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咲き開く明日


冬の朝日の中を気合いの声と共に振り下ろした竹刀が、平助の脳天を直撃した。艶やかな黒髪を高く結い上げ、額に白い鉢巻をきりりと締めたなまえは、満面の笑みを浮かべ高らかに叫ぶ。

「一本!」
「ちょ……っ、ちょっと待てって! 紐が解けたって言ってんだろ、卑怯だぞ!」

自分の草鞋に片手を伸ばしかけ尻餅をついた平助が、顔を顰めて頭を押さえ頬を膨らませる。それを意に介さずに平助の眉間に竹刀の先を向けた。

「卑怯な事があるか。斬り合いの最中に草鞋の紐が解けたからって敵が待ってくれるとでも思ってんのか?」
「屁理屈言うなよぉ……なまえ、」
「なまえと呼ぶな。みょうじだっ」

早朝から屯所の庭では実践を見据えた稽古に余念がない。三番組隊士のなまえが攻撃を続けようとするのに「参った、参ったから、」と及び腰になり、平助は脱ぎ捨てた草鞋を片手にぶら下げ後ずさりながら、口の中でブツブツと呟いた。

「強いのは解ってるけどさあ……やっぱ本気で行けねえよ、俺」
「なんか言ったか?」
「なんでもねえよっ」

そこへ肌蹴た胸元に汗を光らせた総司がニヤニヤしながらやってきた。

「甘いな、平助は。なまえちゃん、今度は僕の相手してよ。叩きのめしてあげるから」
「だから、なまえと呼ぶなと……、」
「ゴチャゴチャ言ってると気絶させるよ?」

平助と違い女だからと言って総司は一切の手加減などはしない。望むところだと口角を上げて竹刀を構え直し、なまえは受け身の姿勢を取った。背の高い総司がいかに猛攻を仕掛けてきても、接近戦に持ち込めば小回りの利く自分は負ける気がしない。遠慮なく早速踏み込んでくる総司の懐に素早く潜り込んだ。
新選組でも一二を争う剣客である総司と互角に打ち合う様は、周りから見ても圧巻である。相手が誰であってもチャンスと見ればなまえは怖いもの知らずに突進していく。
しかし躱されて逆に突きを決められ、ゴホゴホと咳き込みながら「木刀じゃなくてよかったよね」ニヤリと笑う総司に、悔しそうに歪めた瞳を向けた。その様子を先程まで総司の相手をしていた斎藤がやや苦い顔つきで見遣る。たまらずに口を挟んだ。

「みょうじ、そのくらいにしておけ」
「はい、組長」
「猪突猛進もいいけどね、もっと相手をよく見なくちゃ」
「うぅ……っ、ありがとうございました、」
「君も腕を上げてるけど、僕はまだまだ負けられないからね」

総司が悪戯っぽく笑うのに悔し気な顔をしながらも、なまえは斎藤には素直に微笑み返した。
幹部の誰よりも気合いの入った稽古を今朝も終えると、真っ先に井戸へ向かい自分専用の桶に水を汲むと自室に抱えていく。総司にはなかなか叶わないが一頻り稽古を終えた後の気分は爽快で、心ひそかに「今日も一日頑張るぞ。沖田さんにだって今に追いついて見せる」と気合いを入れ直し身体を拭った。





滞りなく終えた巡察の帰路。三番組組長が刀を研ぎに出す為に隊士を一人連れ隊を離れる。

「悪いが後を頼む。副長への報告は後ほど伺うと伝えてくれ」
「はい、お先に帰営しております。お気をつけて」

その低い声に万事心得たと言った様子で一礼した島田伍長が歩き出すと、組長と小柄な隊士の消えた方向を軽く振り向きながら独り言ちる者がいた。ねえ、というように巨漢の島田を見上げる。

「組長はよほどみょうじ君を信用していると見えますね。ここのところいつもお連れになる」
「余計な事を考えなくていい。君も気に入られたいのなら、今以上隊務に励むことだ」
「はあ、」

