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いつもそばにいる


契約済みの地下駐車場に愛車を入れ、運転席を出て助手席側のドアに回ると、左之は恭しい手つきでドアを開けた。

「さあ、着いたぜ。奥さん」
「わあ、ありがとう。旦那様」

余裕たっぷりにおどける夫に応えながら、なまえの頬が染まる。肩を抱かれるようにエレベーターに乗り込み目的階に着くと、既に引っ越し業者があらかたの荷物を運び終えていた。挨拶をして爽やかに帰っていく業者を寄り添って見送る。
共用廊下にも明るい光が差し込む小奇麗なマンション。玄関先に幾つか置かれたダンボールの脇を通過し奥へ進むと奥行きはなかなか広く、新婚の二人が新しい生活をスタートさせるには申し分のない間取りである。なまえはこれから始まる左之との暮らしに、改めて胸をときめかせた。

「俺達の新居だ」
「うん、嬉しい。これからよろしくお願いします」
「こちらこそ。これから先もずっとよろしくな、奥さん」

なまえがペコリと頭を下げると、左之が笑みながら額にキスをする。それはなまえにとっても慣れた左之の仕草のひとつだが、先程から彼の繰り返す“奥さん”という言葉に胸がどきどきする。

私、本当に左之さんの奥さんになったんだ……。

二人は先日挙式を終えたばかりの新婚ホヤホヤだった。なまえの腰に左之が腕を回せば、また目元を薄桃色に染め嬉しそうに笑った。

「もう、デートの後にバイバイしなくていいんだね」
「ああ。おやすみを言った後も、ずっと一緒だ」

思わず左之の首にしがみつくと、長い腕に優しく包み込まれる。大きな手が背を撫でるように上ってきて、襟足から長く艶やかな髪に梳き入れられた。左之はいつもなまえの髪が好きだと言う。なまえは左之の指が好きだ。節くれだった長い指が滑らかに幾度も髪を梳き、引き寄せられ仰向かされて、この上なく愛しげに見つめる深い琥珀色がゆっくりと近づいてくる。

「やべえな。このままベッドに行きたくなっちまう」
「ん……、駄目だよ……、」

言葉で小さく抗ってみても、躰は左之の温かさに包まれたがっている。触れ合う唇が徐々に深く繋がり始めた。
『引っ越し楽々パック』なるものを依頼していたので、貴重品や中を見られたくないもの以外は既に各所に収まり、この週末を潰せばなんとか生活の体裁を整えることが出来そうだ。少しくらいなら……と二人が甘い雰囲気に包まれかけた時。

ピーンポーン。

ハッと身体を離す。一瞬顔を見合わせてから苦笑し一緒に玄関へ向かった。

「こんにちは! 今日お引越しなんですね。素敵なご夫婦でよかった! 私達、お隣なんです」

うっかり開かれたままだった玄関ドアの前に立っていたのは、お隣のご夫婦らしかった。
ショートヘアがキュートで笑顔の可愛らしい元気な奥さんと、少しつり眼気味で理知的な雰囲気のご主人だ。見たところ同世代と言う感じでホッとすると共に、奥さんの“素敵なご夫婦”という言葉になまえは照れくさくなってしまう。

「俺達で何かお手伝い出来ることがあったら、遠慮なく言ってください」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「新参者なんで、いろいろ教えてくれると助かります」

後ほどまた改めてご挨拶に伺う旨を告げると「じゃ、また後で」と二人が戻って行きかけ、奥さんの方がふいになまえの傍によって耳打ちをした。

「すごく仲良しのご夫婦なのね。ほんとに素敵! うちもだけど、ね、」
「え、」

眼を見開いたなまえの耳元に囁くと意味深にウィンクをし、なまえの顔は見事に茹で上がった。





左之は本棚をなまえはキッチンの食器類の整理を仕掛けた手を止め、陽の高いうちに近所の散策を兼ねて二人は買い物に出ることにした。
マンションから徒歩圏内に大型のショッピングモールがあるのが有難い。付近は閑静な住宅街で、赤煉瓦敷きの歩道に等間隔に植えられた街路樹は、僅かばかり枝に残る葉を冬の淡い陽射しに煌めかせていた。指を絡め歩きながら時々顔を見合わせて笑い合う。ふいに左之の手がなまえの髪に触れて、赤く色づいた大きな広葉樹の葉を摘まんだ。

