斎藤先輩と聖夜 | ナノ
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All I want for Christmas is you
 the 1st volume

そろそろお昼になる。掃除機をかけながら壁のカレンダーと時計をちらりと見遣り、続いて目が引き寄せられるのはテーブルに置いたスマホ。
昨日の夜も斎藤さんは音沙汰なしだった。今日23日は私の部屋で過ごす予定だったけれどその約束も当然お流れ。そうだよね。そうだと思ってはいた。
私は一体どれだけ彼を怒らせてしまったのかな。
画面を暗転させたまますっかり黙り込んだスマホを昨夜からも幾度見つめただろう。
掃除機を止め、手に取って画面をタップして電話帳を呼び出し、お気に入りの一番上にある名前をなぞってみる。
斎藤一。
彼の顔写真のアイコンを見ていると心がキュッと掴まれる。
少し前まで迷うことなく触れた通話ボタンに今は指を置くことが出来ない。
斎藤さんと言う人は一見クールで無表情で少し冷たく見えたりするけれど本当はそうじゃない。彼は私を誰よりも大切にしてくれていた。豊かな表現とは言えないけどいつも伝わっていた。
夜は少し意地悪でドSで変態だけど………今はそういうことを言ってる心境でも場合でもなかった。
知り合った高校時代、斎藤さんは手の届かない高嶺の花だった。
そんな彼に再会して想いを告げられた時の私は、あまりにも夢みたいで信じられなくて、動揺してそれからテンパッて。そうして恋人になった彼との日々がどんなに幸せだったか。今さらになって悲しいくらい思い知らされる。
彼といることが当たり前になっていつの間にか思い上がっていたのかも知れない。愛されることに慣れて、彼の気持ちに甘えっぱなしで。
馬鹿だな、私。
はじめさんと呼んで欲しいのを解っていて斎藤さんと呼んだりして彼の反応を楽しんだりして、私は確かに調子に乗り過ぎていた。下の名を呼ぶのがまだどこか照れくさい気持ちも本当はあったのだけど。
彼に私の方からちゃんと気持ちを伝えきれていたかな。今となっては全く自身がなかった。
クリスマスプレゼントなんていらない。
サンタさん。だからどうかもう一度、お願いだから彼ともう一度会わせてください。
私、本当に彼が大好きなんです。これからはちゃんとはじめさんと呼ぶし、ちゃんと伝えたい。だからどうしたら彼が許してくれるのか私に教えてください。
また涙腺が緩みそうになった時。

ピンポーン。

思いがけないインターフォンの音に肩が大きく跳ね、心臓が口から飛び出しそうになった。
だ、誰?
滲みかけた涙も引っ込んだ。足音を忍ばせて玄関に行き恐る恐るドアスコープを覗く。




All I want for Christmas is you
欲しいのはあなただけ
―the first volume





え、まさかサンタさんがほんとに……。
大きく開け放たれたドアの前で、はじめさんが上半身を反らせていた。いけない、勢いよく開き過ぎて危うく彼に当たるところだった。
いつもの休日とどこと言って変わらない見慣れた佇まいのはじめさんは、濃紺のカジュアルなショートコートにタイトなブラックデニム姿で、慌てて出てきた私を見てほんの少し驚いた顔をする。

「ご、ごめんなさい……はじめさん、」
「いや、」

僅かに視線を逸らせた彼は、短く応えただけでその他には何も言わない。
浮き上がりかけた気持ちがまた少し萎む。
連絡もせずにこうして此処に来たのはまさか、お別れを告げる為……とか? 嫌な予感が過る。
もう一度ちらりと私を見たはじめさんは「入ってもよいか」と言った。部屋で腰を据えて別れ話をするとでも言うのだろうか。
だからと言ってどうしていいかなんてわからずに私は「どうぞ」と応えるしかない。
彼が玄関のシューズボックスの上の小さなクリスマスツリーにふと目を留め手を触れた。

「あの……、ごめんなさい」

黒のサイドゴアブーツに指をかけ、腰を折って足を抜こうとしていた彼が、ふと目を上げて怪訝そうな顔をした。
別れたくない。
そんなストレートなことはとても言えなくて私の唇から零れでたのは、自分でも驚いてしまうような言葉だった。言いながらもう私のネジは飛んでいたのかもしれない。

