斎藤先輩と聖夜 | ナノ
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All I want for Christmas is you
 the last volume

飛ばした意識はまた幾度も呼び戻されて、何の為に着ていたのかなんてもうよくわからなくなったサンタコスはとっくにベッドの下に蹴り落とされて、そうして私ははじめさんとひたすら快楽の波にたゆたい、奔流に飲まれた。
薄っすらと瞼を上げれば綺麗な藍色の瞳が私を見つめている。まだ冬の陽の昇り切らない頼りない薄青の中。

「やり過ぎてしまったか」

そう嘯く彼は全然反省なんてしていないに決まっている。愛しげに見つめ、だけど次に口端を上げて小さく笑う。

「だが昨夜のあんたは、いつにも増してよかった」

その満足げな口調。朝からほんとにやめてください。
だけどお互いに横向きに向かい合う恰好で、はじめさんの腕に包まれてその腕は限りなく温かくて、言葉もなく彼の胸におでこをくっつけながら、やっぱり幸せだなと実感した私なのだった。
今日はここから一緒に駅まで行き同じ電車に乗って出勤する。残業をせずに仕事を切り上げて帰りも一緒に帰ってくるのだ。
明日も残念ながら出勤だけれど、今夜はイブだから待ち合わせをしてデパ地下で買い物をして、また二人で過ごす。
実はあの悲しい日曜日、私はそれでも彼の為に皮手袋を買いに出かけた。ラッピングされたそれはコスメを並べた棚のある場所にそっとしまってある。
昨夜はじめさんが開けたのがクローゼットで本当によかった。まさかあんな想像もつかないものが出てくるとは夢にも思っていなかったけれど。
それに。
昨夜のはじめさんは最後こそいつも通りではあったけど、なんだかとっても可愛かった。はじめさんと言えば完全にドSなイメージが私の中では定着していたのに、彼の方もいざ攻められるとあんなふうになってしまうなんて。
切なげな表情も懇願するような声も初めてだったから思わずキューンとしてしまった。
とにかくはじめさんがあんまり可愛かったので(あくまでも前半までだけれど)思い出した私の唇が少し緩む。
たった今も絡まっている両足。……実はしっかりと目覚めている彼の存在を感じる。
以前はじめさんは男とはそう言う生き物だ、なんて言っていたけれど本当にそうなんだ。
つい唇がもっと緩んでしまい、ふふっと声が漏れた。

「何を笑っている?」
「う、ううん、何でもない。ただ昨夜可愛かったなって、はじめさんが……、あ……っ」

彼の顔がぴくりと強張った気がした。
はっと口に手を当てる。いけない、こんなことを言ってしまったら、また。これまであんなに学習してきたと言うのに、私にはまだまだ足りていないようだ。
調子づきそうになって慌てて口を噤んだけれど、彼は腕を解いてぷいと向こうを向いた。自分だってさっき同じようなことを言ったくせに。
だけど滑らかな筋肉の波打つ背中を見つめていたら、おかしな気分になってきた。
ちょっと。やばい、ちょっと。
彼がこんな姿を見せるのも初めてかも知れない。
まだまだ彼の新しい顔をこうして知る事が出来る。私は完全に嬉しくなってしまった。
そこに鳴り響くアラームの音。
もう起きる時間だ。
思いの外あっさりと機嫌を直してくれたはじめさんと一緒に、私がめいっぱい頑張った朝食(パストラミとチーズを挟んだマフィンとコーヒーだけだけど)を済ませ、順番にシャワーを浴びた。
冬空の下もはじめさんと並んで歩けば全然寒くない。彼の手がそっと触れて密かに指が絡められる。それだけで泣きたいくらい幸せを感じてしまう。
明日の朝はまた別々だけど、きっとはじめさんの手には……想像してまた心が温かくなる。
家を出て同じ電車で駅五つ。
ぎゅうぎゅうに混み合った朝の車内で、はじめさんは私を両腕に抱き込むようにしっかりとガードしてくれていた。
そうして乗換駅で彼だけが降りる間際、耳元に触れた吐息が囁きかける。

「今宵が楽しみだな。せいぜい覚悟していろ」

はっ?
低くて甘い声は媚薬のように官能的で、そしてものすごく意地悪だった。
すぐに人ごみに紛れて見えなくなったはじめさんの囁きがいつまでも耳の奥に残って、それはどういうわけか昨夜の一部始終を思い出させて、私は満員電車の中で独り身体を熱くして俯いた。




All I want for Christmas is you
欲しいのはあなただけ
―the last volume





その夜がどんなだったかなんて。そんなのもう言うまでもないことだとは思うんだけど。
待ち合わせてお酒をいっぱい買って二人共そんなに好きでもないくせに、駅を降りた時小さなパティスリーでなんとケーキまで買ってしまった。
昨夜あんなに何回もしたんだから今夜は飲みに没頭してもいいよね?
デパ地下のデリカテッセンはクリスマスらしく綺麗な設えで、気の進まなさげなはじめさんを押し切って、私が買ったチキンレッグのローストには可愛い飾りがついているし、サラダも彩りがクリスマスカラーで雰囲気を盛り上げて、なんだか食べるのが惜しくなってしまうほど。
玄関においていた小さなツリーをテーブルに飾ってグラスを出して、ささやかだけどイブを祝いましょう?

