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Be Wish


私には恋人がいない。友人はまあまあいるが、その友人たちには恋人がいる。そして今日はクリスマスイブだ。
独りぼっちは寂しいし暇だから、少しでもクリスマス気分を味わおうかと少しばかりおめかしをした。髪を巻いて、お気に入りのニットの膝上丈ワンピースに、買ったまま袖を通していなかったシルバーのゆったりしたチェスターコートを羽織る。踵の高いショートブーツもおろしたて。そうしてウィンドウショッピングに繰り出した。
だけどこの日はどこを見ても幸せそうなカップルばかりが目についていたたまれない。歩けば歩くほどむしろ寂しさ倍増だ。そんなことを考えてへこんでいるところへ、それは突然の着信だった。画面を見れば私が最も苦手とする人だ。
「ああっ!」
通話をタップするなり動揺する足がもつれてブーツの踵が道路の排水口の鉄枠にプスリと嵌った。
待って、動けない。
耳から入るのは低く無駄にセクシーな声で、それは私の気配にはお構いなしにお願いをしてくる。いやそれはお願いではない、通告だ。いやいやそんな生やさしい物じゃなく、これは有無を許さぬ強要だ。
しかし恋人がいなくてクリスマスの予定もないとなればうまい断りの理由は思いつかず、そして人手が足りないと困っている人を見捨てては聖なるこの夜にはバチが当たりそうにも思える。
排水口に固定され動けない私は、スマホを耳に当てたままとりあえず足を抜こうと踏ん張った。
とその時。

「そのままで。動かないでください」
「え……?」

耳に心地の良い穏やかな声。ふいに現れた影が私の前に膝まずく。その人はタイツを履いた私の脚の膝裏に手を入れて持ち上げる。言葉を差し挟む隙のないなめらかな動き。
大きな身体だ。驚くほど長い艷やかな黒髪を片方の肩あたりで括っている。髪と同じ色のカシミアのロングコート。ただ驚いて呆然と見下ろし、そうして得た情報はそれだけだった。
スマホからは『わかったな。今すぐ来い。今すぐにだぞ』と有無を言わせぬ声。
大きな手はブーツのファスナーを下ろし、抜き取った私の足先を自分の膝に載せ、そして排水口に刺さった踵を丁寧な仕草で難なく外した。そうして私の足に再びブーツを履かせてくれる。
どういうわけかされるがままになっている私の、スマホを持った手はだらりと下がっていた。
ゆっくりと立ち上がったその人は、今度はかなり高い位置から私を見下ろして「では」と言った。
私はその顔を見あげ文字どおり固まった。何故ならその人の顔が、この世のものとは思えないほど、この世では二度とお目にかかれないのではないかと思うほど、神々しく美しかったからだ。
そうして彼は静かに踵を返しかける。

「あの……っ」
「はい」

美の化身としか思われないその人が半顔だけ振り向いて、私の手にある喚くスマホにちらりと目を走らせた。

『聞いているのか! 早く来い』

「……急いだ方がよいのでは?」
「……あ、」
「よい夜をお過ごしください」
「…………」





流水が冷たい。レタスをちぎっていた手が止まる。ニットのワンピースの上に、某ネズミの国の人気キャラクターが描かれたエプロンをつけている私。
あれから意識がスライムになってしまった私は夢遊病のようにここへやってきた。私がここにいるのはつまり適材適所というもの、それは間違いないわかっている。とは言えどこか納得のいかない気もする。
考え込めば後ろから響く怒声。

「何が適材だ、蛇口を止めろ、馬鹿者。時間がないと言っているだろう、ぼっとするな。お前は何のためにここへ来た」

振り向けば怖い顔。
「…………(あなたに頼まれたからですけど? お兄様)」
藤色のカソックの裾をひらめかせ、その上に割烹着をつけるというファッション界への冒涜ともいえる格好をして腕組みをした兄が背後で仁王立ちした。

