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「#エロ」のBL小説を読む
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唇から愛を


「い……や…っ!」
「なまえ……、」
「離してっ」
「なまえ、聞いてくれ……なまえ」

とても逃れられない力で後ろから強く抱き締められて、耳元で吐息と共に幾度も囁かれる私の名前。
気が飛びそうな程に熱く包み込まれる。
触れる唇がその人の物だとは何だか信じられない気持ちで、気がつけば焦がれた熱に抗うことなど出来ずひたすらに溺れていく――。





十二月半ばのとある日、お昼時の喧騒を過ぎたあたり。斎藤さんは私のバイト先に独りでランチをとりに来た。
食事を終えた彼のテーブルを片づける私を見上げ「やはり年末年始休暇は休みが取れそうにない」と彼は言った。だがその代わり、と鞄から取り出し手渡された物を見て私は驚く。
それは関東圏にある巨大テーマパークのバケーションパッケージ。パーク自体には行ったことがあるけれど、オフィシャルホテルはまだ未体験だ。随分前に彼の部屋でテレビCMでやっていたのを二人で見ていて「こんなところに泊まってみたいな」と口にしたことがある。
彼は取り立ててなんの反応も示さなかったけれど、斎藤さんとお伽の国、これほどミスマッチな取り合わせもないな、と心の中でクスリと笑ってしまったくらいで、私はそれ以上気に留めてなんていなかった。あの時の事を覚えていてくれたのかな。パッケージキットと彼の顔を交互に見比べる。

「一月の三週目の週末」
「本当に? いいの?」
「ああ」
「予約を取るの大変だったんじゃない? それにここ、結構高いよね?」
「そのようなことは気にしなくていい」

添えられたパンフレットを見ながらじわじわと感動が湧き上がり、抑えようもなくこぼれる笑みに顔が崩れそうになる。ここに斎藤さんと泊まれるなんて。

「ありがとう。とってもとっても嬉しい、ありがとう!」
「いや、」

斎藤さんが赤くなった。こんなことはものすごく珍しい。
いつもクールで感情をあまり顕わにしない彼は、時々何を考えているのかよく解らない時がある。お付き合いを始める時だってそうだった。
私のバイト先はファーストフードレストランで、程近くにオフィスを持つ斎藤さんは、友人の沖田さんと共同で設計事務所を経営している。彼が沖田さんと一緒にランチに訪れたのが私達の出会いだった。

「なまえ、喜ぶのはいいが、いつまでもここにいてよいのか?」
「え? あ、いっけない!」

薄っすらと染まっていた彼の目元はいつしか普通に戻っていて、長い指先がさす方向を見やれば、店長が若干ムッとした顔でこっちを見ていた。斎藤さんのお会計を済ませてペロリと舌を出しバックヤードに戻れば、バイト仲間の千鶴がいそいそと話しかけて来る。

「彼氏が来てたね。何かいいことでもあったの?」
「うん、ちょっとね」

その日はいくら引き締めても気を抜けば漏れてしまう笑みを、時々押さえながら仕事に励んだ。





パッケージキットを届けに来てくれた日から斎藤さんはお店には現れず、音沙汰がなくなった。少し寂しいけど忙しいって言ってたし、我儘を言ったら罰が当たるよね。
楽しい想像に思いを馳せ、彼の頭に某ネズミさんの耳なんてつけたらいったいどんな顔をするだろうなどと、夜になるとインターネットでパーク情報を見ては頬を緩めて過ごした。
実家には顔を出す程度にしてお正月もみっちりとバイトのシフトを入れ、その分沢山お土産を買おうと張り切った。
彼は元々連絡をマメに入れてくるような性格ではない。おはようやおやすみはおろか、偶にメールやLINEをくれてもそれはほぼ用件で占められていて短い。
彼は個人事務所の経営をしているという性質からいつも多忙気味で、最初の頃は心細さを感じたけれど、そんな彼との付き合いにはすっかり慣れてしまった。
口数は少ないし会える回数も少ないけれど、それでも会うたび彼の紳士的で誠実なところが心に染みてきて、彼の腕の中で嘘のない愛情に満たされる私はどんどん彼を好きになっていくのだ。
だけど大晦日から年が明けた瞬間に「おめでとう、今年もよろしく」とメールをもらったのを最後に、彼からの連絡はまたピタリと途絶えてしまう。
こちらから送ったLINEは時間をおいて既読になるけれど返信はない。
楽しみにしているその日が近づいてくる。
年末から習慣にしていた、よい香りのボディクリームでお風呂上がりにお肌のマッサージをしていると、スマフォがLINEの着信音を鳴らした。斎藤さんからだ。舞い上がりかけた私の心は一瞬で奈落の底に突き落とされた気がした。