「あ、」
「真っ赤なベレー帽みてえだな」

付き合いは長いのに小さなことですぐに頬を染めるなまえが愛しくてたまらず、ついその腰を抱き寄せ小さな顔を片手で包んで唇を寄せる。

「さ、左之さんっ。さっきも、お隣のご夫婦に見られて……っ、」
「別に構わねえだろ?」

通りを行く若いカップル、犬の散歩をする老夫婦、皆が見て見ぬふりをして通り過ぎる。恥ずかしいけれどこの上なく幸せで、なまえはこのまま幸福に融けてしまいそうだと思った。
ショッピングセンターで買い物を終え、帰り道に違うルートを選べば、お洒落な雑貨屋を見つけたなまえが歓声を上げ覗き込む。生活用品の大抵のものは既に揃っているが、ペアのマグカップとランチョンマットを選んだ。
二人は交際期間の大半が所謂遠距離恋愛だった。学生時代に付き合い始め、交際期間は長く四年に及んだが、三学年上の左之は卒業、就職を機に遠方へ居を移した。自宅暮らしのなまえとは、電車で二時間という距離が開く。彼の仕事の都合などもあり毎週逢えたわけではなく、平均で月に二回。二時間とはそういう距離だった。
見栄えも人柄もよく、フェミニストで友人も多い左之が女性にもてたであろうことは、想像に難くない。社会人である以上連絡の取れない夜もあった。あの頃は幾度眠れぬ夜を過ごしたことだろう。逢う度に愛情の言葉を尽くして、優しく強い腕の中で不安を払拭してくれる左之ではあったが、それでも離れている時間に心が折れそうになることが度々あった。
彼の部屋で以前見つけた女性用のヘアブラシ。同僚が集まった時の忘れものだと明るく笑い飛ばす左之に「どうして女性を部屋に入れるの?」と泣いて困らせたことがある。それほど重大に考えていなかったらしい左之は困惑していた。
本気で浮気を疑っていたわけではないが、離れている距離が心まで離してしまわないかと、彼への想いが溢れるごとにいつも不安だった。
そんな自分を思い返して、今買ったばかりの雑貨屋の包みを、左之の手から取って胸に抱きしめる。

「もう私の知らない持ち物を、左之さんが持っていることはないんだね」
「お互いにな」

左之は微笑みながら、彼は彼で一つの場面を思い出していた。
就職して最初のボーナスで奮発して車を買った。なまえを驚かせたくてある週末の夜高速を飛ばし、予告なしに逢いに行ったことがある。来ていることを隠してなまえの自宅近くに車を停め携帯に連絡を入れた。外出から間もなく帰宅するところだとの答えに、柄にもなく胸を躍らせて彼女の帰りを待つ。
左に寄せて停車し、ライトを消した自分の車の右脇を通過した車が、門の前に止まったところを認め見開いた左之の瞳に映ったのは、降りてきたなまえと彼女を名残惜しげに見つめる男。それは左之もよく知る後輩で、なまえに想いを寄せていたことを以前から知っていた。あっさりと踵を返したなまえといつまでも停まっていた車。
彼女の浮気など疑ってはいない。しかし何故かいたたまれない心地になり、ウィンカーを出し車を急発進させた。左之だとは知らないなまえが乱暴に通り過ぎる車を不審げに振り返り、ミラー越しにそんな彼女を見た、かつてのほろ苦い思い出に苦笑する。己の狭量を露呈してしまうようでバツが悪く、そのことをなまえに話したことはなかった。

「もうミラー越しにお前を置いて帰ることはねえんだな」
「え?」
「いや、なんでもねえ」
「これからは、毎日同じ家に帰るんだよ」

左之の大きな手がなまえの髪をくしゃりと撫でる。

互いに知らない互いの時間はもう持たなくていい。もう、あんな思いはしないし、こいつにもさせねえ。俺達は長い時間を経て順序を踏み、やっとこうして夫婦になれた。

そばにいる温もりにまた手を伸ばし、愛し合っていることをどんなに互いに解っていたとしても、寄り添う時間がいかに大切であるのかということを身に染みて感じた。





――全文は年齢条件を満たす方のみBehind The Scene* にて閲覧ください――





寝室のカーテン越しに青い月の光が差し込む。その身にシーツを巻いたなまえが月光に誘われるように床に足を下ろし、窓を開けた。青いシルエットが綺麗で、脱力した身体を横たえたままその光景を眺めていた。流れ込む夜気は汗ばんだ左之には心地いいが、脂肪の薄いなまえの躰には寒すぎるんじゃないかと気になり、立っていきなまえを背中から抱く。

「風邪ひくぞ? なまえ、」
「左之さん、見て」

手を差し伸べて空を見上げた視線を自然と追うと、なまえの薄い手のひらにふわりと白いものが落ちてきた。またふわりと落ちてくるそれが、手のひらで淡くほどけて融ける。月光を帯びた青白い雪のひとひらひとひらが、後から後からふわふわと落ちてくる。目を輝かせるなまえが愛しくて抱く腕に力を込めた。

「初雪か?」
「知ってた、左之さん? 初雪を二人で見たの、初めて」
「だな」

左之も思わずなまえと同じように空に片手を伸ばす。
今まさに迎えようとしているこの冬も、やがて巡り来る春も、熱く輝く夏も、色づく秋も全て。

「これから知る初めては、必ず二人で一緒だ」
「うん。ずっと、そばにいてね?」
「お前が嫌になるくらいそばにいてやる。絶対離してなんかやらねえからな。覚悟しろよ?」

朝、目が覚めたら必ずこいつが隣にいる幸せを、これからずっと。
大輪の花が咲き綻ぶように笑うなまえの額に口づけて、左之は壊れるほど強く愛する妻を抱き締めた。




MATERIAL: SUBTLE PATTERNS / egg*station

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