「もういい。戦力にならん。ここは俺がやる。なまえは子供たちを見ていろ」
「ええっ!」
「ええ、じゃない。早く行け」

私と同じようにお手伝いに駆り出された兄の友人光忠さんも黒いベストスーツに割烹着。気の毒そうな目線を寄こし「ドンマイだよ、なまえちゃん」とだけ言ったけれど、いつものような助け舟は出してくれず。実際に時間が押しているので彼は大きな丸鶏を入れたオーブンの方に気を取られながら、手にしたボウルでケーキに塗るための生クリームを泡立てていた。
私はすごすごとキッチンを後にする。
足を踏み入れるのは学校の教室みたいなお御堂で、ここにはささやかなステンドグラスがある。並んだ机の後ろに私の腰くらいの高さの粗末なクリスマスツリーと灯油のストーブがおいてあった。
イブの今日、通いの子供たちはいつもよりも早くお迎えに来たパパやママと一緒に幸せそうな笑顔を振りまき次々と帰ってゆく。パートで来てくれてる保母さん二人にもお子さんがいるから、兄は彼女たちを今日ばかりは早々と家に帰してしまった。
ここは正式名称を長谷部カトリック教会という。神父をしている兄は、同時にささやかな保育園を経営しているのだ。
さっきまでワヤワヤと賑やかだったその部屋はすっかり静まり返って、残るのはストーブに手をかざした小さな背中がひとつだけ。それは私が初めて見る子だった。
もっとも口うるさい兄のいるここに私が来ることはめったになく、園児の子供たちをろくに知ってるわけではないが、多忙な両親を持ち毎年お迎えの来ない子が一人二人は残ることを知っている。だから兄はああして彼なりの優しさからささやかなクリスマスパーティーの準備をするのだ。
そのお手伝いを嫌がるなんて本当に罰当たりだとは思うけれど、子供の扱いがよくわからない私はたいてい子供にからかわれるか、いじられるか、遠巻きにされるか、少なくとも懐かれたことがあまりない。子供が嫌いなわけでは決してないのだけれど、これまでに何度か撃沈している。
警戒心の強い子猫に近づくみたいに、私はそろそろと彼に近づいて、一メートルほどの距離を開けてしゃがみこんだ。

「……きょ、今日は、寒いね?」
「…………」
「……お名前、なんていうのかな?」
「…………」

青い髪の毛の彼は振り向かない。じっと動かずにストーブを見つめたままだ。
独りぼっちなんて悲しいもの。当たり前だよね。それは大人だって子供だって同じだ。

「あ、そうだ。これ……食べる?」
「…………」

ここに来る前にのぞいたパティスリーで衝動買いをした可愛いラッピングのチョコの包みをポケットから取り出す。だけど彼はやはり振り向かない。彼のガードは硬い。
べ、別に食べ物で釣ろうとかそんなつもりじゃないんだけど。私は誰にともなく言訳しつつ、どうしていいかわからなくなって俯いた。
すると。

「さよ」
「……え?」
「小夜と言う」
「さよちゃん?」
「うん」

何となく同情を含んだ目で、やっと振り返った彼は私を見た。

「寂しくなんかない。僕は境遇を恨んだりしていない」
「え?」
「あなたは寂しいの? 所詮みんな独りなのに」
「え、」

小さな姿にそぐわない意志の強そうな瞳はすくい上げるように私を見ている。それよりも何よりも、大人びた話し方に私は思わず黙る。
固まる私を他所に小夜ちゃんは立ち上がり「クリスマスなんて」と言った。
お御堂の正面の観音扉が開いたのはその時だった。

「ごめーん! ごめんごめん、小夜、遅くなっちまってえ!」

歌うように笑うように響くその大声に私達は同時に振り向いた。

「オバサン……」

顔色も変えず小夜ちゃんがつぶやく。聞くなり「はあ!? だーれがオバサンだ!」と叫ぶこの人は誰だろう。男性……だよね? すごく綺麗だけど大きい。女性のように綺麗だけど、とにかく大きい。小夜ちゃんに側寄り思わず尋ねた。

「もしかして、小夜ちゃんのお父さん? ……それともおかあ……」
「あれはお父さんでもお母さんでもない。オジサン」
「オジサンでもない! アタシはいつも綺麗な次郎さんだろ! 今日は小夜にクリスマスプレゼント持ってくるつもりだったんだけど、……あともう少し待ってくれるかい?」

陽気に笑う彼(?)はちょっと性別がわかりにくいけど、少しお酒を飲んでいるのか楽しそうだ。綺麗なのでこの際どっちでもいいのかもしれない。
無表情の小夜ちゃんは、自分には関係ないと言うみたいにまたしゃがんでストーブに手を当てた。