「今日一日、はじめさんの言う事、何でも聞きます。だから、」
「……は?」
「だから、だから……別れるなんて、」
「……あんたはまたおかしなことを言い出すのだな」
「だ、だって」
「別れるとは、誰のことだ」
「え、私達……?」
「誰が別れると言った」
「……だって、はじめさんがすごく怒ってるから、だから……、」

面食らったように立ち上がった彼を上目づかいに伺えば、今度は大きく目を見開いてまるで意表を突かれたとでも言うような顔をする。

「俺は怒っていたわけでは、」
「でもはじめさん、あの夜、」
「風間のことならばもう謝ってくれただろう?あんたと離れるつもりはない」

すっと伸びてきた手が私の肩に触れ、そうして引き寄せられた。彼のコートからは冬の匂いがした。頭の上に顎がこつんと載せられる。それは涙が出そうな程に幸せな小さな重み。
そうしてふ、と吐息をつくように小さく笑った気配がした。
別れるつもりでいたわけじゃないの?
彼の腕の中にいて少しずつ安堵感が湧いてくる。心からホッとして私も彼の背に腕を回す。どうしてあの日は帰っちゃったのとか、ずっと連絡をくれなかったのはどうしてなんて、もう聞かなくてもいい。今こうしてここにいて抱き締めてくれるそれだけで、もうそれでいいと思った。とっても嬉しかったから。

「本当か」
「え?」
「俺の言うことを何でも聞くと言うのは」

反射的にバッと彼の胸から自分をひっぺがす。
……何て言いました?
見上げればはじめさんは今まで見たこともないような悪戯っぽい目をした。
ほんのりと唇の両端を釣り上げ、彼の表情の中では間違いなく歓喜に分類される、それは嬉しい時の顔だ。
だけど待って。言ったよ私、確かに言いました。何でも聞くって。でもそれはね、あなたが怒っていると思ったからで、許して欲しいと謝罪の意味を込めた言葉であって、それは……。

「……は、はい」

実際に私が反省すべき点は山のようにあるわけで、しかも一度口に出した言葉を引っ込めることが出来ない性質の私は、震える声で思わず頷く。

「では、手料理を」
「あ、はい!それならもちろん、」
「と言うとでも思うか、俺が」
「は?」
「これまで幾度も伝えただろう? 望むのはなまえだけだと」
「…………、意地悪だ。やっぱりはじめさんは」
「何か言ったか」
「いえ、」
「先ず風呂に入りたい。なまえと」
「今?」
「今」
「……ええっ!」
「驚くことはない。これまでに幾度も共に入っている」

それはそうですけど。でもいくらなんでも真昼間は無理。
はじめさんのところと違ってこのアパートのお風呂に昼間から二人で入ったりなんかして、そうして万一はじめさんが野獣になんかなった暁には目も当てられない事になる。ここ、響くんだから。それに明るいなんて無理。絶対に無理。
せめて夜にして。でなきゃ本気で引っ越さなきゃならなくなると言えば、引っ越し先ならあるだろうとまたニヤリと笑ったはじめさんだっだけれど、流石にお風呂の件はあとにということで何とか納得してくれた。
そうして取り敢えずは二人で食材の買い出しに行くことになった。
私はご存知のように料理が得意とはとても言えない女だ。冷蔵庫の常駐物資は推して知るべし。
いつもは彼のマンションにばかり行っているので私の部屋から二人で出かけるのは、それがたとえ近所のスーパーだとしてもとても新鮮に感じる。
ついさっき別れ話に怯えてビクビクしていたことがまるで嘘のように私はわくわくした。
我ながらとんでもなく単純だとは思うけど。でも嬉しくてたまらなかった。
前を行くはじめさんが階段を下り切ったところで後ろに手を伸ばす。飛びつきたいような気持ちでその手をきゅっと握る。
サンタさん、こんなに早くプレゼントを届けてくれるなんて。
本当にありがとう。
スキップでもしたい気分の現金な私がついつい顔を崩れさせれば、見下ろしたはじめさんも面映ゆげに小さな笑みを見せた。
門扉のところでアパートの同じフロアの人とばったりと出逢う。彼女が「こんにちは」と声を掛けてくれたので、すごく照れながら小さく挨拶を返せば「彼氏ですか」と聞かれてしまった。
大好きな自慢の彼なんですなんて言ってみたいけど、そんなのはやっぱり恥ずかし過ぎるので、え……、と口ごもりつつも「ハイ」と応えると、握られた手に力が入った。
ふと見上げれば、珍しくはじめさんが固まっている。
なんとこれまたレアな。はじめさんが固まった本当の理由は知らないままの私だったけれど。
クリスマス音楽が流れるフードコートで少し遅いけどサンドイッチのランチを済ませ、夕食は湯豆腐にすることにして向かった食品売り場。
次々に彼が食材をカートに載せるので「私の冷蔵庫小さいよ、はじめさん」と言えば苦笑をして幾つかを棚に戻した。
「だがこれは譲れない」と気前よく土鍋とカセットコンロまで買ってくれたはじめさん。私の好きなビールの銘柄を絶対に間違ったりしないはじめさん。吟味した日本酒もカートに入れてご満悦なはじめさん。
はじめさん、はじめさんと今日は沢山彼の名前を呼んだ。こんなふうに何気なく二人で過ごせる一日が悲しいくらい嬉しかった。
朝食用にマフィンをカゴに入れたはじめさんが「明日は共に出勤しよう」と言うので「うん」と頷く私の頬はまた嬉しさのあまり染まった。
地下のパーキングまで、お酒の瓶の入った重い方のレジ袋をよいしょと持って行こうとする私に、彼がすっと手を伸ばす。

