あたしと君の不可解な関係について
赤葦とそばかすマネちゃんです。
両片思いな関係です。


真夏の日差しがアスファルトを通して現在の温度を伝えてくる。
今日の最高気温は36℃。今年初の真夏日と朝のニュースで報じられていた。
 都内といえど東の方に位置しているのだから少しくらい涼しくてもいいと思うのだ。こうも暑くては部員たちも大変だろう。
 今日はスポドリに塩レモンを入れたものと、凍らせたミニゼリーを多めに用意しておこうとベンチに腰を下ろしながら考えを巡らせる。
 塩レモンが残り一瓶しかないことを考えれば、男子バレーボール部は大所帯なので部活が始まる前から仕込んでおかなければ間に合わない。ならば材料はこの時間――昼休みに調達しておくのが一番よいだろう。
 卵焼きを咀嚼しつつスカートの内ポケットから携帯を取り出した。もう一人のマネージャーにミニゼリーと塩レモンに使うレモンを買い出しに行くから付き合って、という旨のメールを送るためである。
 周囲の友人たちが次々とスマートフォンデビューを果たす一方でボタンの押しやすさと長い文章でも楽々打てる便利さから未だに二つ折り携帯だった。
ぱかりと開いてメール画面を呼び出す。レモンとミニゼリーを買いに行くから、二十五分に正門前集合と送信し 残り一つのプチトマトを口に放り込んで弁当箱を包み、立ち上がる。
 夏休み期間なため、進学補習は午前で終わり昼過ぎから部活というスケジュールだ。時間に余裕があるのでいつも買い出しに行っているスーパーまでレモンとミニゼリーを購入することができる。
 そうと決まれば善は急げだ。ここ、高等部のベンチから正門まで最低、10分はかかるのでダッシュで行かなければならない。
 弁当箱とペットボトルをトートバッグに入れて駆け出した。スカートが風に煽られるがそんなことは気にしていられなかった。

 急いで走った甲斐があり待ち合わせに指定した時間より五分早く着くことができた。
 若干、乱れた息を整えようと大きく酸素を吸い込んでいれば背後から、のんびりした声が聞こえてくる。
「おつかれ〜」
「急な連絡だったけどお昼食べれた?」
 返事をしながら振り向けば、そこには薄く茶色がかった髪を肩辺りまで伸ばしている少女と黒髪をあちこちへ跳ねさせている少年――赤葦京冶が立っていた。
「うん〜食べれたよ」
「お昼食べたあとなのに甘いものばっかり食べてたら虫歯なるよ」
 そう言いつつ、飴かなにかを食べているのかしきりに口を動かしている少女に肩をすくめてみせ、隣に佇んでいる赤葦に視線を向ける。
「赤葦、どしたの?」
 学年が一つ離れているため部活以外ではあまり顔を合わせる機会がないので、こうして会うのは珍しい。純粋な疑問と好奇心を声色に乗せて、問いかけた。
「・・・たまたまそこで会ったんです。そしたら買い出しに付き合ってって言われまして」
 その言葉に、同級のマネージャーを軽く睨めばどこ吹く風とばかり棒つきキャンディをほおばっている。
「男手がいたほうがはやく終わるかな〜って」
「後輩むりやり巻き込んでどうすんの…」
「え〜だって赤葦、このあと補習ないって言ってたし・・・?」
「・・・・・・はい」
 かわいらしく首を傾げて同意を求める仕草に赤葦の目線がわずかに泳いだ。普段、冷静沈着な後輩がうろたえているのは新鮮だったがこれ以上は酷だと助け舟に入ってやることにした。
「うちらだけで大丈夫だよ!炎天下の中、買い出しに行かせてあとで気分悪くなられても困るし」
 そう言って笑みを向ければ、何故か首を横に振ってこちらを真剣なまなざしで見据えてくる。もしかして気分を害させてしまっただろうかと内心、焦っていると淡々とした声が耳に響いてきた。