伍長が重い声で一言返せば、隊士は逆らわずに頷いて顔を戻し歩みを進めたが、島田の胸中は複雑だった。女性のように見目麗しい若き隊士とみれば、邪な感情を抱く者が出るかも知れない。隊を纏める組長にしてみたらさぞやご心配であろうと心で思うが、無論口には出さない。
実際島田はなまえが女性であることを知っている。それは伍長を含めた幹部のみが知る極秘事項であった。
一方隊を離れた斎藤は連れ立っていたなまえと別れ速足で歩きだすと、腕の良い馴染みの研ぎ師の裏店へと向かう。渡すべきものを渡し終え短く言葉を交わすと直ぐに店を出る。
厳しい顔つきを崩さないままほんの僅か辺りに視線を走らせ、彼は半町ほど離れた別の裏店の暖簾を潜った。
案内された部屋へあがると、窓の外を眺める細い背に短く声をかける。その声は先程までの低く冷徹なものとは趣きが少し違っていた。

「待たせた、な、」
「いいえ……、」

彼女のはにかんだ声もいつもとは違っている。





――全文は年齢条件を満たす方のみBehind The Scene* にて閲覧ください――





全てが済んだあと脱ぎ散らした隊服と袴に腕を伸ばすと、その華奢な躰を引き寄せ斎藤が愛しげに抱き竦め、先程口走った言葉とは裏腹な切なげな声を漏らした。

「もう少し、このままでいたい、」
「あまり長いこと留守をしたら、怪しまれます」
「すまん。このように隠し立てせず、……本当はおまえを、」

なまえの細い指先が斎藤の唇に触れる。「わかってる、何も言わないで」と言っているようで、そのいじらしさに深藍の瞳をまるで泣いているように細め、彼は腕の力を尚強め彼女の髪に顔を埋めた。





一足先に盆屋を出たなまえは、目だけで素早く周りを確認すると薄闇の迫る中を歩き出す。僅かも行かないうちに下卑た声を浴びせてくる者があった。見れば薄汚れた形をした浪士である。

「こないだは仲間が世話になったな。やっと見つけたぜ」

さっと背に緊張を走らせ無言で睨めつけながら、なまえは右手を左の腰にやる。下品な笑い声を立てながら刀を抜くでもなく、ずいと近寄ってきた男の舐めるような視線に鳥肌が立った。
脳裏にすぐ先日の光景が甦る。この顔には見覚えがあった。町屋で狼藉を働いていた者を取り締まった時の事、散り散りに逃げて行った不逞浪士の残党の中にいた男だ。

「てめえ、見れば見る程、女みてえに綺麗な肌しやがって」
「寄るな」
「可愛がってやろうか」

瞬間カッと頭に血を上らせたなまえが、すらりと刀を抜き踏み込めば意外にも身軽に身を引く。
「勇ましいこったな、兄ちゃんよお」背後からもだみ声が響いた。男は単独ではなかった。「しまった」と思う間もなく、気づけば囲まれていた。
新選組には決まり事が数多くあるが、そのうちの一つに一対一の勝負に持ち込むなというものがある。どのような手を使っても勝たねばならぬ。
しかし一対一どころか敵は複数であり自分は単身、どうすべきか。
なまえは思考を直ぐに打ち切った。考えるまでもない。こいつらは先だっての意趣返しに来ているのである。殺らねば殺られる、それだけだ。
迷いを捨てたなまえは声をかけた眼前の男に真っ直ぐに狙いを定め、電光石火の如く斬り込んだ。過信はよくないと思うが足は止まらない。なまえの中に背を向けて逃げると言う選択肢は全くなかった。

「なまえ!」

必死で踏み止まろうとするが、まるで地の底へ引きずり込まれていく意識。目の前には敵がいると言うのに、どうしたんだ、私?やがて薄れゆく意識の片隅で、愛しい人の自分を呼ぶ声が何度も聞こえた。

「なまえ!」

なまえに遅れて盆屋を出れば目の前に繰り広げられる光景に、斎藤は全身の血が引くのを感じた。なまえの姿を視認し激怒して刀を振るえば、凄まじい使い手の出現に浪士どもは舌打ちしながら散っていく。
倒れたなまえの元へと駆け寄る脚が震えそうだった。何時如何なる時であっても冷静沈着を崩さない己が、これほどに動揺している事に驚く余裕もない。いつかこのような事が起こるのではないかとずっと危惧を抱き続けてきたのだ。
青褪め目を固く閉じたなまえは、その頬に触れてもなんの反応も見せなかった。血濡れの着物を探るが傷の程度が解らない。抱き上げて屯所へ運び込めば、急を悟った土方の手配で直ぐに医師が呼ばれた。
何故俺はなまえを独りにしてしまったのか。深い悔恨の念に斎藤は身を引き千切られる思いがした。なまえは想い人である前に部下であり、新選組の隊士である。
俺は浮かれ過ぎていた。
己の非を反省し部屋で自主的に謹慎をしていた斎藤のところへ、深夜わざわざ土方が足を運んできたのに彼は身を強張らせた。

