斎藤先輩と聖夜 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
03:until Christmas

たった今この瞬間、斎藤さんがどこにいて何を考えているかなんて知る由もない私は、本気で頭を抱えたい思いでひたすら困惑していた。
全ては自分のあざとい考えがいけなかったんだということだけはわかっているけれど、とりあえずこの状況をどう回避すればいいだろう。

「遠慮することはない」
「え、遠慮と言うのとは少し違うんですけど……、あの、平日ですし、時間もないことですし、」
「広尾だ。すぐに着く」

しどろもどろになる私に構うことなく風間社長は決定事項と言わんばかりに告げる。
この人を含め私の周りには無駄にイケメンが多いけれど、この人達はどういうわけか人の話をちゃんと聞かない率が高い。
風間社長は高級国産車の後部座席のドアを開いて私に迫る。運転席にいる赤い髪のごつい顔をした男性は振り向きもしない(勿論助け舟を出してもくれない)。
買い物を個人的にお願いするのは幾らなんでもと思い直した私が、会社を出てついそこへ足を向けてしまったのは責められても仕方ないとは思う。思うけれど、何て間が悪いんだろう。どうしてこんなことになっちゃうんだろう。
六掛けという言葉に魅かれたのがもともとの原因だった。もう一つ好条件に思えたのは、カザマ・カンパニー・リミテッドのショップの一つが新選エージェンシーの最寄り駅前に存在していたということだ。だけどそれは逆に途轍もない悪条件だったのだと今はっきりと気がついた。
レザーショップにしてはやたらにきらびやかな感じの店内で商品を眺めていた私。巻き髪のちょっと悪そうな男の店員さんはそっぽを向いて何かしていて、私に目を向けないのに少しホッとしてショーケースを見ていたら、ふいにプライベートオンリーと金文字で書かれたドアが開いた。
そうして現れた高級スーツの男性が緋色の瞳を少しだけ見開く。
巻きロン毛のお兄さんが「おう、風間」とかなんとか言ったみたいだけど応えずに私を凝視する。
目が合ったその瞬間、風間社長と私は完全に正反対の表情をした筈だ。
唇の片端を釣り上げてふっと不敵に笑った社長は「ふん、実に好機に現れる女だな」と鷹揚な低音で言い「さ、先ほどはありがとうございまし……」と言う私の言葉を全部聞かないうちに続けた。
誠に気の利いた料理を出すフレンチレストランがあり、そこはサービス(特別扱い)も繊細で非常に行き届いているのだ、と。

「席を空けさせた」
「はあ、……それが私と何か、あの、関係が……?」
「ちょうどよい。なまえ、お前を連れていく」
「え…………っ、」
「欲しいものがあるのならば、後で部屋でゆっくりと見せてやろう」

へ、部屋? 部屋っていったいなんのことですか?
背後で巻き毛のロン毛さんはニヤニヤしている。あの、この人何言ってるんですかね?そう伝えたくてアイコンタクトをしてみるけれど無駄だった。
店内を軽く見渡した風間社長は「だがそれは食事の後にな」と勝手に決めつけて、そうして5分も経たないうちにこうなっている。
ピカピカに磨き立てられた車のドアに手をかけた社長は、立ち尽し頑なに動かない私に「車内の温度が下がる。早く乗れ」と少し苛ついた声を浴びせた。
普通であれば「勘弁してくださいよ、しゃちょ〜」と誤魔化して笑ってしまいたいところだけど、私の頭の中には今日の昼間判の押された受注書の、2の後ろに0が七つもついた部分が鮮明に甦っていた。土方部長の手袋を嵌めた手が胸元を押さえていたことまで同時に浮かぶ。
どうしよう、どうしたらいいの、この場合。

「ひ、ひゃあ!」

きっぱりとお断りの言葉を口に出せずに逡巡しながら曖昧な愛想笑いをする私の腕が、伸びてきた手にグイと引かれた。
普通の場合だったら。
この人が新選エージェンシーの上得意なんかじゃなかったら、こんなことにならない自信がある。高級スーツのスラックスの脛を蹴飛ばして、腕なんか振り切ってさっさと逃げてやるところだ。
だけどだけど。
斎藤さん、私……、一体どうしたらいいんですかーーっ!





たった今目の前で起こった光景はどうにも信じがたい。あれはなまえではなかったのかも知れぬ。だがそのような淡い気休めはすぐに砕かれることになる。

「あれ、一君じゃん。こんなとこで何やってんだ?」

先程上がってきた地下鉄駅の階段から思いがけず平助が昇ってくると同時、振り向きかけた俺の目に前方から歩いてきたなまえの後輩雪村の姿が映った。
彼女も「あ、斎藤さん」などと呑気に笑い、右手の派手な店を見遣ってから俺に視線を戻す。そして悪びれもなく右を指さした。

「なまえさんは? 中ですか?」
「中とは」
「なまえさん、このお店に寄ってた筈ですけど。待ち合わせじゃないんですか?」

硝子張りの店内にはどう見ても客など一人もいない。
ここに至って連れ去られたのは間違いなくなまえであると確信し、俺の頭に急激に血が上る。

「待ち合わせはしていない。どういうことだ?」
「え、それならどうして、」
「なまえらしき女性が車で連れ去られた。あんたは何を知っている?」
「なんだよ、それ。どういうことだよ、一君、」
「聞きたいのはこちらだ」