「アンタ、ここの保母さん? メリクリ! いつも小夜が世話になってるね」
「い、いえ……こちらこそ、あ、メリクリです……」
「ちょっと兄貴、なにしてんのさ! 早く、こっちこっち!」

勢いにすっかり飲まれて動揺する私を見て、クスクス笑った次郎さんという人は背後を振り返り大きく手を振った。ややして次郎さんの後ろからぬっという感じに現れた男の人。大きな次郎さんよりもまだもう少し背が高い。
その姿を認識するなり私はぴきっと石化した。

「あ、こっちはアタシの兄貴で太郎って言うんだけどね」
「遅くなって申し訳ありません。いつも小夜がお世話になっています」
「…………」

この世で二度と見られないと思った美の神が目の前に再び……。
黒いカシミアのロングコートを着た長い黒髪の彼は洗練された佇まいで腰を折り、私に向かって厳かに頭を下げる。そうして再び上げた瞳で私を見て、ほんの少しだけ目を見開いた。
「あなたは……」
その声とあたりを払うような気品にクラリときかけて我にかえる。すくっと立ち上がった小夜ちゃんがスタスタとそちらに歩いて行き、太郎さんの大きな手を掴んだからだ。誰にもなつかなそうな小夜ちゃんなのに。彼は応えて小夜ちゃんの手を包み、もう一方の手を小さな身体に回した。
その手は数時間前に私の足に触れ、ブーツを救出してくれたあの手だ。
小夜ちゃんの叔父さんである次郎さんのお兄さん。ということは、太郎さんが小夜ちゃんのお父さんということになる。

……この人は。
この人が、この小夜ちゃんのお父さんだったのか。

小夜ちゃんは大人びて見えたけど、やっぱり寂しそうだったもの。小夜ちゃんにもお迎えがきて本当に良かった。
私は思わず笑顔になった。
なのになんでだろう? 私は笑顔になってるのになんでだろう?
次郎さんが小夜ちゃんに秘密のプレゼントの話をしている。「なんだかわかるかい?」と楽しげな声。太郎さんに身体を預けたまま小夜ちゃんは次郎さんを無表情にみているけど、さっきよりはほんのりと嬉しそうだ。彼らのやり取りが私から遠ざかる。
目の前が霞んでくる。頬がひんやりとしたせいで、自分で自分に驚いてしまった。
小夜ちゃんを抱き寄せたままで息を呑んだように私を真っ直ぐに見つめていた太郎さんが、薄く唇を開けた。

「何故、あなたは泣いているのです」
「な、泣いて……ないですよ? これは、これはただの汗です」
「……汗には見えませんが」
「汗と言ったら汗ですから、お気遣いなく」
「…………はあ」

なんで私の頬が濡れてるのか、私にもわからなかった。だってこんな経験は初めてだった。
一目ぼれ。
私は本当に泣いてたわけじゃない。ただこんな早業の恋は初めてで狼狽えて、目から汗をかいてしまっただけなのだ。




小さな祭壇側のドアから兄が姿を見せた。

「太郎に次郎、よく来てくれたな」
「お招きいただきありがとうございます」
「ああ、長谷部! あっちは少し到着が遅れてるみたいだから、アタシらだけで先に始めちゃおうよ」
「そうだな。だがその前にミサだ」
「えーっ! 説教は手短に頼むよう」
「料理が冷めちゃうからね。よろしくね、長谷部君」

兄の後ろから顔を見せた光忠さんもニコニコとしてるところを見ると、クリスマス料理の用意はもう整ったらしい。
兄がどういうつもりでいたのかなんて聞かされていなかったが、小夜ちゃんや彼の保護者である太郎さん次郎さんも兄の友人だったらしく、今夜この教会で行われるささやかなクリスマスパーティーの参加者だったのだということを雰囲気で悟った。

「なまえも早く座れ」
「君はここね」

機嫌よく手招く兄と勝手知ったる他人のお家と言わんばかりの光忠さんに指された席に私はおずおずと腰を下ろす。兄が手伝いのためにだけ私を呼んだわけじゃないとやっとわかってくる。
テーブルの上にはほぼ光忠さんの手によるお料理が並んでいた。八脚のうち六つの椅子が埋まったが、あと二人分食事の用意がされている。
想像するに、ひとつはきっと小夜ちゃんのお母さんの席なんだろうな。小夜ちゃんのお母さんということは、つまりそれは、太郎さんの奥さんということになるわけで……。

