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甘くほどいてほどかれて


隊を率い巡察経路のすべてを回り終えた、その帰営の途上だった。斎藤の足が止まりかけたのは、ふと目に入った甘味屋の軒に下がる暖簾に、大福餅と書いてあったためだ。
今は客がないのか、店先を箒で履き清める売り子の姿が見える。あれはなまえと同じ年の頃だろうか。斎藤の脳裏に想いを通わせる娘の姿が浮かんだ。
少々複雑な経緯から、屯所に身を寄せることとなったなまえである。彼女を気にかけるうち目が離せなくなり、やがて互いに憎からず想い合っていることを知り恋仲になった。面映ゆい気持ちでそんなことを考えながら一方で、ここ数日のなまえがどことなく元気のなかったことも思い起す。
大福餅は良いかもしれぬ。なまえは甘いものが好きだ。あれを買っていってやれば、きっと笑顔を見せてくれるだろう。隊を屯所に戻してからまた後でここへ来てみようか。
思案したのはほんの短い一時であったが、斎藤のすぐ前にいた隊士が振り返った。

「お珍しい。斎藤組長もあの甘味屋にご興味が?」

隊士は斎藤が見ていた方向に自分もいちど目をやり、既に歩調を戻した若い組長を見上げる。常日頃は凛として厳しさすら漂わせる斎藤の、微かに照れたような表情に隊士はつい調子に乗った。

「普通より大きいですよ、あれは」
「そうか」
「やわらかそうです。弾力の方も気になりますね」
「ああ、食せばさぞ甘いだろう」
「なんと。組長でもそうお思いになりますか」
「誰でも思うだろう?」
「それは、そうですが、組長も……」

隊士は少なからず驚いた。新選組幹部の中では、若年でありながら老成した人物であるこの三番組組長を、生真面目が隊服を羽織って歩いていると言っても過言ではない堅物中の堅物と思っていた。まさかこのようにあけすけなやり取りに乗ってくれるなど、と改めて斎藤をまじまじと見ればふいと視線を外される。
斎藤の方は隊務中というのに、配下の隊士の前でなまえのことを考えていた己に、軽い羞恥を覚えていた。元より新選組で、なまえが女子であるという事実は幹部以外には知らされておらず、男装の彼女は表向き斎藤の小姓という待遇である。
にわかに口元を引き締めるが、なお心ならずも斎藤の頭に上るのは嬉しそうに笑うなまえの笑顔だった。
あの笑顔をいつも見たいと思うのだ。




ちょうど同じ頃。
長い廊下の拭き掃除を終えたなまえは、床板にぺたんと座り込み額の汗を手の甲で拭っていた。梅雨の近いこの頃は、少し動いただけでも蒸し暑さを感じる。
彼女がここへやってきたのは、雪のちらつくような寒い時期だった。なんの因果か時空を超え、飛ばされてきた幕末の時代。右も左もわからずに彷徨うなまえは、昼間から酒に酔った侍くずれの男に往来で絡まれてしまった。
そこに突然現れて助けてくれた人がいた。あの時のことは忘れられない。テレビのヒーロー物もかくやとばかりに、いかつい男を軽く締め上げる動きには一切の無駄がなく、それどころかその人は屈強というよりもむしろ、息を呑むほどに綺麗な男性だったのだ。
浅葱の羽織姿の斎藤に庇われ、呆然としつつそのまま連れてこられたのがここ壬生の新選組屯所で、当初は近藤局長や土方副長を初め幹部の面々とことごとく会話が噛み合わずに大変な苦労をした。そんな時いつも陰に日向に力になってくれたのは斎藤だった。
本来は口数が少なく、またその容姿があまりに整っていたせいで、最初は斎藤を少し冷たそうな人と思った。しかし実は単に照れ屋で口下手なだけだったり、朴訥で融通の利かないところがあったり、だけど一度口にしたことは必ず守る男らしさや誠実さを持っていたりと、そうした彼の人柄を知るごとにいつの間にか惹かれていった。
唐突に150年も遡ってしまったのだから、ホームシックがまるでないと言えば嘘になるが、斎藤と二人で交わした会話や過ごした時間を思うと幸せな笑みが漏れる。
こうしてここにお世話になってもう半年以上が経つ。
なまえはもう一度額に手を当てた。今日はことさらに暑い。じっとしていても胸元にまで汗がにじんでくる。
元の場所にいたならば、こんな陽気ではもう夏服に替えている。目を落とせば、現在の自分の姿は若紫の着物に藍白の袴装で、女の子らしいとはとても言えない格好である。着物の下にはご丁寧にさらしまで巻いている。冬の間はそう気にもならなかったが、こう暑いとさらしの存在がうっとおしい。さらしが気になれば否応なくその中身の方にも意識が向く。

