策すらしていなかった。横でパソコンや書類とにらめっこしているなまえを励ましてはいたものの…。

正直就職の道ではなく、一緒に院へ進めばいいとずっと思っていた。
学生と社会人の恋愛は難しいと聞く。時間のある学生と忙しい社会人、そして社会に出ることによって価値観も変わってくるからだろう。俺としてはなまえが先に社会人になっても付き合いを持続させる努力はするつもりだしあいつもきっとそうだと思ってはいる。だからあいつのやりたいようにやらせようと思った。ただ、本当の所は少し違うのだ。
俺はあいつに遠くに行ってほしくなかった。だけどそんなこと言えるはずもない。
こうして就活がうまくいかず、院へ進んでくれるならそれは俺としてはありがたい話なのだ。

「でもさぁ。」
「どうした。」
「今こんなんでさ、院に進んだ後にまた就活うまくできるのかな。私面接にいけても一次で落ちてるし。」
「俺達の志望する職種につくには最低でも院は出ていないと厳しい。次の就活の時は今とは全然違うはずだ。」
「そう…かな。そうだといいな。」
「…。」

ああ、まただ。
なまえは最近大人っぽい表情をするようになった。どこか切なげで、悩みを抱えているような。相変わらずゲームやマンガは好きで笑ったり泣いたり騒いだりと忙しい奴ではあるが出会ったころとは比べ物にならない顔をする。それはこうして進路に悩んでいたり、研究のことを考えていたり、家族や友達のことを考えているのだろう。それは問題ない、この時期誰でも通る道なはずだ。ただ問題は。

「あ、電話だ。ごめんね?…もしもし。先輩!聞いてくださいよーさっきもご縁がないメールが…。」

電話に出るとなまえは立ち上がり俺から少し離れたところまで歩いた。とはいえ一人暮らしの部屋は狭いからなまえの話していることは全て聞こえてくる。
問題というのはこれだ。“先輩”とやらだ。あいつの研究室の院生でよく研究を見てもらっているらしい。この前紹介されたが背が高くメガネをかけていてなまえ曰く「インテリ属性!」だそうだ。後輩たちの間では人気があるらしい。
その先輩とやらと連絡し合っていることが多いのだ。だがあいつは浮気するようなタイプじゃないし、隠しきれるほど器用じゃない。堂々と俺に先輩を紹介し、こうして目の前で電話にも出ている。だが相手はどうだ?相手の感情まで俺にはわからない。

「違う、そうじゃない。」

ぼそりと呟いた言葉はなまえには聞こえていないだろう。
相手がどう思っていようとなまえがその気持ちに気づき、応えない限りそこには何も生まれることはない。俺がこんなにも考え少しだけ苛立っているのはそこではないのだ。

「そうなんです。…はい。あ、私院試も受けようと思います。え?だから言ったじゃんって?知ってますよ!先輩が最初から院試勧めてたのは。でもほらやりだしたら一か所ぐらいは受かりたいです。…あ、そっか。内定辞退は失礼ですもんね。そうか…。」

最初から院試を勧めていた。その言葉に思わず手に力が入りシャーペンの先が折れた。

これだ。俺が苛立っているのは。
あいつが進路のことや研究のこと、人間関係そのほとんどを俺に深く相談してこないのだ。こうして就活の状況も聞いている、研究内容も互いに話し合っているし友人関係もだいたいは把握していて親に至ってはメールもしている。だけど違うのだ。

就職するか院へ進むかどうしよう。家族に楽させたい。研究がうまくいかないんだ。そういった相談を俺はされていない。話をしているのはすでにあいつの中で答えが決まっているものばかりだ。

なのに先輩には進路相談をしていたのか。こうして向こうから電話がくるぐらいだ、今日受けていた会社の結果が出ることも伝えていたのだろう。

あいつにとって俺は何で、先輩は何なんだ。

わかっているはずなのにどうしてもどこかで焦りが消えない。

「ありがとうございます。今度は院試のこと教えてくださいね。」

ほら、そうやってまた大人っぽく笑うその表情を俺は見ているだけで、俺自身がさせることはできないのか。

焦りと苛立ちが混ざった感情が胸のあたりをぐるぐると蠢いているような感覚に思わず立ち上がるとなまえも俺の動きに気づいてこちらに視線をよこした。音がたつはずもないのに視線が交わると何か異変に気付いたのかあいつは視線を逸らすことをしなかった。俺もそのままあいつを見続け、一歩、そしてまた一歩とゆっくり近づく。