『すまないが仕事で行けなくなった。友人を誘って行ってくれると助かる』
『わかった。お仕事、無理しないでね』

そう書いてからハートマークのいっぱいついたスタンプを送る。
彼だってきっと心苦しく思っている筈。私の為に予約をしてチケットを取ってくれただけでも嬉しいし、感謝しなきゃいけない事だと思う。仕事が忙しいのだって彼の落ち度なんかじゃない。
幾つも幾つも私から送ったメッセージの合間に、いつもポツンと割り込んだ感じの彼のメッセージ。その画面は見慣れていた筈だった。
だけど今日のこれはやっぱり悲し過ぎて鼻の奥がツンとする。脇にあったティッシュを抜いて鼻を抑える。駄目。泣いちゃ駄目。
気持ちを切り替えてすぐに千鶴にLINEを送る。「急だけど明後日暇かな」と聞けば彼女は二つ返事でOKをくれた。
そして二日後に千鶴と行ったテーマパーク。シンデレラのお城は素敵だったし、イルミネーションもきらびやかなパレードもショーも優先席で見られて、千鶴と二人でいちいち歓声を上げながらはしゃいだ。
高い天井のホテルのロビーは異国情緒たっぷりでロマンチックなお城のよう、真珠をモチーフにしたホテルの夜のダイニングも感激だった。地中海料理の本格ディナーに舌鼓を打って普段はあまり呑まないお酒も少し頂いて。
時々気遣わしげに千鶴が私を見ていたのを知っていた。だから私ははしゃぐしかなかった。
これでもかとファンタジーに仕立て上げられた客室の内装は設えから調度の数々に至るまで、言わずと知れた有名なあのネズミさんキャラクターをモチーフに可愛らしいことこの上ない。ツインのベッドは真っ赤なコスチュームを象っていて、ふかふかのそれに沈んで暫くお喋りをしていたけれど、少し呑んだお酒のせいかな、堪え切れなくなって嗚咽が漏れそうになり私は布団の中に潜り込む。
千鶴にも本当に申し訳ないと思うけど一度堰を切ってしまったものは止められない。
斎藤さんに会いたい。会いたいよ。
ねえ、どうして?
どうして今、斎藤さんはここにいてくれないの?
ついに千鶴に何もかもをぶちまけてしまった、駄目な私。だけど千鶴は何も言わずに一緒に泣いてくれた。沢山泣いたら少しすっきりしてエヘヘと笑うと「無理しないでよ」と言ってくれるので余計に泣けてしまう。