これじゃあ胸が余計引っ込んじゃうよね。

この幕末時代の女子達がどう考えているかは知らないが、なまえは本来平成の学生、いわゆる現代っ子である。現代の言葉で言えばBカップ。若干成長の足りない我が胸にはため息が出る。なまえにとって、このサイズが切実な悩みだった。
恋仲になったとは言うものの、斎藤とはまだ接吻止まりである。だが彼のその先の関係に進みたそうな様子を、時たま薄っすらと感じることがある。
例えば前よりも、接吻が少しだけど長くなったとか。肩や頬に触れる程度ではあるが、ごくさりげないスキンシップが増えたとか。斎藤のそんな風情に気づいてはいたが、なまえにどうしても勇気が出ないのはこの胸のせいだ。
斎藤とて男性であるからには、そういうことを考えても当たり前とわかっている。自分だって嫌というわけではない。想い合っていれば当然と、それ自体の覚悟はとっくにできている。
斎藤はとても真心のある人だ。胸のサイズなんかで嫌ったりはしないだろうとも思う。でも少しくらいはがっかりされてしまうかもしれない。
以前に愛読していた雑誌には、如何にして胸を大きくするかという記事なら山ほど載っていたが、小さいのが素敵なんて記事は見た試しがない。時代が違えども、男性の本能などそうは変わらないだろう。そう思ってしまえば怖くなり、ここ数日斎藤と二人きりになることをなんとなく避けがちになった。
しばらくその場で考えにふけっていたが、気を取り直してよいしょと小さく声を上げなまえは立ち上がる。床拭きに使った桶の水を片付けて、汗をかいた身体を拭いさっぱりしようと、周り廊下からすぐそこの井戸に降りようとした、その時。
たった今巡察から戻ったらしい三番組の隊士達が、井戸のあたりにがやがやとにぎやかに集まってくるのが見えた。彼らは早速もろ肌を脱いでいる。
出て行きそびれなまえの足が止まる。

「……というわけで、さすがに驚きました」
「そりゃ、本当か? あの斎藤組長がそんなことを」

手ぬぐいを使い、笑いあいながらの隊士達の話題は、そこにはいない斎藤のことのようだった。柱の陰に佇んだなまえは、思わず聞き耳を立てる。

「やはり組長もおなごの胸は大きい方がいいんですね」

思いがけない台詞が耳に飛び込んだ。
無意識に我が胸を見下ろしてしまう。きつく巻いたさらしのせいで、そこにはわずかの膨らみも感じられない。

「たいていの男はそうだろうな。そりゃそうと君は、甘味屋の娘に懸想してたんじゃないのか?」
「胸が気になってただけですよ」
「確かに触れ心地のよさそうな胸をしている。だが恋敵が斎藤組長では分が悪いだろう」
「あの人と争うほど、俺も馬鹿ではないつもりです」

そこまで耳にして、後ずさったなまえの足が桶に当たった。予想以上の衝撃をかかとに感じ「いたっ」とつぶやいたと同時、桶が倒れる。拭き終えたばかりの床に水がこぼれて広がり、気配に隊士達が振り向いた。

「そこにいるのは……みょうじ君?」
「あ……、すみません。立ち聞きするつもりでは……」
「聞こえちゃいましたか、困ったな。この話、斎藤組長には内緒にしてもらえませんか。お願いします」
「も、もちろんです!」

斎藤の小姓がそこにいたのを知ると、隊士がきまり悪げに言う。なまえは平静を装い答えたつもりだが、それが上手くいったかはわからない。
“おなごの胸は大きい方が”とか“触れ心地が”とか“甘味屋の娘”とか“斎藤組長が恋敵”というフレーズが、頭の中をぐるぐると回っていた。