目の前に立てばさすがに電話の向こう側の声が聞こえた。突然黙り込んだなまえを不審に思ったのか大丈夫かと尋ねている。手を伸ばしたのは一瞬のことのはずなのにスローモーションのように見えた。

「はじ…。」

なまえの手首を掴んで引き寄せる。彼女の手にあった携帯の画面に触れて通話を切れば目を丸くして驚いていた。状況が把握できないのだろう。
いきなりこんなことをして文句を言われるだろう、が、言われる前にその口を塞いだ。

「んっ。」
「…。」
「こ…ら!」

ぺちりと威力のない音が自分の額から聞こえる。距離をとれば赤面したなまえが若干睨むようにこちらを見ていた。

「いきなりどうしたの!?何で電話…。」
「俺では力不足か。」
「…はい?」
「先輩には随分前から相談していたようではないか。こちらにはほぼ事後報告だというのに。」

違う、いや、違わない。これが本心ではあるがこんな風に言いたいわけではない。
自分と仕事どちらが大切なのかという質問と同じぐらいの愚問な気がして言いながら眩暈がしてきた。
しかしこちらが真剣に伝えているというのに当の本人は数回瞬きをした後口元を押さえて笑い出したではないか。

「くっ…あはははは!まさか!一が!!やきもち!?いや、一は意外と嫉妬深いほうだけどさぁ。あははっ。沖田にメールしよ…嘘です。すみません、そんな目で見ないでください。」
「人が真剣に思っているのにあんたは…。どうやら俺の気持ちがうまく伝わっていないようだ。じっくり話し合わなくてはいけないな。」
「ストップ。話し合うんだよね!?言葉を介して思いを伝えあうんだよね!?」
「言葉で伝えているつもりが伝わらないから他の方法で伝えようと思うのだが。」
「私が悪かったです。」

少し強めに掴んだ手首を解放すればなまえは視線を逸らしてもじもじしていた。恥ずかしいのはこちらだというのに。

「先輩に確かに相談してたけど、正直誰でも良かったんだよ。たまたま先輩だっただけ。」
「誰でもいいなら何故俺に言わない。」
「だって!一に心配かけたくないというか…。一はいつもしっかりしてて、進路も研究もばっちりだし。なのに私はこんなんだし。せめて進路とか研究ぐらいどうにかして一に認めてほしくて。だから…相談とかは我慢してたの!いつまでも甘えるわけにはいかないじゃん。」

高校時代は何かあればすぐに俺に頼ってきたなまえがまさか俺に頼らないようにしなくてはと思っていたとは。普通なら成長に喜ぶべきところなのだろうが生憎俺はこいつの親ではない。恋人としては他の男に相談されるぐらいなら自分に頼られた方がいいに決まっている。

「…そんなこと気にせずに今まで通りにしていてくれ。」
「気にするよ。未だに何で一の彼女はあの子なの?って言われることあるんだから。しっかりしたい。」
「あんたが俺を頼りにしてくれるのは嬉しい。必要とされていると思えるだろう?」
「一…。」

勝手に妬いて電話を切ったことを謝罪しなくてはと口を開きかけた時。

「俺がいないと何もできないようになればいい…っていうヤンデレフラグ?これ、ヤンデレ?いや、でも一ならヤンデレもおいしいかもしれない。うん、意外と似合う。」
「…お望みならフラグをがっちり現実のものとしてやろう。」
「うううううう嘘嘘!冗談だよー!一ったらノリが良いんだから!…あれ?何で携帯放り投げたの?え?待って待って、手離して!」

相変わらずのなまえにどうしてこんなにも振り回されてしまう自分がいるのか、違ったイライラが生まれてきた俺は彼女の手を強めに掴むとぎゃあぎゃあ騒ぐ口を塞ぎ(手で)どうやって反省させようかと頭をフル回転させることになった。





2016.03.29


▼こちらは久雨さん宅の斎藤長編『偽恋ゲーム』の番外編なのですが、このストーリーもさることながら作中の斎藤のセリフが私もうほんとに大好きで、こちらのお話でも(特に後半)キュンキュンきました。明るく可愛らしいヒロインちゃんとクールビューティー斎藤、うちにはいない正統派カップルです。斎藤のカッコよさを何度も噛みしめて楽しみます。くーちゃん、素敵なお話をありがとうございました!





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