夢の国から戻った翌日はまたバイトだった。
斎藤さんには昨夜のうちにお礼のメールと写メを沢山送っておいたのだけれど、それにも返信はなかった。
早上がりだったのでお昼のピークタイムを過ぎてお店を出て、もう一度スマフォを確認してみるけどやっぱり連絡は入っていない。
オフィスはバイト先のすぐ裏の通りにあると聞いていたっけ。そう言えば今まで一度も行ったことはない。思い切って会いに行ってみようかな。忙しいなら邪魔になるかな。
どんな時でも背筋がピンと伸びていて清潔感に溢れる彼は、偶に訪れる自室の様子から見ても生活態度がきちんとしていると解る。だけどこんなに仕事が忙しいのだったら、食事なんかちゃんと摂れているのかな。
独りで悩んでいても仕方ないよね。差し入れでも持って行って、もしもとても忙しそうだったらそれを渡して直ぐに帰ればいい。私はバイト先に戻り彼が来るたびに好んで注文していたサンドウィッチをテイクアウトにしてもらった。
彼のオフィスの入ったビルはそれほど迷わずに直ぐに見つかった。
入り口のガラスドアを開けると直ぐに目に入る案内看板。ドライエッチングで社名の入った金属のプレートの三階のところに『沖田・斎藤設計事務所』とある。
エレベーターの上向きボタンを押して少し待つけれど、なかなか降りてこないのに軽く焦れて、脇に階段があるのを見つけこっちのほうが早いかなとそろりそろり上がっていく。
『3F』と書かれたフロアーに続く金属ドアは開いており、そこまで上りきった耳に飛び込んできたのは斎藤さんの声だった。直ぐ眼の先に斎藤さんがいた。

「お前には本当に助けられた。ありがとう」
「斎藤君の為なら、いつでも」

女性と向かい合い優しく微笑む彼の横顔、彼を見返して艶っぽく笑うその女性は、上質なスーツを身に纏い綺麗な巻き髪を揺らす。
まるで信じられないその光景は私の頭の中に直ぐには入って来ず、少しの間理解が出来なかったのだけれど、ただ、ここに居てはいけないと心のどこかが警鐘を鳴らした。
力の抜けた指先からサンドウィッチの入った袋が落ちてパサリと音を立てる。音に気づいた斎藤さんがこちらを見て、目を見開き驚愕の表情を浮かべた。…こんな顔も初めて見たな。

「なまえ?」
「あ、あ……、ご、ごめんなさいっ」

何を謝っているのかよく解らないけど取り敢えず帰らなきゃ。ここは私の来るところじゃない。縺れそうな足を叱咤して、たった今上ってきた階段を必死で駆け下りる。
今まで聞いたこともないような大声で、斎藤さんが私を呼ぶ声が聞こえてきた。あんな声も初めて聞いたな。場違いな事を思いながら、私は逃げるようにそこから遠ざかる事だけを考えていた。





「追いかけたほうがいいんじゃないの? あの子、彼女でしょ。今の絶対誤解してるわよ」
「誤解とは……、」
「一君は全く解ってないね。もう山場は超えたからさ、行ってあげなよ。なまえちゃんが楽しみにしてたこないだのデートも、反故にしちゃったんでしょ」

開いた事務所のドアの隙間から顔を出した総司も彼女に同調する。
年末からここまで俺達の事務所では通常業務の多忙に加え、不祥事が持ち上がっていた。
俺と総司を含め、たった四人で成り立っていたささやかなオフィスにとっては、大打撃だったのだ。それは俺の紹介で入社した経理担当者の背任行為、簡単に言えば使い込みだった。
共同経営者であり主に営業を担当している総司に対して責任を感じた俺は、多忙な業務の合間に彼の行方を個人的に探り、住居も引き払って姿を消していた彼を見つけ出し、学生時代の友人だった弁護士に依頼して民法703条に則り不当利得返還請求をする仕儀となったのだが、その弁護士が目の前にいる彼女だ。俺はその用談等を一手に担った。
俺としては個人的な楽しみの為に恋人と浮かれている場合ではなく、なまえの事が気にかかりながらも、大袈裟でなく会社の存亡の危機を感じていたのだ。
その諸々の手続きがたった今済んだところだ。しかし俺には本来抱えている設計の仕事もある。

「だが、まだ仕事が、」
「そんなこと言ってると、本当に彼女いなくなっちゃうわよ?」
「そうだよ。なまえちゃんって結構可愛いし、一君捨てられるよ?」
「捨てられる……?」
「僕が貰っちゃっていい? 僕なら放ったらかしたりしないでもっとうまくやれるし」
「そ、そのようなことは許さぬ! 断じてなまえは渡さぬ!」
「はいはい、解ってるよ。もう、それならさっさと行きなよ」

