この声が届くなら | ナノ

03

紗也が去った方に目を向けても、その姿はもう見えなかった。

追い掛ける事も出来なかったのは、何も言わねぇ紗也が、それを望んじゃいねぇんじゃねぇかと弱気になっちまったからだ。

好きになればなる程怖くなる。

そんなもどかしさに焦れるばかりで、身動きさえ取れなくなるなんて知らなかった。



副官室でただ書類を眺めては、また一つ溜め息を吐き出しての繰り返し。

そろそろ桜が散りそうだと切り替えて、手拭いを締め直した時に聴こえた慌ただしいノックに顔を顰めた。


「恋次さんっ」

「煩ぇよ!」


落ち着きのねぇ理吉に怒鳴ってやれば、焦った様子で書類を差し出して来た。


「此れって……」


思わず眉を顰めたのは、手にした書類が九番隊からの物だったからで。


「お引き留めしたんですが……」


そんな俺の様子に気付いてか申し訳無さそうに云う理吉は、だから焦って此処に来たんだろう。
まだ隊内にいらっしゃると思いますからと、ワタワタと指を差し示す。

それを聴いた俺は無言で席を立つと、瞬時に捕捉した霊圧に向かって駆け出していた。







「恋次先輩……?」


紗也と呼び掛ければ、不思議そうな瞳が此方を向いた。

普段と変わりねぇ様子に、何故だか解らねぇが、安堵よりも空虚な気持ちが胸に襲い来る。

あんな事が遇ったのに。
あんなに思い悩んだのに。

紗也には大した事じゃ無かったのかと、虚しさばかりが募って行く。


「顔くれぇ、見せろよ……」

「……次は、そうします」


俺はいつでも紗也に会いてぇと思うのに、顔も見せずに帰るのかとムカついても来る。
言いながらに距離を詰めて細い手首を捕まえれば、ほんの少し、紗也の表情が翳った気がした。

手前ぇの女相手に、逃げられねぇようにと手まで捕らえるってどうよと思っても、不安が消えて無くならねぇ。

敬語も止めろって言ってんだろうと、いつもなら然程気にならねぇような事も気に障る。

少し落ち着けと、は―――…と息を吐き出して腹に溜まったモヤモヤしたもんを吐き出すのに、捕らえた紗也の躯がビクリと揺れたのが解ってまた燻った。


「あの、そろそろ戻らないといけないので、手を……」


離してくれと言わんばかりの行動が面白くねぇと思っちまう。


「昼の話がしてぇんだ」


さっさと話して、さっさと誤解を解いてしまいてぇ。


「今が無理なら、今日の夜にでも……」

「今日、は。檜佐木副隊長とこれから現世に……恋次先輩?」


また、先輩かよ


しょうがねぇと解っていても、紗也の口から出る先輩の名前を聴きたくなくて、遮るように腕を引いていた。

慌てる紗也を無視したまま、黙々と隊舎の奥へと連れて行く。

もう頼むから、いい加減お前は俺のものだと確認させてくれと、ただ只管に唱えた。





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