「メリークリスマス!」

お御堂のちいさなツリーをここへ持ってきて飾りなおしたそれは、テーブルの端っこでチラチラと点滅する。光忠さんがシャンパンを抜く。
その前にポンッと開けられていたお子様用シャンメリーのボトルは太郎さんの手にあって、彼が小夜ちゃんのグラスに細かな泡の立つそれを注ぎ入れる。
私は呆けた顔で太郎さんを見ていた。
乾杯の前から既に飲んでいた次郎さんの興奮はマックスで、今日ばかりは小言の少ない兄も、よく見ればとても楽しげだ。
相変わらず口数が少ないけど、小夜ちゃんの頬も林檎色に染まって嬉しそう。お父さんの太郎さんも同じように口数少なく小夜ちゃんの隣の席で彼の世話を焼く。そんな姿さえ神気が宿っているかのように上品だ。
ふと顔を上げた太郎さんと目があった。彼を凝視していたことに気づき私は慌てて下を向いた。その後も視線の逸らされない気配に、小さく居心地の悪さを感じる。さっきお御堂で顔を合わせた時から太郎さんの方もこうして時々視線をよこすので、時々うっかりと目が合ってしまいそのたびに私は俯く羽目になる、その繰り返しだ。
彼はどうして私を見るのだろう。さっき無自覚に流してしまった涙を気にしているのだろうか。あれは不覚だった。妻子持ちの人に一目惚れして半日も経たずに失恋するという滑稽な恋の思い出は金輪際胸にしまっておくつもりなので、そんな憐れむような目で見ないで欲しい。
光忠さんのローストチキンが切り分けられ、お皿に載せたそれが供される。さっきまで威張っていた兄も今は光忠さんの支持の元、いそいそと取り皿なんて運んでる。
いけない、現在この場に唯一の女である私、私だってサラダくらい取り分けて皆さんに配らなきゃ、とガタッと椅子を引く。そのはずみに私のシャンパンのグラスがことりと向こう向きに倒れた。

「あ、」

倒れたグラスからこぼれ出した金色の液体が、私の向かい側の太郎さんめがけてテーブルをとろとろと流れてゆき、彼の上質そうなジャケットに垂れ落ちる。

「すっ、すみません!」
「大丈夫ですよ」
「いま! いま、布巾を……っ!」
「そんなにかかっていませんから」

私はもう身の置きどころもない思いでひたすら焦り、弾かれたような勢いでそう広くないダイニングを飛び出しキッチンに走った。

「そのくらいの染み取りなら僕に任せて……って、ちょっとなまえちゃん? ……と、太郎君……」

兄の家でありながら、光忠さんと反対に勝手知らないキッチンで布巾を探す私は焦る。あの神々しい太郎さんのお洋服を汚してしまうなんて。焦りすぎて布巾がどこにあるのかわからない。
今度は本気で泣きたくなってくる。
ああ、神様。イエスキリスト様。私の罪をおゆるしください。他に何も望みません。どうぞ、私に布巾をお与えください。
わけのわからない願いを唱える私の手が、食器の洗い上げのかごに伸びる。その拍子に近くにあった包丁立てに触れる。そして包丁立てが倒れた。
飛び出した刃の先が私の右手を掠め……。

「……っ」
「なまえさん」

強い力で身体が引かれるのと同時、たった今私の立っていた位置にそれは潔いほどにすとんと落ちた。

「…………」
「私の服など」
「…………」
「あなたが怪我をすることに比べたら」
「…………」

青ざめて床を見下ろす私は、太郎さんの片腕に背後から抱き寄せられていることに気づいていなかった。太郎さんの声がかすかに震えたことにも。
さくりと床に突き立つ包丁が一挺。もしかしたらあれが、私の足の甲に刺さっていたのかもしれない。
私と太郎さんはそのまましばらくゼンマイの切れた人形みたいに二人して動きを止めていた。
現実の音が戻ったのは、しばらくしてキッチンの脇にあるドアが突然開いたからだ。そこは所謂このキッチンのお勝手口なのだけど。

