どんな君でも〜 | ナノ

05


まだ早い時間で良かったと、不本意ながらも紅犬に本気で感謝して、瞬歩で向かった紗也ちゃんの部屋の前に立つ。

室内に在る霊圧にどうしようもない愛しさが込み上げて、逸る心臓を宥めるように深呼吸を繰り返してから扉を叩いた。


はいと言う返事の後に名を告げれば、少しの霊圧の揺れの後に扉が開かれた。

顔を覗かせた紗也ちゃんの不安気な表情が気に掛かるも、早く手の中に在る此の理由が知りたくて問い掛ける。


「これ……」

「ごめんなさいっ」


…………は?


包みを見せた途端、勢い良く奪われたそれは紗也ちゃんの腕の中に隠されて、何が起こったのかと放心してしまう。


ごめんなさい……?

は……?


「紗也ちゃん?」


俺はまた何かを間違えたのかと、不安がどっと押し寄せる。

さっきまでの浮かれた熱も思考も、急速に冷えて厭な汗まで伝っていやがる。


何が一体どうなっているのか、一連の事の意味が全く繋がらねぇ……。


今にも泣き出しそうな紗也ちゃんは、やっぱり判りましたよねと、こんな所まですみませんでしたと早口で告げて、部屋に引っ込みそうになっている……っ


「紗也ちゃんっ」


放心している場合じゃねぇと慌てて腕を捕らえれば、とうとう決壊した涙が溢れ落ちて、その悲痛な顔に胸が軋んだ。


「何で……、泣く」


紗也ちゃんが、初めてこうして贈ってくれた。

譬、深い意味が無かったとしても、其れだけで、間違いなく俺は今までで一番幸せで……


「ご迷惑を……」

「迷惑じゃねぇよ」


本当に、何でだよ……


「何でそんな……」

「檜佐木副隊長は、何方からも受け取らないって聞いてたのに。今日も、一緒に過ごされる方が居るって、伺ってたのに……。どうしても渡したくて……」


こんな所にまで返しに来させてしまって申し訳有りません……。


「今更……だって、解ってるんです、けど。私は、檜佐木副隊長が好きだって、伝えたかったんです……」


ギュウウッと袋を握り締める紗也ちゃんが、もうボロボロになって泣いている。



何方かと……



あれは……


俺は本当にどうしようもねぇと頭を抱えそうになって、紗也ちゃんの言葉を正確に読み取れる阿散井に、此の場にそぐわない猛烈な羨望と嫉妬心が生まれて来る。
燻り続けた独占欲が弾けて、気が触れそうになる。

けれど、今はそんな事より……


霊圧が、揺れる―――……


ごめんなさいと泣いている紗也ちゃんの腕を捕らえて、そのまま部屋の中に滑り込んで抱き寄せた。


「もう一回……」


もう一度、好きだって云って欲しい……


今夜の相手は阿散井だって、この前の話の誤解を解いてやらねぇと。

本当は先にしなくちゃなんねぇ事が有るって解っちゃいても、どうしても……


「好きだ……」


今は、この温もりをただ感じたい。


「俺は五年前から変わってねぇよ……」


四宮しか欲しくない。


それは、自分でもどうしようもないくらいの……


「多分もう、逃してやれねぇから。覚悟しろよ」



狂気にも似た、渇望―――……



力の抜け堕ちた紗也ちゃんの手から、バサリと紙袋が滑り落ちた。

ちゃんと後で拾って、大切にするからと内心で謝って


「檜佐木、副隊長……」


息の整わないままの紗也ちゃんに、もう一度口付けを降らせて行く。

本当に覚悟しといた方が良いぞと、此れだけで一杯一杯の紗也ちゃんに思う。


好きだと、簡単に口に出来なくなっていたくらい君が欲しかった。


「全然足りねぇ……」


五年分の餓えた躯には、まだまだ足りねぇと渇望して止まない。


「今日だけ……」


俺の好きにさせてと切に願った。





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