04.君はこちら側には入れないよ、と
何も言わないアルミンに痺れを切らした私は、急かすように言った。
「何が、どう正しいの?」
アルミンはゆっくりと私に目を合わせた。
彼はとても奇妙な顔をしていた。
憐れみ、励まし、それとも羨望だろうか。
その目は真っ直ぐに私を見ている。
これは他人の交友関係を聞き出そうとする無粋な友人に向けられる眼差しだろうか。
それにしてはあまりに意味深長だった。
しばらくするとアルミンの瞳は私を映すのをやめ、どこか遠くへ離れていってしまった。
そして、青い瞳の中には様々な感情が巡っている。
それは海上で人知れず発生する渦のように静かで激しかった。
それがどんな感情なのか、彼がそれとどう向き合っているのかはわからない。
だが、その瞳は、表情は、おおよそ同年代の少年が浮かべるような表情とは思えないほど老成していた。
遥か昔から地に根を下ろす、大樹のようだと思った。
そんな彼を目の当たりにして、私は僅かな高揚感と薄ら寒さを覚えた。
やがて彼は、視線を私に戻して言った。
「ごめん、グレーテ。それには答えられない」
私は一瞬、もういいよ、と言ってしまおうと思った。
答えを期待できないことはもうわかっていたし、ならばこれ以上食い下がっても無意味だからだ。
けれど、何がそうさせたのか、私はあえてその先を促した。
「どうして?」
「答えようがないんだ」
「答えようがない?」
アルミンは苦笑する。
「そうとしか言いようがないんだ」
「話がまとまるまで待つし、どんなことを言われても否定しないよ?」
アルミンはゆるゆると首を振る。
「そういう問題じゃないんだよ、グレーテ」
「じゃあ、どういう問題なの?」
アルミンは困り顔で黙り込む。
私はため息とともに笑みを漏らした。
「答えようがないんだね?」
アルミンは申し訳なさそうな笑みで応じた。
「ごめん」
私は首を振った。
「こっちこそ、急に悪かったね」
アルミンはふと真顔になった。
私は瞬きをしてアルミンを見る。
「でも、これだけは信じてほしいんだけど」
アルミンの声は何かを宣言するかのように真剣だった。
自身に言い聞かせているようにも感じられた。
「僕たちはこの世に生まれてこの方、やましいことをしたことは一度もないんだ。本当だよ」
私は面喰ってアルミンをまじまじと眺める。
「うん、大丈夫。わかってるよ」
アルミンはハッとして、恥ずかしそうに笑った。
「ありがとう」
ありがとうと言ったアルミンが思いの外嬉しそうで、私は彼を困らせてしまったせめてもの罪滅ぼしになったかなと思った。
結局、あの一団には何かしらの秘密と硬い絆があるのだという事実だけが浮き彫りになった。
私は、おそらくそうであろうと思っていた推測が真実であると確かめただけだった。
決して他人が入り込む隙がないという事実を痛感しただけだった。
近づこうとすればするほど、遠ざかってゆく。
彼は――遠い。
このまま、諦めるしかないのだろうか。
…いや、このまま諦めた方が楽なのかもしれない。
20170713
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