04 「お前、こんなトコに来てる暇有んのかよ」 平にでも運ばせれば善いような、どうでも良い書類を持ってふらりと現れた俺に、何をやってんだと檜佐木さんが眉根を寄せた。 機嫌が悪ぃのは想定内。 心配が勝って、無茶ばかりする紗也への怒りが収められずに、頭を冷やす為にと一旦此処に戻ったのは間違いねぇ訳で。 苛々しながらでも完璧にこなされて行く書類の山は流石と言うか何つーか……。 机の上には、いつかも判らねぇくらい先の期限の書類が数枚。 紗也が居ねぇからって無駄に仕事し過ぎだろってくらい、片付けられた書類の山は圧巻だった。 何かしてねぇと落ち着かなかったってのも有るんだろうが、いつでも行ってやれるようにとの想いからだろうと容易に知れた。 先輩が、簡単に隊を空ける訳にも行かねぇんだ。 「用が無ぇなら帰って仕事しろよ」 「…っす」 了解と背を向けた退室間際、そう言えばと、今思い出したかのように唐突に問うた。 「昨夜、紗也が脱け出そうとした理由って知ってますか?」 「阿散井……?」 急にどうしたって顔で訝しげに此方を見遣る檜佐木さんに口角を上げて、其の理由を告げてやる。 「急に、寂しくなったらしいっすよ。一人で寝るのが」 甘やかし過ぎじゃねぇっすか ぶっと吹き出しながら言ってやれば、ガタッと立ち上がった檜佐木さんが何とも言えない顔で目を反らしやがるからまた笑えた。 怒り過ぎた事を反省して、可愛い事を言う紗也に悶絶仕掛けて、何つーか、どうしてくれようって感じだな。 「んじゃ、此れどうぞ」 「手前ぇ……」 忘れてましたと懐から出した外泊許可書を机に置けば、良い度胸してんじゃねぇかと凄まれる。 ホント、全く恐くねぇんで無駄っすよ。 「また脱け出そうとして倒れられるくらいならって、卯ノ花隊長の微笑付きっす」 早く迎えに行ってやって下さいとニヤニヤと告げれば、書類を引っ付かんだ先輩が憮然とした顔で出て行った。 『やっとかよ』 紗也が目覚めたあの日。 其の足で九番隊に顔を出した俺の酷ぇ面を見て取って、いつかこういう日が来るって解ってたんだけどよと、檜佐木さんは苦笑した。 『悪ぃけど、紗也はやれねぇから』 そう言った檜佐木さんの顔を見て、今日までの一連の行動の意味が、やっと全て理解出来た俺は手前ぇの鈍さに口も聞けねぇ。 檜佐木さんは全部解っていて、そして、俺を信頼して紗也を託してくれていた。 『俺には、紗也を補佐にするなんて事は出来ねぇんだよ』 多分、紗也を討伐に向かわせる事も出来やしねぇし、背中を預けるつもりも無い。 死神なんて辞めさせて、誰にも見られねぇように、誰にも指一本触れさせねぇように閉じ込めちまいたい。 真綿にくるんだってまだ足りねぇ。 『私情ばかりなんだよ』 だから俺にお前を責める資格なんて無ぇだろと、嘲笑うかのように告げられた言葉の意味が、今なら痛いくらいに理解が出来た。 『宣戦布告なら請けて立ってやるけど?』 本当に此の人は、紗也の為なら何でもしやがると苦笑いが浮かんだ。 『良いんすか、んな事言って』 やっと絞り出した情けねぇ声で、紗也が泣きますよと言えば、だったら良いなと笑う。 其の幸せそうな顔が、こんなにムカつく日が来るとは思わなかった……。 『……ま、良いっす。俺のが実質、紗也と居る時間が長ぇんで』 のんびり行きますと言ってやれば、鈍いままで居やがれば良かったのにと舌打ちされた。 本当は此の人だって、解っているくせによと思う。 紗也が、何れだけ此の人を想って居るのかくれぇは…… 敵わねぇなと溜め息吐いて、主の居ない副官室を後にする。 「莫迦だろ……」 本当に、手前ぇの莫迦さ加減に嘲笑いが洩れた。 何で気付かなかったのか 「違うな」 何で気付いちまったのか、だ。 「宣戦布告なんてする訳無ぇだろ」 今頃きっと、嬉しそうに紗也が微笑って居るだろう。 どうしたって、紗也が笑ってりゃ其れで良いと思うんだから、もうしょうがねぇ。 『恋次先輩が、好きです』 『おう、ありがとな』 『…………』 『紗也?』 『い、え。何でも、無いです』 何度思い返しても、後悔なんて下らねぇ想いは微塵も湧いて来ねぇんだ。 何度あの日に戻ったって、俺は何度だって同じ事を繰り返す。 何度だって変わらずに思う。 ずっと、傍に居て護ってやる。 笑って、紗也の幸せを願ってやるんだと……。 |