▼ 02
『まるで家族みたいだな』
一緒に暮らし始めて少し経った頃。
修兵が私の頬を撫でながら優しく言った。
其の言葉が嬉しかった。
幸せだと信じていたあの日の私を、今、何度思い返してみたって、
莫迦で、愛しい。
『何処に行く気だよ……っ』
本気で言って居る修兵は、本当に性質が悪いと思った。
じゃあ、行くねと背を向けた私に掛かった修兵の声が、今までと何も変わらない優しさを紡いだからだ。
本当に、莫迦だなぁ……。
其れが私を余計に辛くすると気付かない。
こんな時間にと叱って貰っても、私から洩れ出るのは苦笑いだけで。
其れが、修兵の気に召さないんだって解って居ても……。
出て行こうとしてるんだよ。
『此処はもう、私の家じゃないでしょう?』
もう、私が居て良い場所じゃないんだから……。
今、出て行くと言う私を引き留める此の人は誰だろう。
いつから修兵は、私を女として見なくなったのか。
あんな、笑顔で別れを告げさせてしまうような。
こうして、私を絶望へと貶めるような……
私はいつから、修兵の中で、女じゃなくなっていたんだろう。
修兵との日々は穏やかで優しくて、変わらない毎日がずっと続いて行くと信じていた。
其れは、いつから私だけの想いに変わっていたんだろうか……。
「修兵……」
「紗也?」
私は、修兵だけが好きだよ……。
今も何も変わらない。
修兵だけを見て来た。
当たり前に在った想いを口にする必要なんて無かった。
其れは、修兵がくれる安心なんだと思っていた。
今も、胸が締め付けられる程に恋しい、なんて……
私だけがあの日のまま、変われないままだ……。
『じゃあ……』
弛んだ掌に、今度こそと踵を反して言葉に詰まった。
『行って来ます』
其れ以外の言葉なんて……
『……今まで、ありがとう』
私は知らなかった。
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