この声が届くなら | ナノ

05

「手を抜いたら、その可笑しな月代倍に拡げますからね!」

「月代じゃねぇよ!」

「大差無いですよね…?」

「……変わんねぇなお前」


そんな阿呆な遣り取りから始まった手合わせは。

鬼道は飛んで来るわ、縛道は詠唱されるわ。
いつものように何でも有りの格闘に近くなって行く。


十一番隊に居た時も、よくこうして鍛錬をしていた。

だから紗也だって解っている。俺が本気じゃねぇって事くらいは。

そして俺も解っていてそうしない。それが紗也にはいつも不満だったとしてもだ。


一角さんは、紗也相手だって容赦無ぇけどな。


俺はそれで、よく文句を言ったもんだった。


今日の紗也はよく笑う。
言いたい事を云って、悪態吐いて、想うがままに行動する。

遠慮の無いそれが俺には嬉しいと、最近の何処か他人行儀だった紗也を想う。


まるで昔に戻ったみてぇだ。


………昔って、



記憶の中の紗也は、いつも俺の傍に居て笑っている――…



付き合ってからの笑顔が思い出せねぇって何だよ。

今日の、紗也は……。


「何を茫っとしてるんですか!…………っ痛、と」

「うおっ!……って、紗也!!!」


ヤベぇっ!!!

……俺は、また!


何でこんな時にと舌打ちが洩れる。


打ち合いの最中に…っ


「紗也っ!!!」

「何ですかっ!!!」


手合い中に煩いですよと怒っているが、それ処じゃねぇんだよっ!!!


「ちょっと止まれ!!!」


いつもちゃんと加減して、絶対ぇケガなんてさせねぇようにしてたっつーのに、何でまたこんな時に考え事なんてしちまってるんだよと自分に心底腹が立つ。

しかも……


顔じゃねぇかよっ!!!


「紗也っ!傷っ……おいっ!!!」

「恋次先輩は敵がケガしたら戦闘を止めるんですか」

「……だからっ」


ちょっと待てっつってんのに、紗也は攻撃する手を休めない。

俺は、俺が付けちまった顔の傷が気になって仕方ねぇっつうのに、このっ


「お前は敵じゃねぇだろうがっ」

「今は敵です」


……の野郎


相手が誰だろうが、どんどん打ち込んで来る。躊躇ったりは微塵もしねぇ。

紗也のこういうところは嫌いじゃねぇ…がっ


「顔だろうがっ」

「別に今更、構いませんよ」


その言葉にカッと頭に血が昇る。


何…、言ってやがる!

お前ぇは……


「…っ、だからっ!ちょっと待てっつってんだろっ!」


頬の傷口から、血が伝う……


それが目に入った瞬間。
咄嗟に腕を掴んでいた。

加減も出来ずに引き寄せそうになって、寸での処で体勢を調えてやって抑え込む。

荒い息を吐き出して、俺の下の紗也に目を遣れば、至近距離で目が合った。

そのあまりの近さに息を呑む――…。


まるで……
組み敷いてるみたいじゃねぇかよ……


真っ直ぐに見詰めて来る双眸から目を逸らす事も出来ない。


何…、だよ


捕らえた手首も支えた腰も、少し力を加えたら、折れちまうんじゃねぇかと思うくらい……


「恋次先輩……」

「…………」

「重いです」


自由になる右手の部分を使った紗也に、ペシペシと叩かれて我に返る。
普段だったら奇声でも上げて飛び退いてるだろうに、俺は全く反応も出来ずにそのままだ。

抱き寄せたこの躯を離したくないと思う……



お前は――…



その、浮かんだ想いに戦慄が走る。


ホントに、俺はどっかおかしいんじゃねぇのか……


不思議そうに紗也が俺を窺っている。
その瞳に、吸い込まれる……


「紗也…………」


名前を呼んで、頬の傷に触れて行く。
親指の腹でゆっくりと辿ってやれば、傷みにだろうか、紗也が身動いだ。


「紗也……」


早く……


「不法侵入者二名」

「「……弓親さん」」

「……二人して、何をやってるんだい」

「何って……」


呆れた視線で問い掛けられて、言葉に詰まる。

何をって、そんなの俺が聞きてぇくらいで……


「鍛錬の結果です。それより恋次先輩。そろそろ退いて下さい」


重いですってと、俺の気も知らねぇで平然と言いのける。

悪ぃ…と呟いて紗也から離れる俺は、この温もりが離れるのも、この手を離すのも……


「まぁ良いけど」


片付けたら挨拶に寄りなよと言い置いて、弓親さんが戻って行った。


また……。
俺は自分がよく解らなくなって行く。

ほらと、紗也に手を差し伸べる。
そうして触れて、引き寄せそうになる自分がもう解らねぇ。


この二人だけの空間が、俺には落ち着かないものとなっていた。





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