門前で隊士達を散開させ、再び甘味屋に赴いた斎藤は首尾よく大福餅を手に入れたものの、屯所に戻れば副長への報告や雑事に追われ時間が取れず、なまえと顔を合わせる事ができぬままだった。やっと自室に戻ればもう夕刻である。
表向きとはいえ小姓であるなまえが、一度も姿を見せないことは珍しい。いつもならば外から戻れば時を見計らい「おかえりなさい」と愛らしい笑顔を見せてくれる筈なのだ。
しばらく元気がなかったのは、もしや本格的に体調を崩しているせいではないか?
文机に載せた甘味の包みを一度見やり、彼女の部屋へ行ってみようかと逡巡しているところへ「一君、そろそろ夕餉だけど」と総司がひょっこり姿を見せた。
相も変わらず、遠慮会釈なしに障子戸を開ける総司に辟易するが、今の場合はことに机の上のものを見られたくないと、咄嗟に防衛本能が働く。
この男が関わるといろいろと面倒になりやすい。総司が足を踏み入れてくる前に、その身体を押し返し斎藤自身も表へ出て、ぴしゃりと障子を閉じた。

「ねえ、一君」
「わかっている。夕餉だろう」
「そうじゃなくて、あのさ」
「遅れると食いはぐれる。急ぐぞ」
「…………」

意味深に含み笑う総司の表情など気づきもせずに、斎藤は先に立って広間へ大股で進んだ。
広間に入ればそこにもやはりなまえはおらず、一向に姿を見せない彼女を思うといよいよ気が気ではなくなった。かと言って誰かに「なまえはどうしたのだろうか」などと聞ける斎藤でもない。
食事もそこそこに膳の前を離れる斎藤を盗み見て、総司の口元がつい緩む。一見無表情に見えるが、よく観察すればダダ漏れの斎藤の背に向かって、総司は声を殺し肩を震わせていた。




「なまえ、いるか」
「…………い、いません」

なまえの部屋の障子の外から声を掛ければ、息をのむ気配とちぐはぐな返答がきて斎藤は首を傾げる。何となればそれは、確かに間違いなくなまえの声なのだ。やや焦ったように布の擦れる音もする。
床に臥せっているのだろうか。

「いない者が返事をするなど、あり得ぬ。具合が悪いのではないか? 食事もとれぬほど」
「大丈夫です」
「いや、ここ最近のあんたは、少しおかしかった」
「ほんとに大丈夫ですから、一人にしといて……」
「そうはいかぬ。入るぞ」
「だ、駄目っ」

いつもとどこか違うなまえへの心配が高じ、思い余って障子戸を開こうとした斎藤は、しかし駆け寄ってきた影が内側で戸を押さえる不自然な仕草に当惑する。

「どうしたというのだ?」

この時ばかりは、総司のことなど言えぬ己の行いを顧みる余裕がなく、抵抗を許さぬと力を込め、出来た隙間に手を入れて戸をこじ開けた。
次の瞬間。

「いやーーーーっ!」

なまえが絶叫した。同時に斎藤の手にあった大福餅の包みがぼとりと床に落ちる。(一応持参していた)
戸を開け放った斎藤の目が最初にとらえたのは、白い、雪のように眩しいほどに白い……それは……。
まさか……。
だが同時になまえは、その場にしゃがみこんで小さくなった。
今斎藤が見下ろしているのは、下を向き自身の身体の前を細腕で覆う彼女の、黒髪をまとう華奢な後ろ首とあらわになった両の肩や背中である。

「いっ……たい、な、何を……して……」

唇が乾いて言葉がうまく出てこない。
うずくまったなまえの足元には、細く長いさらしが渦を描くようにまるまって落ちていた。下を向いたままのなまえが、若干恨みがましくか細い声を出した。

「見ましたね、私の胸……」
「み、み、……見…………っ」

ほんの刹那のことだった。しかしその刹那に斎藤の瞼の裏にしっかりと焼き付いて、なまえの言葉とともに再び目に鮮やかに蘇ったそれは、抜けるように白く、ふくよかとは言えないが形が良く……無垢な桃色の愛らしい蕾をつんと頂いて眩しいばかりに白く……つまりそれは女性の象徴とも言うべき双丘。斎藤が初めて目にしたなまえの乳房だった。
わずかの時差ののち、現状と視覚と感覚が完全に一致した斎藤の全身が、まるで火を噴いたように熱くなった。
蒸し上がる斎藤をよそに、なまえの方は涙ぐむ。ぐすんと鼻をすする音が聞こえる。
いくら恋仲だからと言って制止を聞かず、不躾に戸を開けてしまった己の愚行に思い至れば、湯気を出しつつも今度はいたたまれなくなってくる。