「斎藤、みょうじの意識が戻った」
「この度の事は、俺の不徳の致すところで、副長にはお詫びのしようも、」
「いいから早く行ってやれ」
「……は、」

恐縮し深く頭を垂れる斎藤に、気づかれない程度の含み笑いを漏らし顎をしゃくる。神妙な面持ちを崩さないまま、しかし余程心配なのだろう浮足立った足の運びで背を見せる姿を見送り「全く生真面目にも程があるぜ、おまえは」と、いよいよ抑えようのない笑みが漏れた。
音を忍ばせてなまえの部屋の障子戸を引くと、夜着に身を包んだなまえが身を起こした。

「お、起きるな、傷に障る、」
「いいえ、怪我はないんです、一さん、」

慌てた斎藤がその背を支えれば、まだ顔色が悪いものの穏やかな瞳でなまえが微笑む。彼女の呼びかけは隊務の時の役職名ではなく、二人きりの時にのみ密やかに囁かれる名前だった。





それから間もなく、なまえが隊務を離れたのは副長命令だった。以来なまえは不服そうな顔をしながらも、命令に従い屯所の家事の方に勤しんだ。突然のことであり、しかもあのなまえが大人しく引っ込んだことに訝しげな幹部連中が、土方に問うても答えは得られないままの或る日の夕刻の事。

「なあ、なまえ。なんかあったのか? 粗相をしでかしたとか」
「あり得るね。君って粗忽なところがあるから」
「お二人とも手を動かしてください」

勝手場で平助や総司が謎を掛けるのに、なまえは顔色も変えず肝心な事は口にしない。総司も平助も納得いかなげな顔でなまえに食い下がる。

「話してみろよ。俺らで力になれるかも知れねえし?」
「なまえちゃんも仕込めばそれなりの腕になるのにね? 土方さん何考えてんのかな」
「平助君、さっさとそれ切っちゃって。沖田さん、汁が吹いてます」
「あ、いけない、」

質問をかわしたなまえの指さす大鍋が蒸気を吹き上げるのに、総司が慌てて傍寄って蓋を外した。そこへ左之と斎藤が顔を出す。斎藤がなまえに視線を寄越し、左之は腕まくりをして近寄ってきた。
左之は左之でやはりなまえを気にかけていたと見える。

「なんか、手伝うことねえか?」
「ありがとうございます。でももう出来上がりますから」

斎藤へは視線を返すのみの敢えて素知らぬ体で、なまえは白米の釜の蓋を取り杓文字を使った。湯気のもうもうと立つ炊き上がったばかりの白米を蒸らすのは、かなり力の要る作業である。腰に力を入れて踏ん張る背に視線を当てていた斎藤は、見ていられないとばかりになまえの元へ踏み出しかけた。

「みょうじ、」
「……っ、」

その気遣わしげな声を聞く間もなく唐突になまえが口元を手で覆い、驚いて立ち尽くす斎藤の横をすり抜け勝手場を飛び出して行った。残された者たちが顔を見合わせる。追いかけることも出来ずに斎藤だけは俯いていた。

「なまえ、もしかしてどっか悪いんじゃねえ? だから隊務から外されたんじゃ、」

平助が顔を曇らせなまえの消えた方向を心配げに見つめると、暫く目を見開いていた左之が不意にその目元を緩めクックッと笑った。総司もしたり顔でニヤニヤと笑い出す。斎藤は無表情で口を閉ざしている。

「そりゃ違うな、平助には解らねえだろうがな」
「は? 俺に解らないってなんだよ、左之さん」
「平助はお子様だからね。一君、ね、相手は誰だと思う?」
「………、」
「だから、相手って何だ? なまえに何があったんだよ、教えてくれよ」

