「何、私なんて追い掛けて来てるんですか」
心配する相手を間違えてますよと紗也が云う。
「私は大丈夫ですから、彼女の所に行ってあげて下さい」
俺が抱き付かれてんのを見たって顔色一つ変えなかった紗也に、嘘みてぇに胸が軋んだのは俺で。
今も、紗也の言葉が突き刺さるように痛ぇ。
紗也が退室した副官室で、少しでも速く紗也の所に行きたいと焦燥感に苛まれていた。
やっと好きだと気付いたんだ。
あんなに傷付けて、簡単に手放したくせに何をと言われようが、だからこそ少しでも速く取り戻しに行かねぇと、本当に失くしちまうだろうと心が急く。
形振り構ってる場合じゃねぇと必死に謝って、やっと納得してくれた名前さんにもう一度頭を下げて副官室を飛び出すと、俺は真っ直ぐに紗也の元へと向かって来た。
霊圧を辿るまでもなかった。紗也が居るだろう場所は何でか解る。
その理由も、今ならちゃんと解るから……。
「付き合ってねぇし、間違ってもいねぇよ」
俺が付けた紗也の傷を、他の誰にも触らせねぇ。
「俺は、紗也が好きなんだよ」
俺が莫迦だったせいで気付けなかっただけだ……。
押し黙ったまま、此方を振り向きもしない紗也が、今何を思っているかは解らねぇ。
そんな事すら耐えられねぇと思う。
紗也が在るのが当たり前だった。当たり前過ぎて気にもしなかった。
その当たり前だった紗也が居ない、それだけで何も手に付かねぇくらい……。
「俺は、お前が傍に在ねぇと落ち着かねぇんだ」
ずっと、紗也の声を聴いてやらなかった。
好きだと言われても聴き流していた。
どれだけ傷付けたか解らねぇ…けど
「俺はお前じゃねぇとダメなんだ」
俺の声は、届いているか?
「もう、好きだっつっても遅ぇのか……」
「……遅い、です」
やっと聴こえた声に、ガンと頭を殴られたような衝撃を感じて歯を喰い縛る。
俺が莫迦なばっかりに……
そう思えば胸が苦しい… つうか、息も出来ねぇ……。
俺は、紗也が他のヤツのもんになるのを、耐えられんのか。
それをただ、黙って見てられる……訳がねぇ。
「お前ぇは、俺以外のヤツを好きになんのかよ」
どんなに勝手な言い分だとしても、俺は……
「……なりません」
「紗也……?」
「私は、恋次先輩しか好きにならないって、何回も言ってるじゃないですか……」
「紗也…?……っおいっ」
「……遅い、ですよ」
私は、それだけが欲しかった――…
長い付き合いの中で、紗也の泣き顔なんて見た事がねぇ。
何でこんなに可愛く見えんのか
誰よりも愛しく思うのか
顔なんてでぐちゃぐちゃなのに、それすらも愛しいと思っちまうんだからもう末期だろ。
抱き締めたいと、泣いている紗也に伸ばした手をさ迷わせる。
躊躇っちまうのも当たり前だ。
今まで一度だって……
「やっと、私を見てくれた」
だからもういいです。
それで、十分です……。
「莫迦だろ、お前……。
何でそこで諦めんだよ」
そっと手を伸ばして引き寄せたら、腕の中の存在が愛しいと心が震えた。
「莫迦は、俺か……」
紗也を、愛しいんだと気付く事もなく失くすところだった。
それは今、考えただけで恐ろしい……。
「遅くなって悪い」
俺は、やっとお前に追い付いた――…
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