「いつも先輩たちにはお世話になってるので。それに部室にいても木兎さんの相手で疲れます」
「あー・・・うん」
 そう言われてしまえば断りづらい上、レモンを買いだめしようと考えていたためどちらにせよ男手がいるのは有難い。逡巡するが、部活が始まるまであと2時間そこらしかない。それなら手伝ってもらって時間を短縮した方がいいだろう。
「じゃあよろしくね」
「はい」
 最寄りのスーパーは正門手前の信号を渡り、橋を渡ったところにある。そこは梟谷生が学校帰り、小腹が空いたときや喉が渇いたときによく利用しているため道はすでに頭の中に入っている。
「しゅっぱつしんこ〜」
 間延びした号令に苦笑しながら正門を出て、横断歩道を渡った。しばらく歩いていると橋が見えてきた。その奥の方に青い屋根が特徴的なこぢんまりとしたスーパーがある。

 10分と経たない内にスーパーへ着いた。店内に入ると一気に汗が引いていった。冷房がほどよく利いておりとても涼しい。
 いつの間に取ってきてくれたのか、赤葦がカゴを差し出してきているのにお礼を言って受け取る。
「手分けしてレジに並んだ方が時間短縮になるね」
「そうした方がいいと思います」
「じゃあ、赤葦とあたしはレモン買うからゼリーは任せていい?」
「はーい」
 肩に掛けているトートバッグの中から黄色のがまぐちを取り出し、カゴと共に渡す。ゼリーの種類は適当に選んでいいから、と伝え赤葦と共に生鮮食品の売り場へ向かう。
 塩レモンはレモンを丸ごと塩漬けにし発酵させたものである。レモンを丸ごと使うため、値段は少々高くつくが無農薬のレモンを使う方が安全なので、なるべく国産のものを買うようにしていた。
レモンが陳列されているのは柑橘系のフルーツが売られているところなので自分たちがいるところから奥の方にあった。
「あそこにあるから行こうか」
「はい」
 こくりと頷いて自分の後ろをついてくる赤葦を見て、どことなくかわいいなと思ってしまう。自分たちの同期である3年とは長い付き合いもあってか仲間という位置づけで接されていた。
 女性扱いされないことも多々あり、そして赤葦以外の1、2年はあまり話しかけてこないため必然的に赤葦を構うようになっていた。
 無表情なことが多い彼だが試合のときやレギュラー陣と会話をしているときにふと口元が緩んだり、きゅっと吊り上がった涼しげな目元が柔らかく細められるところを何度か目撃している身からすれば自称相棒と豪語している木兎より赤葦の意外な一面を多く見ている。
「国産のレモンって大きいんスね」
 柑橘系のフルーツが陳列されている棚の前で物珍しげにレモンを眺めている赤葦に、くすりと笑みを漏らして言葉を紡ぐ。
「そりゃ無農薬だからね。外国産のレモンでもいいけど何が入ってるか分からないものを使うのは心配だし」
「先輩、詳しいですね。こういうの聞いてたらやっぱり女の子なんだなって思いました」
 一瞬、時間が止まったような心地がする。しみじみと呟かれた言葉が自分に向けられたものだと理解するのに、数秒ほどかかった。
 心臓が高鳴ったのをごまかすようにちいさく咳払いして、口を開いた。
「そんなかわいいことを言ってくれる赤葦くんにはご褒美として、塩レモンの作り方を伝授してあげよう」
 そう言って照れ隠しに赤葦の背中を勢いよく叩くと力加減を誤ったのか、はたまた打ち所が悪かったのか盛大に咳き込みはじめた。
「なんで叩くんですか」
「これがあたしなりの愛情ってやつ!」
「愛情にしては重くないですか」
「細かいと女の子にモテないぞー」
 よほど痛かったのだろう、眉を顰める赤葦を横目に山積みになっているレモンに手を伸ばす。
