09.マガナミ -居場所-
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――幼き頃の、あの日。
「おやまあ、かわいいお嬢さん」
舐めるような声に、まだ小さな肩を強張らせて立ち止まる。
振り返ることも、顔を上げることも出来ずに身体を緊張させていた。
すると、声の主が正面に回ってきた。
それでも俯いたままなのは、顔を上げると何が飛んでくるかわからないからだ。
猫撫で声は、こう続けた。
「お前を探してたんだよぉ。頼みたいことがあってねぇ。お前じゃなきゃ出来ないことなのさ。聞いてくれるよねぇ」
マガナミは、キョトンとして顔を上げた。
頼みごと。
お願い?
マガナミは、罵声以外の言葉を掛けられたのはその時が初めてだった。
しかも、自分にしか出来ないことだと、声を掛けた老婆は言う。
お願い。
私に?
マガナミは老婆を見る。
老婆はマガナミに嗤い掛けた。
世界の色彩がいっせいに明るくなったような気がした。
罵詈雑言を浴びせられ、まだ幼い、小さな身体で過酷な労働を強いられ、ろくな食事も恵んでもらえなかった、あの地獄の日々が急速に遠のいていく。
自分も、やっと村の一員として迎え入れられるのだと、マガナミはそう思った。
今のこの喜びを思えば、過去のことなど、なんて小さなこと。
だって、今、この人は私を見てくれている。
私に力を貸してくれと頼ってくれている。
仲間として、迎えてくれている。
これからなんだ。
私の人生は、きっとこれから、ささやかだけど温かい、幸せなものになるんだ。
長かった。
けれど、今までの逆境も、この日のために用意されていたのだとさえ思えた。
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