「す、すまぬ……っ、無礼をした」
「大きいのが、お好きなんでしょう」
「……は?」
「小さいの、嫌でしょう」
「いったい何が、大きいの小さいのと……意味が」
「もういいです。斎藤さんが甘味屋の巨乳の女の子に心変わりしたって、仕方ないって思ってますから」
「甘味屋の……きょ、にゅう……? きょにゅうとは何だ?」
「私のことなんか気にせずに、あの女の子とお幸せにどうぞ!」
「待て、あんたは何の話をしているのだ!」

わけのわからない文言を吐き出したなまえに、そしてそこに拒絶めいたものを感じて激しく動揺した斎藤が、思わず床に膝をつきその細い肩を両手で掴み起こせば。

「い、いやーーーーっ!!」

再びの絶叫と共に斎藤の眼前にさらされるのは、限りなく白くかぐわしいなまえの双の膨らみ……




なまえは二刻ほど前のことを反芻した。
三番組隊士達の前で何とか自分を取り繕い、床の水を片付けて戻った自室で意気消沈していたところに、ニコニコとやってきたのは総司だった。
隊士とのやり取りを見られていたことを、知る由もないなまえは「何か、悩みごとでもあるんじゃない?」と優しいことを言う総司に巧みに誘導され、斎藤と恋仲であることをうっかりと洩らした。そしてずっと抱いていた疑問をぶつけてしまった。
“おなごの胸は大きい方が”とか“触れ心地が”とか“甘味屋の娘”とか“斎藤組長が恋敵”というフレーズを、未だ脳内にぐるぐるさせていた彼女は、無意識に愚痴の吐きどころを探していたのだ。

「女の子の胸ってやっぱり大きい方が、男の人は好きなんでしょうか」
「うーん、僕はどっちだっていいけどね。むっつりな一君はどうだろうね?」
「……斎藤さんが、むっつり……」

初めて知る新情報にうろたえるなまえに「もしかしたら、一君……」と、総司はさらに追い打ちをかけた。
総司が去ってからもしばらくはぼうっとしていたが、完全に打ちのめされすっかり食欲をなくした彼女は、夕餉の広間に行くのをやめた。
そしてつい先ほどやっと、のろのろと胸のさらしを外し、思い切って検分にかかる決心を固めたところだった。改めて現況を把握し対策を練るためにも、自らの胸に向き合ってみようと思ったのだ。そうして着物を脱いだところで、斎藤本人が部屋まで来るなどと、まさか想像もしていなかった。
真っ赤になりながら手早く着物を整える間、向こうを向いてもらっている斎藤に種々問い質されたなまえは、しぶしぶながらぽつぽつと経緯を話す。
三番組の隊士達の噂話はさすがに黙っていたが、それ以外を途中まで話したところで、斎藤が盛大なため息をついた。

「総司がまた、なんとくだらないことを」
「全然、くだらないことなんかじゃ、ないです……じゅ、重要なことです」
「他には何を言われたのだ」
「あの、えーと……その、私の小さい胸じゃ、……斎藤さんが、た、た……」
「俺が、た?」
「た、た……勃たないかも……って……」
「…………!」

耳を疑う言葉に、斎藤は絶句する。意味を理解すると同時、彼の口から出たのは、なまえが今までに聞いたことのない怒声だった。

「し、心外だ!」

その声音に、振り返ったなまえがビクリと固まる。こちらを向いた斎藤の目は明らかな不愉快を顕にしていた。斎藤はもはや、何に誰に対し憤るべきかさえ、もうよくわからなくなっていた。

「だいたいあんたは! 何故、総司の戯言を信じる!」
「だ、だって……」
「ならば、今ここで確かめればよい」
「確かめる……?」
「俺が、あんたに」
「…………?」
「つまり、俺がなまえに、た、勃たないのかどうかを、だ!」

言うが早いか斎藤の両手が伸び、なまえの身体を引き寄せて抱きしめた。息が苦しいほどに強い力で締め付けられてなまえが小さく呻く。
胸が苦しくなって喘ぐ唇が、逃してもらえずに塞がれる。こじ開けるように侵入する舌が彼女のそれを探りだせば吐息が絡み合う。

「俺がこれまで、どれほどに己を抑えてきたか、あんたは」
「…………さ、い……」
「胸の大小など問題ではない。なまえゆえ、好いた人の身体ゆえ見て触れて愛したいと、俺は思う。それを何故、そのような」
「さ、さい、と……」

顔を傾け幾度も角度を変え、なまえの唇を貪る斎藤が息を継ぎ、切ない声で囁く。腕の力を緩めて欲しいと胸を軽く押すが彼は応えず、それどころか腕には余計に力が込められた。
再び口づけながら斎藤は自身の襟巻を剥ぎ取り、なまえの脚の間に膝を強引に割り入れた。なまえは左の腿に熱く硬い何かが押しつけられるのを感じ取る。

