Dear.マルコ

06.あなたと話すだけで幸せにも不幸にもなれます


部活が終わって駅へ向かう途中、背後から声が掛かった。

「グレーテ」

思いがけない事態に、私の鼓動は大きく跳ねた。

刺すような歓喜が身体中を走る。

私は出来る限りさりげなく見えるように振り返った。

闇夜の中だというのに、彼は仄かに輝いて見えた。

「マルコ」

マルコはおっとりと微笑んだ。

「帰り?」

「うん。マルコも?」

「うん」

マルコは自然な動作で私の横に並んだ。

私の顔は一気に上気する。

周囲が暗くてよかったと、クラクラした頭で思う。

「ジャンは?」

「自主錬だって。僕は明日までにまとめなきゃならない資料があるから先に帰ってきた」

「そうなんだ」

ナイスガッツ、ジャン。

これからはあなたのハンドボールに懸ける想いを全力で応援することにする。

「一人なの?」

マルコが問う。

「うん」

クリスタと一緒なのは校門までだ。

そこで彼女は自転車に乗り、反対方向へ帰ってゆく。

「いつも?」

「うん」

「危なくない?」

私はそっとマルコを見上げる。

そう思うなら、これから部活後、一緒に帰ろうよ。

と心の中で提案してみる。

「平気。駅までだもん」

「そう。気をつけてね」

「うん」

私はちょっと、いや、大いにがっかりする。

気を取り直すために夜空に目を転じた。

「今日はよく晴れてるね。星が綺麗」

「ホントだ」

空を仰いだ彼の横顔を眺める。

見慣れない角度の彼にドキドキした。

顎のライン、ゴツゴツした喉仏。

穏やかな彼の男を感じた。

「あれをそのままもぎ取れたら、アクセサリーに困らないだろうな」

それを聞いたマルコがクスリと笑った。

あ、笑いを取れた、と私は簡単にウキウキする。

「星をもげるとしたら、きっと鳥くらいだよ」

どうやら話を広げるらしい。

この発想が気に入ったのかなと胸を躍らせる。

「鳥?どうかな、鳥でも届くかどうか」

「鳥は星を食べる。僕たちは死ぬと星になって、鳥たちの命を助ける」

マルコは突然、謎掛けのような言葉を発した。

「え?なに?」

「そんなことを言ってる人がいたんだ、昔」

私の体温は氷点下まで下がった。

凍りついた感情が重く闇へ急降下していく。

天から地の底へ突き落された気分だった。

ああ、この人は今、私と会話していたのではない。

私の会話に触発されて、あの子との会話を思い出していたのだ。

「それってマルコの幼なじみの彼女?」

マルコは少し考えて、フッと笑みを浮かべた。

「いや、別の人だよ」

嘘だ。

と私は思った。

だってその慈しむような眼差しは、あの子に向けるそれと同じだった。





20170820


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