全く訳が解らないと言う顔をする平助を置いてけぼりにして、総司と左之が尚も笑う。フリーズした斎藤には未だ気づかないまま。
突然皆の頭上に怒声が響いた。

「てめえら、何してやがる、夕餉の支度はどうなってんだ?」
「お、土方さん、いいところに来たぜ。なあ、相手はあんたか?」
「あ? なんのことだ」
「なまえちゃんの相手だよ。今出てったとこ見た? あれ悪阻でしょ? ねえねえ、土方さんなの?」
「左之さんも総司もなんの話してんだ? わかるように話せよ」
「煩いな、平助は。だからなまえちゃんを孕ませた犯人のことだよ」
「はあ? 孕ませたって、なまえが……ええっ!? それ、本当かよ!?」
「間違いねえな、あれは」
「んで、相手は土方さんなのか!?」

大きな目を零れんばかりに尚も大きくした平助が、素っ頓狂な大声を上げ土方を見上げるのに、左之も総司も半ば呆れながら大爆笑をした。
「平助、てめえ、声がでかいんだよ」と土方の更なる怒声が重なり、笑い声と問い詰める声で勝手場は騒然となる。

「……れ……だ、」
「ん、何、一君? なんか言った?」
「俺だ……、みょうじの、腹の子の父は、」

斎藤の蚊の泣くような小さな声を、総司だけでなくその場の全員の耳が拾ったのは奇跡的と言えたかもしれない。
まるで茹で上がった蛸の如く真っ赤に染まる斎藤を目にし、土方を除く三人は瞬時にして発する言葉を失い固まった。騒然としていたその場は、一転して水を打ったように静まり返る。
土方はやれやれと溜息をついた。





月日は流れるように過ぎて行った。
額に汗を滲ませたなまえが苦痛から解放され、産婆から受け取った赤子を胸に抱く。
綻ぶような笑顔で赤子を愛しげに見つめるなまえの、額に張り付いた髪を指先で除けてやり、斎藤の腕がその身体を優しく包み込んだ。
妻となり母となったなまえからあの頃のような少年ぽさはすっかり消え、限りない慈愛に満ち溢れた表情を愛しく見つめる。柔らかく温かななまえの胸に抱かれるのは、生まれたばかりのいとけない我が子であった。
斎藤は心の底から喜びに満たされる。
かつては明日と言う日を意識したことがなかった。ただ武士として闘いの中に身を置き、いつか刀の前に倒れる事しか想像できなかった。
だがこれからの俺は。
生きる為に、腕の中の愛しい者達を護る為に、只管前を見て闘っていこうと思う。
花が咲き開くようななまえの笑顔の中に確かな明日を見つけ、斎藤は希望と至福の中で己の心に固く誓った。





2014/01/26


▼春様

この度は20万打企画にご参加いただきましてありがとうございました!
大変長らくお待たせ致しました。
頂きましたリクエスト内容は『夢主は女隊士。幹部連中には内緒で付き合っている夢主の妊娠が発覚し相手は誰だと大騒ぎ、まさかの斎藤!?』というものでした。
本来の新選組の中に在って子を産み育てていくと言うのが非常に困難に思われ、でもハッピーエンドにしたいと言う願望からやむなく設定時期が曖昧なのですが、このお話はもう開き直って純粋な『夢』として書かせて頂きました。
斎藤さんのキャラ設定はお任せという事でしたので、あくまでも生真面目で折り目正しく(しかしながら裏有設定でしたのでそこでは野獣ぶりを如何なく発揮)という感じにしてみましたが、相変わらず全編にわたり微妙に的を外しているきらいがありますね(;∀;`)
今回は少し男勝り(?)な夢主を想定してみましたが、女隊士と言えば、長編『青よりも〜』で大いに失敗したキャラ設定のリベンジのつもりも少しありまして(´w`*)と、何のかんのと得意な言い訳をズラズラと述べさせていただきましたが、とても楽しく書くことが出来ました。柵に捉われずに書く幕末は本当に楽し過ぎです!
一部成人向け描写を含みますのでパス付とさせて頂きます事をご了承くださいませ。
春様、素敵なリクエストをありがとうございました( *´艸`)

aoi




MATERIAL: SUBTLE PATTERNS / egg*station

AZURE