01 四宮三席は、檜佐木副隊長に渡されるんですかと訊かれて言葉に詰まってしまった。 何を渡すってそれは、バレンタインデーのチョコレートの事に他ならず……。 六番隊では女性死神達でまとまって、毎年、男性陣に義理チョコなる物を渡している。 そして今、正にその取り纏めをしていた訳で…… 檜佐木副隊長は、今更私なんかからのチョコレートを欲しいなんて思うだろうか……。 突然振られたその名前のせいで、浮かんでしまった想いから慌てて目を逸らした。 最近では、遠目に姿を見掛けるだけで胸が締め付けられるように苦しくなる。 六番隊に来られた時にはもう、平静を保つのがやっとな程だ。 「……渡さない、つもりです」 「何でですかっ」 「えっ?あの……、渡した事…ないです、から」 「渡しましょう!絶対に泣いて喜ばれますって!」 絶対に渡すべきですと、何故か鼻息荒く詰め寄って断言する女性陣に驚いて、まだそんな風に思われてしまっている檜佐木副隊長には申し訳なく思った。 義理チョコとかなら、簡単に渡せたんだけど…… 私はもう自分の気持ちが解っていて、その想いが何なのかを知っている。 だから簡単には渡せない。 違う……。 渡す勇気が、無いだけだ。 去年の檜佐木副隊長の誕生日に、いつもの差し入れや食事の御礼にと初めてプレゼントを用意した。 此れは私情だからと、昼休みに伺った副官室には沢山の女性死神達で溢れていて、積まれたプレゼントも錚々たる物ばかりだった。 『紗也ちゃんっ!?』 どうした?と、直ぐに気付いた檜佐木副隊長が私の傍に来て声を掛けてくれる。 私がこんな時間に副官室に来る事なんて初めてで、檜佐木副隊長も驚いた顔をされていた。 『あの……』 私の噂は護廷中に伝わっていて、先に居られた女性達からの刺すような視線が痛い。 俯いて何も言えない私を心配した副隊長が覗き込もうとするのに気付いて慌てて後退った。 『紗也ちゃん?』 そんならしくない態度に少し焦ったような声が聴こえて、いけないと声を振り絞った。 『あ、の……』 『莫迦だ……』 しゃがみ込んだ其所で、ゴソゴソと袂を探って取り出した物を溜め息と共に見詰めた。 阿散井副隊長からですと、序でにと持って行った書類を押し付けるように渡して退室して来てしまった事に嘆息する。 引き留めようとする声にも、こんな時間にすみませんでしたと聴こえない振りで踵を返した。 別に追い掛けて来られる訳でもないのに瞬歩まで遣って九番隊から離れて……。 『莫迦みたい……』 口を吐いて出るのは自戒の言葉ばかりで、そんな自分が余計に情けなかった。 手の中には渡せなかった小さな箱。 あの時、この箱がみすぼらしい物に思えて、何だか急に恥ずかしくなってしまった。 副官室に溢れる彼女達は、気の利いた物を副隊長の為に選べるんだろうと。 そんな事がどうしようもないくらいに気になって。 要らないよね…… そう思ったら、渡せなくなってしまった。 いつも遣って貰える物が良いと、一所懸命選んだ物だったのに……。 檜佐木副隊長はそんな事なんて気にせずに、きっと喜んで受け取ってくれたに違いない。 優しい、から…… 檜佐木副隊長は、優しい。 目が痛い。胸も痛い。 息が、苦しい…… 私は、本当に鈍い。 今更、特別になりたいと望んだって、何だって言うのか。 十二分に優しくして貰っていながら、もっと、もっとと望む私は…… 『檜佐木副隊長が好き……』 は…、と息を吐き出して呼吸を整える。 溢れる涙が答えだと知った……。 「今年は、ちょっと考えてみます」 そろそろ、こんな物思いのループから自分を解放したいと思っていた。 今度のバレンタインは、檜佐木副隊長に想いを告げる良い機会かも知れない。 それが今更でも、それでいい。 どんな応えでも、檜佐木副隊長は真っ直ぐに返してくれる、そう思えた。 |