「あ……っ」
「わかるだろう? 俺はあんたに欲情している」
「さいと……さ……」
「これが初めてというわけではない。ずっと、俺は」
「さい……っ」
「なまえ……よいか」

応える代わりになまえは、ぎゅっと目をつぶり斎藤の身体に抱きついた。ふ、と吐息を漏らした斎藤の手が、なまえの頭と背中を支えながら、ゆっくりとその場に押し倒した。





――全文は年齢条件を満たす方のみBehind The Scene* にて閲覧ください――





「斎藤さん、あの、もう手を……」
「あと、少しだけ」

斎藤の右肩に頭を預けたなまえは、彼の手がいつまでも自分の胸をまさぐっているのに、少々困っていた。
あれほどにコンプレックスだった小さな胸を、彼が思いのほか喜んでくれたところまでは良かったが、行為が済んでも彼は一向に身体を離してくれる気配がない。なまえの頭に唐突に”フェチ”という言葉が浮かぶ。
もしかして斎藤さんて、貧乳フェチ……?
それはそれで悪いというわけではないが、あまり触られ過ぎて何だか変な気持ちになってくる。
ふと空腹も感じた。何しろ夕餉を食べていないのだ。

「ね、お腹がすいちゃいました」
「……そういえば、あんたは何も食べていなかったな」

やっと彼女の身体から離れた斎藤が身を起こし、しどけなく着物を羽織り、机に載せていた包みを取りに立つ。

「それは?」
「大福餅だが、食べるか?」
「大福餅?」
「巡察経路にある甘味屋で今日見かけてな、なまえが好むかと思い買っておいたのだ。隊士達が言うには普通のものよりも大きいらしい。餅のこしも甘みも強いとか」
「え、」

なまえは一つを手に取りまじまじと見つめ、次に斎藤に目を移し、ひととき思案した。
開かれた包みの中にあった大福餅は、確かに普通に売っているものよりも大きい。

「なまえ? 食べぬのか?」
「いえ、……いただきます」

大きな口を開けかぶりつけば、弾力の強い餅とみっしり詰まった餡は確かに甘く、とても美味だった。ふと笑った斎藤の指が伸びて来て、唇の端についた粉を拭ってくれる。
なまえは心の中にまだどこかうっすらとわだかまっていた霧のようなものが、今こそ綺麗に晴れてゆくのを感じた。
もぐもぐと口を動かして一口を飲み込むと、なまえは曇りのない幸せな笑顔を見せた。

「斎藤さん、大好きです」
「どうした、急に」
「ほんとにほんとに、大好きです。斎藤さん」

面映ゆげに目元を染めた斎藤がこの上なく優しい顔をして微笑み、なまえの唇の端にまだ残る粉を拭うように口づけた。




2017/07/06

▼椎名沙雪様

椎名さん、このたびは100万打企画にご参加くださりありがとうございました。大変大変長らくお待たせしてしまい申し訳ありません。いただいたリクエストは『幕末 コンプレックスを持つトリップ夢主(学生)と斎藤さんの初H。胸が小さいBカップなのがコンプレックス。斎藤さんと一線越えたいのにコンプレックスのせいで踏みとどまる。最終的にはめでたく結ばれる』というものでした。
この一年の間にだらだらくどい文がさらに磨きをかけ、ついには今回短編でありながら10000字超えとなりました。2Pに分けるべきか考えましたが結局一気にUPしています。
こういったお話で起承転結の承転に当たる部分で拙作の斎藤さんが挙動不審者になるのはもうお約束ですが、今回もばっちり不審者です。また裏部分もかなり獣化しています。
ですが今回もリク主さんと斎藤さんに限りない愛をこめて書かせていただきました。
拙文のくどさについて読んでいただいた方の感性にお任せする部分が多く、言わんとすることがすべて伝わるかがわからないのですが、キリがないのであえて解説を加えることを今回はしないでおきます。作品を上げる間隔が開いてしまったので文の書き方自体も流動していて、リクエストしていただいた頃のようなテイストで書けているのか自分でももうわからなくなっちゃっていますが、少しでもお楽しみいただけましたら幸いに思います。
とんでもなく長い期間にわたりお待たせしてしまいましたが、リクエストくださった椎名さん、このたびはありがとうございました。




MATERIAL: SUBTLE PATTERNS / egg*station

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