「お小夜。お小夜はどこですか」
「兄がただいま帰りましたよ」
「パリのプレゼントを沢山持ってきましたよ」

入ってきたのはやたらに綺麗な人たち。大きくウェーブしたピンク色の髪の人は軽やかなミンクのコート、アイスブルーのストレートロングヘアーの人は豪奢なロシアンセーブルを纏っている。
二人は手に手に沢山の紙袋を持ち、中からはとりどりの色をしたリボンがこぼれ出していて、話し方は物静かなのに醸し出される雰囲気が全体的に度を越して高級だ。
パリってなんだろう?
しばし口を開けて見ていたが、彼らはふとこちらを見て目を丸くする。

「太郎……と、あなたは長谷部の妹さんですか」
「はい……」
「これは失礼。お取り込み中をお邪魔しましたか」
「……えっ」

胸の拘束がわずかに強まる。

「そうですね、少しばかり」

耳元に振り落ちる落ち着いた声にハッと我にかえり、目を落とせば私の胸回りには逞しい腕。その腕に強くしっかりと抱きかかえられていた。振り返り仰ぎ見ればそこにはお美しい太郎さんの顔。私を抱えていたのは……太郎さん。
なにこれ、どういうこと!
私は今更ながら全身が発火したのを感じ、慌てて太郎さんから離れようと身をよじった。

「ど、ど、ど、どうも、すみません、ありがとうございました……!」
「いいえ」

太郎さんの声は平静に戻っていた。ほんの僅かだけ名残惜しげに手が離される。
小夜は? と口々繰り返す今来た人たちがどなたなのかと思いつつも、私の頭の中は混迷を極めていた。

「ところで長谷部は」

トタトタと足音が聞こえ、そこへ小夜ちゃんがやってきた。続いて次郎さん。

「なんだよ、遅かったじゃないか」
「すみません、飛行機が少し遅れまして」
「小夜、ほおら、アンタにクリスマスプレゼントが来た」
「うん」

小夜ちゃんはすぐさまきらびやかな二人に捕まってもみくちゃにされた。この二人は小夜ちゃんの兄の江雪さんと宗三さんなのだという。
二つ残っていたテーブルの席は宗三さんと江雪さんによって塞がった。これで今夜のパーティーのすべてのメンバーが揃ったらしい。微妙に配置換えになって、小夜ちゃんは二人の真ん中にちょこんと座り、相変わらず口数が少ないながらとっても嬉しそうだ。
「小夜、よかったな」と兄が言えば小夜ちゃんは「うん」と笑う。このお二人も兄と旧知の仲で、彼らは有名ブランドSAMONZのオーナーでありデザイナーさんなのだそうだ。ショーのお仕事でパリやニューヨークに行く時はいつもここ長谷部カトリック教会で他の子供たちと一緒に小夜ちゃんを預かっていることを私はたった今知った。
つまり?
二人のお兄さんの帰国が小夜ちゃんの何よりも一番欲しいプレゼントだったのだ。林檎のほっぺがさっきよりもピカピカとあかく染まった小夜ちゃんはあまり言葉を発しないけどすごく嬉しそうで可愛い。
投げ出されたたくさんのプレゼントの包みを光忠さんと次郎さんが興味深げに一つずつ検分している。
だけど私にはこの相関関係の全部がまだ理解出来ていない。
小夜ちゃんのお兄さんということは、普通に考えれば小夜ちゃんのお父さんの息子さんということになりますよね。とすると自動的にこの大きな二人も太郎さんの息子さんということになるのでは? この考え間違ってますか?
でも見た目年齢的にはかなりの違和感がある。
それよりも太郎さんの奥さんはどちらに? 私の頭の中は完全に飽和状態になった。





窓の外はいつしか雪が降り出している。
幸せなクリスマスイブの夜がキラキラと輝きながら和やかに更けてゆく。
とっても豪華な光忠さんの真っ白なクリスマスケーキにナイフが入る。
私はふと、隣の長い黒髪の美しい人を盗み見た。
なら、この人は……。

「……私には子供はいません。もちろん妻もありません」

え!?
私の心を読んだみたいに囁くような小さな一言。取り戻しかけた私の正常な意識がまた彷徨い始める。

「そう言えば、兄貴。アタシとの待ち合わせ場所に来る途中、一目惚れした女の子がいたとか言ってたけど……その子って」

すっかり酔っ払った次郎さんの大きな一声も、薄っすらと頬を染めた太郎さんの美しいお顔も、舞い上がった私にはまだ届かない。


May your Christmas wishes come true!
With all Good Wishes for the New Year!


20161225




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