やっと俺の引き攣った表情に気づいた平助が上ずった声を出す。
雪村に会ったならば昼間平助に渡された例の代物について場合によっては問い質し、また場合によっては礼を言わねばとも考えていたのだが、当然そのような考えは飛んでいた。
彼女の指したその先には悪趣味にも程があろうといえる金色の看板があり、それには『IMPORT LEATHER KAZAMA』と書かれている。
要領を得ない会話に苛立ちとも困惑ともつかぬ感情を持て余しつつ、さきほどの状況を思い合わせ更に雪村を問い詰めようとしているところへ、ガラスドアを押し出てきた人相の悪い男がジロリとこちらを見た。

「あんたら客か?」
「ここで女性が拉致されたところをあんたは目撃したか?」
「あん? 拉致だぁ?」

男は俺の問いに刹那鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしたが、すぐに表情を緩め「ああ、風間のことか」と笑い出した。

「風間とは誰だ。なまえとどういう関係だ?」
「なまえ、そういやそう呼んでたっけな。そりゃそうと、あんたこそ誰だよ」

無遠慮に俺をジロジロと見ながら、男がさも可笑しそうに笑い続ける。

「笑い事ではない。早く言え」
「風間ってのは婚活中のうちの社長でな、なまえとやらを嫁さんにする気だぜ? だが確かに拉致紛いだ、ありゃ」
「詳しく説明しろ!」

真冬だと言うのにレザージャケットの下にタンクトップしか身につけぬ男の、その胸倉を掴み上げる。「何しやがんだ、てめえ!」と凄む男を睨み付ければ、俺の常にない行動に目を白黒させる平助が慌てて止めに入ってくる。「ちょ、一君、落ち着けよ」平助の腕を振り払った俺にその声は届かなかった。





「あの、ほんとに困ります」
「ここまで来ておいて往生際の悪い女だ」
「来たくて来たんじゃなくて、あの、社長が強引に……、」

消え入りそうに訴える私の目の前には、見るからにお高そうなフレンチレストランの豪奢なドア。押し問答をする私と風間社長を、その店のディレクトールと思しき品のいい初老の男性が当惑しきって見つめていた。
瀟洒な建物の脇、本物の樅ノ木に絡んだイルミネーション。それはさっきまでの浮き立つような気持ちとは打って変わってすっかり意気消沈した私を、嘲笑うかのようにチカチカと点滅している。
口を挟まないディレクトールさんには申し訳ないと思うけれど(でも明らかに片方は嫌がってるんだから出来れば口を挟んでくれてもいいと少し思う)、それに風間社長に恥をかかせるような行為は本当は気が進まないけれど、だけどだからと言って、私はここに入るわけにはいかない。うん、絶対に。
なら車に連れ込まれる前にきちんと断ればよかったのだと言われればそれまでだけど、こうなってしまったものは仕方がない。
土方部長ごめんなさい。二千万、ごめんなさい。半泣きになりながらこそこそと踵を返そうとする襟首が掴まれる。

「どこへ行くつもりだ、なまえ」
「わ、きゃあ、ごめんなさい、ほんとにごめんなさい。お願いします。勘弁してください」
「いい加減にしねえか、風間」

その時だった。
地面にしゃがみ込んで耳を塞ぐ私の頭の上から降ってきた声。
続いて伸びてきた手。
その腕は思い切り私を引き寄せて抱き竦める。
固く目を閉じていた私の顔は温かい胸に強く埋められ、そうしてようやく気づく。
それが懐かしい(ついこの間会ったばかりだけど今は懐かしいとしか言いようがない)斎藤さんの胸だということに。
え、でもでも、だけど。
……どうしてここに斎藤さんが。

「なまえ、大丈夫か」

大好きな低い声に耳を擽られ、その声が心に届いた途端に私の身体から全ての力が抜け、緊張から開放されて眼からは涙がぶわっと噴き出した。
どうしてでもいいや、理由なんか。
助けに来てくれたんだ、斎藤さんが。
それだけが私の心に温かい何かを溢れさせた。
彼の背に腕を回して必死で縋りつく。私の位置まで腰を落とした斎藤さんの温かい腕は、しっかりと私を包んで抱き締め返してくれる。

「さ、……は、はじめ、はじめさぁぁぁぁ……」

なりふり構わずに彼にかじりつけば、物凄く不機嫌な声が頭上を越えていく。

「邪魔をするな、土方」
「何だと、ふざけんじゃねえ。他のやつと違うんだ、こいつはうちの大事な社員だとさっき言っただろうが。いつもいつも同じ手使ってんじゃねえよ」

え、いつも同じ手口使ってるのこの人? まあ、それもこの際どうでもいいや。
ぶ、部長……、部長まで来てくれてたんですね。
その時の私は絶体絶命の窮地を王子様に救われたお姫様の気分だった。

だけど。
……だけど。

…………だけど、この幸せはそう長くは続かなかった。


私は只今、人生初めてと言えるくらい深く深く反省中だ。
あれからすぐ天国から地獄に突き落とされたみたいなモヤモヤ気分を味わっている。


クリスマスまで、あと少しだというのに……。

I wonder if Santa is coming to see you.
I wish you a Happy Christmas
'Cause I just want you here tonight.What more can I do?

MATERIAL: ひまわりの小部屋

AZURE