ダッテ クリスマス ナンダモノ。

「何を言っている。朝の事を忘れたか」
「ええ……、」

やっぱり報復するつもりでいるのか、この人は。
かなりお酒が入った筈のはじめさんなのに、あらかた食事の済んだところでいつものように顔色も変えずに、スッと立ち上がると私の手を引く。
彼よりもずっと酔いの回っている私は、力の入らない身体を引き摺られるように、のろのろと後をついて行く羽目になった。
そもそも寝不足なんだよ、はじめさん?
あなたもだよね?
明日も仕事があるし……と言いかけた私の手を取ったまま、はじめさんがサイドランプをつけてベッドに腰掛ける。上着とネクタイを取り、ワイシャツのボタンを幾つか外した彼の姿はオレンジの淡い光を逆光にして、その相貌が濃い陰影を浮き上がらせひどく色っぽかった。

「なまえ、もう一度、あれを」
「あれ?」

私の方は立ったままで手を繋がれたまま、彼を見下ろし一瞬きょとんとしてしまう。彼の目尻が少しだけ下がったように見えた。

「あの衣装だ。サンタクロースの」
「ええ、もう嫌ですよー!」
「たのむ」
「だってお願いを聞くのは、昨日だけの約束じゃない」
「いいから」

心なしか真剣な瞳をして私を見つめるはじめさんは、全く引く気配を見せずに少し強めの口調で言った。
もう、この人はやっぱり強引だ。それにそんなに言うなら自分で出して来ればいいのに、と思いつつ私はすぐ背後のクローゼットに膨れながら手をかけた。
そう言えば昨夜(と言うよりも明け方だけど)私はいつのまにか意識を飛ばし眠りこけてしまったわけで、もしかしてはじめさんたらあの後ハンガーにあれをかけて、またここへきちんと仕舞ったと言うことなんだろうか。
そういうところは流石にはじめさんだ。
そんな事を思いながら扉を開ければ、昨日は奥の方に掛けられていて目につかなかった真っ赤なサンタ衣装が、今日は一番手前に掛かっていて。
そうしてポールに掛ける金具の部分に、もうひとつ。
見たことのないものがぶら下がっている。
真っ白くて小さな細長いペーパーバッグが引っ掛けてあったのだ。
思わず振り返ればはじめさんはほんの小さく片頬を上げる。

「……これ、」
「あんたのだ。開けてみろ」

ハンガーごと外し、慌てて中を覗き見れば包装紙とリボンのかかった細長い箱で、丁寧に開けば出てきたのはベルベットの箱だった。どきどきしながら蓋を開ければプラチナとダイヤのプチネックレスがそこに収まっている。

「すご……綺麗……、あ、ありがと……、」

感極まってうまく言葉が口から出てこない。なんだか涙が出てしまいそうで思わず唇を引き結ぶ。
私へのクリスマスプレゼントをこんなふうにサプライズにしてくれるなんて。
このはじめさんが。
だからだったの?
彼が私の部屋にそっと入るなんて、普段なら絶対しないようなことをしてくれたのは。
ベルベッドのケースから取り上げたネックレスが指先に絡み、一粒ダイヤがきらりと光る。
昨日そのことを白状した時のばつの悪そうな、それでいて照れたような複雑な彼の表情を思い出し、笑みと涙と私の心の奥から溢れ出す温かい何かが、いちどきに込み上げてもう抑えられなくなりそうで……。

「衣装も早く」
「…………は?」
「自分で出来ないと言うのならば俺が着替えさせてもいいが。その服の造りはもう解ったからな」

えーっ!
ちょっと……!
この、私の中から溢れ出しそうだった感情、どうするの、どうすればいいの、どうしてくれるの。
はじめさんは黙って私を見返す。その目はまるで、何処に疑問があるのだ、早く着替えて見せろと言わんばかり。いやむしろ心なしか期待がこもっているような。
そうして私はまた逆らえずに。
昨日反省した筈なんだよね。出来ない事は出来ないとはっきり言わなきゃいけないんだって。
だけど有無を言わせない目つきのはじめさんを前に、やっぱりなんにも言えない私なのだった。
しぶしぶと再び着替えた真っ赤なミニのサンタドレス。
ベッドに腰掛けたままのはじめさんが、昨日と全く同じように私をじっくりと眺めている。

「まさか、またこの恰好で……するとか?」
「当たり前だろう。今夜がクリスマスの本番だ」
「…………、」
「幾ら見ても飽きぬな。あんたのその姿は」
「やっぱり、へんた……、」