階段とフロアの境目に落ちている小さな袋にはなまえのバイト先の店名が入っている。彼女が持ってきてくれた差し入れなのだろうか。皺くちゃになった中身を見てみると、いつも彼女の店で俺が注文していたクラブハウスサンドだった。

「それ、食べておいてあげようか?」

背後でクスクスと笑う総司の声を聞き流して、俺は小さな袋を掴み階段を駆け下りた。





またLINEの着信音が鳴った。さっきからもう何回鳴っただろう。でもそれを見る気になれなくて私は音量をゼロにしてバイブを切った。
最初にうっかり見えてしまったメッセージの一部は「すまない」と読めた。そこから続くのは「別れてくれ」なのかもしれない。あのテーマパークのデートだって最後のつもりで奮発してくれたのかもしれない。
もう、そうとしか思えなかった。
嫌だ、絶対に読みたくない。斎藤さんと別れるなんて嫌。
ワンルームマンションのシングルベッドに潜り込んで私はガタガタと震えていた。
その時だった。突然にけたたましく何度も鳴り響くインターフォンと玄関ドアをドンドンと叩く音。
え?
顔を上げてここからも見える玄関に目を遣る。

「なまえ、開けろ!」

これは、斎藤さんの声? どうして?
まさか、ここまでわざわざ来て別れを告げようって言うの?
ドアが突き破りそうな勢いでドンドンと叩かれている。
う、嘘でしょ。怖い。
足音を忍ばせて玄関まで行きドアスコープを覗けば、そこにいた彼はいつもはきちんとしている襟元を乱し息を上げていて、ネクタイを緩めながら切羽詰まった形相でこちらを睨んでいる。いつも端整な彼のこんな顔も初めて見た。
息を潜めてじっとしていると、やがて深藍の瞳が揺れ、その表情は切なく歪んでいった。

「頼む、開けてくれないか……、」




――全文は年齢条件を満たす方のみBehind The Scene* にて閲覧ください――





2014/01/13


▼杏様

この度は20万打企画にご参加いただきましてありがとうございました!
昨年11月に募集させていただいたリクエスト企画だと言うのに12月にはほぼ更新がままならず、年を跨いでのUPとなりまして、お待たせし過ぎにもほどがあるだろうと言うこの状態、本当に申し訳ありません。
頂いたリクエスト内容は『日常生活のお話か旅行などのシチュエーションで、斎藤さんがしばらく多忙でフラストレーション爆発の甘裏』でした。というわけで書き上げてから探してみたのですが、すみません…どうも甘が…見当たらないようです…orz勝手に切要素まで入ってしまって…orz
しかもフラストレーションを溜めていたのはどちらかというとなまえちゃんの方であったと言う、ああ勘違い設定で、もう言葉もありません。スミマセンスミマセン(人;∀;)旅行的な部分で某ネズミさんパーク設定をしてみたのですが、斎藤さんとは行けてないしッ!!!前置きが長すぎて裏も中途半端だしッ!!!と何もかもが全くなんじゃこりゃ状態ですが、ストイックに見せかけていた斎藤さんが実は全て虚勢で、本心はいつも激しくなまえちゃんを求めていたのです、というお話(にするつもり)でした(;´・∀・)
杏ちゃん、せっかくのリクエストがこのていたらくでほんっとうに申し訳ないです。このリベンジは近いうちにどこかで(あのお部屋のあたりで←)するつもりですッ!!多分!!どうか今回はこちらでご容赦お願いします!!
尚ぬるめではありますが成人向け描写を含みますので、鍵つきとさせていただいております。
もう色々とごめんなさいな感じですが、杏ちゃんこの度はリクエストありがとうございました( *´艸`)

aoi




MATERIAL: SUBTLE PATTERNS / egg*station

AZURE