01.気付いていますか?
あの人は私を見てはくれない。
私がどんなに必死で話しかけても、どんなに必死で笑いかけても、あの人は私を瞳の表面に映すだけで、決してその奥には入れてくれない。
私はその瞳の奥に近づきたかった。
その静かで穏やかな森のように清く澄んだ領域に、そっと足を踏み入れることを許してほしかった。
切望していた。
身を焦がすほどに。
たとえそこに行くために灼熱の炎の中を駆け抜けなければならないとしても、そのために全身が焼かれようとも構わないと思っていた。
それほど強く願っていた。
けれどそれは叶わない。
わかっていた。
その瞳の奥には、この世の中の全ての脅威から遠ざけるように、触れさせぬように、一人の少女が護られていた。
その場所は、彼女のためだけに用意されているのだ。
他の何者にも入り込む余地はない。
わかっていた。
わかっていても望まずにはいられないのだ。
だって、気付いた時には、それはすでに始まっていたのだから。
いつからだったろう。
彼と交わした些細な会話を幾度となくリフレインするようになったのは。
いつからだったろう。
ふと彼を目で追っていることを自覚し始めたのは。
彼を視界に捉えると、鼓動が大きく跳ねた。
胸が苦しくて、張り裂けそうになった。
むせ返る程の衝動に、頭がクラクラした。
彼は私の世界の中心になっていた。
まるで最初からそうだったみたいに、当然のように、私の一番大切な部分に彼はいたのだ。
あの子はずるい。
私はどんなに努力してもあの場所に入ることはできないのに、あの子は最初から当たり前のようにあそこにいて、当たり前のように大切にされている。
慈しむような眼差しに浸され、温かな手で包まれ、大いなる愛に守られている。
なのに別の男が好きなのだ。
どうして。
なんでなんだ。
あんなにも彼が心を尽くしているのに、あの子は見向きもしない。
いや、見向きもしないだけならまだいい。
彼女は彼の想いに気付いていながら知らぬふりを通し、彼を利用している。
そうとしか思えなかった。
あの子は彼に、思わせぶりな態度を取り、甘い言葉を掛けた。
時に上目遣いで甘え、わがままを言って彼を困らせていた。
彼が真実困った顔をしていないことに、私は絶望に近い痛みを感じる。
彼の想いは、言葉の端や行動、至る所に散りばめられては眩しく光っていた。
何であの子ばっかり。
私はやり切れない想いに何度涙を流しただろう。
頭の片隅ではわかっている。
これは多分ただの嫉妬で、あの子は私が言うほど悪くはないのだろうと。
あの子が彼を好きではないことも、彼女のせいではない。
だけど、ただひたすら悔しくて、悲しかった。
上手くいかない。
こんなに私は彼のことが好きなのに、彼は彼女のことが好きなのに、想いは一方通行だ。
20170702
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