ニヤリと笑ったはじめさんに急に腕を引かれ、片手で強引に顔を引き寄せられて唇が塞がれる。
ああ、またいつものだ。昨夜の可愛いはじめさんはいったいどこなの。

「んん……、」
「何か言いたいことがあるのか?」
「んん……っ」

息継ぎの合間に不敵に笑ってふいに唇を離した彼は、私の向きを変え背中から抱き締めて片手で髪を掻き上げる。
露わになった首筋に唇が当てられて、否応なく期待に震える胸がどきどきと高鳴る。この人は、麻薬だ。
だけど。
「待って、まだお風呂が」と逃れようとすれば「後でいい」と言った彼の指先と、そしてふいにひやりと冷たいものが肌に触れる。
「あ、」と声を上げれば、纏めた髪を私の右肩から前に流されて、ネックレスがはじめさんの指で私の首の後ろに留められた。

「絶対に外すな」

そう言って彼が後ろからもう一度抱き締めて首筋のプラチナに唇を触れる。
そっと見下ろして胸元に指先で触れれば、銀色に光る細い鎖の周りや胸の谷間に沢山散らされた紅い所有の印が、熱くなった自分の体温の所為でその色を濃くしていくのがわかった。

「あんたの身体中に俺の名を書いておきたいくらいだ」
「いっぱいつけた癖に」
「この程度では足りぬ」
「まさか、これ首輪のつもり……?」

振り向かせた私を見つめる彼の瞳がほんの少し見開かれ、そうして柔らかく緩んだ。深い藍色が意味深に揺れ、凄絶な色気を纏って細められた瞳はまた私を捉えて離さない。

「そうだ。……そうだな、そういうことになるか」

首環なんてつけなくても私はとっくにはじめさんに雁字搦めにされてるのに。
この間からのことで改めてよくわかった。私が彼から離れるなんて絶対にできないということが。
それは多分ずっとずっと前から。はじめさんと出逢った最初の時からとっくに決まっていたことなのかもしれない。
回された腕に力がこもる。強い腕に捉われてなお、もっともっと捕まえていて欲しいと、そんなことすら思った。

「なまえ、」

吐息がかかるほどに近く囁かれる私の名は、身体のどこか奥深くにある官能の泉をさざめかせるような低音で、肌が粟立っていく。落とされた唇はまるで私の全身を、細胞の一つ一つまでを性感帯に変えていく。
胸元に光るダイヤに口づけた彼はちくりともう一つ印を刻んだ。そうしてそれを舌でなぞるから、私はまたくらくらとして全てを任せてしまいそうになる。
だけど。

「ま、……待って、お願い。私も、」

このままでいたらうっかり忘れてしまう。
私は必死ではじめさんの腕を抜け出して、ベッドの脇のコスメボックスの一番下の引き出しを開けた。取り出した平たい箱には濃紺の包装紙に金色の細いリボンがかかっている。
私をじっと見つめていた彼の手をとってそれを載せれば、驚いたような瞳が私に向けられた。

「これは、」
「あの、クリスマスプレゼント」
「俺に?」
「うん。気に入ってくれるといいんだけど」

箱から現れた黒い艶消しレザーの手袋が、目の高さにかざしたはじめさんの、少し筋の張った長い指にピタリと嵌められた。
彼は両の手の甲をこちらに向けてみせる。

「似合う、だろうか」
「うん、すごく。すごく格好いい」

思わずはしゃいだ声を上げてしまうと、彼がまたその瞳を細めた。
そういう顔がまた私の背筋をゾクリとさせる。
サラリとかかった前髪を掻き上げる仕草も、ほんの僅かに口角を釣り上げる表情も。

「あんたの首に嵌ったのが首環だとしたら、俺の手に嵌ったこれは手錠だな」
「それいいね。はじめさんも永遠に私に繋がれてればいい」
「俺はとうにあんたの囚われ者だ」

革手袋の手が私を抱き締めて、そのまま彼が身体を反転させベッドに押し倒される。
こんな状況で、なんてずるいことを言う人だろう。
はじめさんの方こそ、その言葉や行動でどれだけ私を翻弄してるかなんてわかってない。
こうしてお互いにお互いを繋ぎ合って、心も身体もずっとそばにいて、そうやって生きていけたらどんなに幸せかななんて思った。
見上げる瞳はベッドサイドの淡い光を纏って切なげに揺れ、腕が私の頭を抱え込むように包む。

「ありがとう。来年もこうして共に」
「うん、」
「再来年もその次も、」
「うん」
「死ぬまで俺と」
「え……それって、」
「メリークリスマス、なまえ」
「はじめさん……、」
「愛している」
「ん……、」

メリークリスマス。
私もはじめさんを愛している。
誰よりも。
そう応えたかった言葉は唇に飲み込まれて、そうして私は熱い手に包まれてはじめさんの痛いほどの愛に溺れて、そうしてまたどこまでも融けていってしまうのだ。
多分、これからもずっと。



Santa won't you bring me the one I really need won't you.


May your Christmas be filled with plenty of joy and happiness.
2014Xmas Aoi is yours sincerely

2014.12.19〜12 .23

※当作品は『All I want for Christmas』より一部を著作権法引用ルールの範囲内でお借りしております
I wish you a Happy Christmas
'Cause I just want you here tonight.What more can I do?

MATERIAL: ひまわりの小部屋

AZURE