00.国の未来を担う子ども
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人の記憶にはムラがある。
表情の一つ一つ、その時、空を掠めた鳥の数まで事細かに覚えているものもあれば
実際にあったかどうかすら確かとは言えない、曖昧なものもある。
シャオリーの幼い頃の記憶といえば、毎日遅くまでリンと遊び回って、乳母であるホンユイに怒鳴られていたことでほとんどが占められている。
あの頃はよく遊んだ。
くだらないいたずらもたくさんした。
リンとも、仲が良かった。
自分たちの立場がよくわかっていなかった、幼少時代の記憶である。
シャオリーはシン国の第八皇女である。
つまりは一国の姫君だ。
一方、リンは同国の第十二皇子。
二人は同じ年に生まれた、この国の未来を担う子どもであった。
シャオリーの一族であるレイ家と、リンの一族であるヤオ家は、たいそう仲が悪かった。
二人が同年齢であるということは、王が同じ年に別の女と子をなしたということである。
両家の関係は必然と言えよう。
互いに、自分の子どもを相手の子どもに近づけるなどあり得ないと考えていた。
両家は、自分たちの信頼する人物に子どもを預けていた。
両家の信頼する人物、それがシャオリーとリンの乳母、ホンユイである。
両家とも、まさか相手の家が同じ乳母に子どもを預けているとは思いもしない。
ホンユイはもちろん両家の事情を承知していたが、あえて両家には内緒で二人を共に育てていた。
穏やかだが、強かな女性だった。
「あなた方お二人は、母は違えど、血を分けた兄妹なのですよ。仲良くなさいませ。ここで過ごした時間が、きっとあなた方の糧になりますから」
ホンユイは二人によくそう話していた。
ホンユイが決まり文句のように口にしていた言葉がある。
「苦難を乗り越えし者、その先に黄金の草原を見ん」
宿命を負って生まれた二人の前には少なからず苦難が待ち受けているだろう。
しかし、諦めずそれを乗り越えれば、そこには見たこともないような素晴らしい景色が広がっているから。
ホンユイは首を傾げる二人を見つめ、陽だまりのような笑顔でそう言っていた。
そこからしばらく、記憶はおぼろげである。
次に脳裏に浮かぶ場面は、リンとの喧嘩の場面だ。
互いに自分の立場を意識する年頃になった。
一族の期待もますます高まっている。
他の一族には負けられない。
あいつの一族にも。
「シン国を統べるのは私。実権を握るのはレイ家よ!」
「王の座につくのはオレだ。他のやつに任せるわけにはいかない!」
ある日、二人は大喧嘩をした。
そしてそれが、二人がまともに会話をした最後になってしまったのである。
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