香りが立っていて、なおかつ皮の表面が艶やかものほど中身も十分に新鮮であると前に料理の本で読んだことがありそれにしたがって品定めをする。
 30個くらいでいいだろうとカゴに入れレジへ赴く。いつもは当たり外れの多いレモンだが今回は状態のいいものがたくさんあったと、ほくほくしながらレジに並んでいるとすぐ目の前の台で購入したゼリーをエコバッグに詰めているマネージャーが視界に入った。向こうも気づいたようで手をひらひら振ってくる。
 会計を済ませ、同じ台にカゴを乗せる。隣で赤葦が透明のビニール袋にレモンを5個入れていた。その手際のよさに今度、ゼリー飲料の詰め放題があったときは誘おうと心中でこっそり決める。
「今、何時?」
「1時です」
「ありがと」
 30個あったレモンをビニール袋6枚分使ってなんとか入れることができた。エコバッグを持ち、自動ドアをくぐる。
 カゴはすでに赤葦が戻してくれていたようで、本当に気が回ると感心せざるを得ない。
「アイス買ってきていい?」
 ゼリーでぱんぱんに膨らんだエコバッグを両手で抱え持ちながらソフトクリームの看板を眺めて言うマネージャーにちいさく息を吐いて赤葦に視線で伺いを立てる。
こうなったときの彼女はいくらなだめすかしてもこちらの言い分を聞き入れようとしない。そういうところは主将である木兎に瓜二つだ。
赤葦もそれを理解しているのか諦めの色が濃い。
「いいけど部活が始まる前までには戻ってくること、これ絶対ね!」
「はーい」
「ゼリー持ちます」
「そう? じゃあよろしく〜」
「・・・今回だけだからね」
 そう念を押せば瞳をきらきら輝かせ、台風もかくやという勢いであっという間に姿が見えなくなる。
あとには体よく押し付けられたゼリーの入っているエコバッグとレモンが入っているエコバッグを両手にぶら下げ唖然とした様子の赤葦と自分が残された。
「じゃあ行こうか」
「はい」
 学校までは歩いて10分もかからないがこの荷物の量だと15分はかかりそうだ。なるべく早歩きで行かなければ仕込みが大幅に遅れてしまい間に合わない可能性が濃厚である。それだけはどうしても避けたい。
 5分ほど歩いていると手が少ししびれてきた。いつもはそんなことないのにと内心で困惑しながら平静を装っていると前を歩いていた赤葦が不意に立ち止まる。
 いきなりのことにとっさに踏ん張ろうとするが、歯止めが利かず赤葦の背中に顔をぶつけてしまうことになってしまった。ずきずきと痛む鼻をさすって見上げれば顔が想像していたより近くにあることに息を呑む。
「二人きりの時くらい無理しなくてもいいでしょう・・・俺はそんなに頼りないですか」
 かすかな憤りを孕んでささやかれた言葉に大きく目を見開く。すぐさま反論しようとするが彼を納得させられるほどの手札は揃っていないに等しく黙りこむしかできない。
「・・・・・・ごめん」
 顔を俯かせてそう言えば嘆息する気配がし、火に油を注いでしまっただろうかと身を縮こまらせる。手に持っていたエコバックをくいと引っ張られた。首を傾げていると頭上から声が降ってくる。
「こうして持てば、しんどくないでしょう」
 はい、と片方の持ち手を渡され受け取ってしまう。もう一方は赤葦が持っているようで、これ以上重いものを持たせられないと険しい表情を作れば、押し殺したような笑い声が耳朶に響いて消えた。
「ちょっと、」
 むっと唇を尖らせ、口を開きかければ先回りするかのように赤葦が歩き出しはじめた。エコバッグを二人で持っている状況なので手を放せば中身が転がり落ちることは避けられない。
してやられた!と頭を抱えたくなるがその心情を代弁できる同級のマネージャーはこの場にいない。せめてもの意趣返しに、ふいっと顔をそむければ喉が低く鳴った。どちらにせよ勝ち目はないようだ。