「大丈夫です。今日は何でもするって言ったの私だし」
「そのような力仕事は頑張らなくともよい」

彼はふっと唇を緩め、私の手から取った袋を軽々と持ち上げた。代わりにおつまみの乾き物やマフィンなんかの入った軽い袋を手渡してきて、もう一方の手に食材と土鍋の袋を下げてスタスタと車に向かう。
こういうところがいつも。
彼の背に向かって思わず照れ笑いをしてしまう。
はじめさんがそばにいてくれるというそれだけで、灰色だった気持ちがバラ色に染まった気さえしたのに、彼は目立たない優しさをまだまだたくさんくれるんだ。私はやっぱりはじめさんが大好きで、この休日は今までの分まで想いをたくさん伝えたいと思った。
湯豆腐のお鍋を一緒に片付けて一緒に食器を洗い、いつもよりも僅かだけお酒の量が少なく見えた彼に習い「もっと飲みたいのに」なんて、普段なら言ってしまいそうな我儘を引っ込める。
バスタブにお湯の張られたことを知らせるアラームが鳴った。
立ち上がり私の手をとって引き起こしたはじめさんは、狭い部屋でそれほどの距離もないのに、浴室に辿り着く手前ほんの数歩のところで振り向いた。
繋いでいた手を強く引かれて彼の腕に囚われる。
背中から捲り上げられたカットソーも外されたブラのホックも下ろされたジーンズのジッパーも。その指はひどく性急でもどかしげで、つい私も彼の服に手をかける。
言葉もなく唇を塞ぎ舌を追いかけて音を立てて貪って、呼吸が出来ないくらい絡み合う。長い長いキスをしながら立ったままで互いに服を脱がせて、素肌を密着させた彼の腕が折れるほど抱き締めた。

「欲しい、早く。……なまえ、」
「……うん、」

合わさった唇の隙間から吐息混じりに求める声は、私の中の欲情も目覚めさせる。
横抱きに抱え上げられはじめさんが肩で押し開ける浴室のパネルドア。普通なら彼はこんなことはしない。
私自身もいつもとは違っていたかも知れない。
だってここ数日ずっと寂しかった。
私を抱き上げた格好のまま浴槽に身を沈め、足の間に私を挟んだ彼は背中から腕を回した。

「……あ、」
「寂しかったか」
「あ…………ん、ん、」

私の胸の前で腕をクロスさせて、両手が膨らみを強く掴む。
まるで心を読んだみたいに耳元に囁かれる言葉に、見栄も意地も張ることを忘れて、私はコクコクと頷いた。

「あの夜の分まで、今宵はあんたを存分に」

頬を滑ってきた唇が薄く開いて、片手で振り向かされた私の唇にまた深く重なった。

The story will continue.
I wish you a Happy Christmas
'Cause I just want you here tonight.What more can I do?

MATERIAL: ひまわりの小部屋

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