迷い猫を捨てないで

20.やはり私は天才なのか?(完)


「じゃあ、私たちは明日からしばらく来られませんが…」

「うん。店のことは任せといて!しっかりやるんだよ!」

「はい!」

リヴァイ班を含む遠征参加組は、間近に迫った出発日に備えて特別訓練に入る。

その間はさすがに店との両立は不可能だ。

彼らと次に会うのは、壁外からの帰還後となる。

この中の何人と再び会えるか――

幾度となく直面した問いを懲りもせず繰り返す。

冷たい石を飲み込むようにして、その問いを腹にしまい込んだ。



と、帰っていった遠征組が、店の外で騒いでいる。

「いや、まずいですよ、さすがに…」

「いくらなんでも、これ以上は…」

何事かとイルメラはテーブルから立ち上がる。

その間に店のドアが開いた。

「へ、兵長ってば…!」

入ってきたのはリヴァイだった。

周囲の動揺をよそに、涼しい顔をしている。

「兵長?どうしたんです?」

イルメラはリヴァイが片手に籠を提げていることに気付いた。

「差し入れですか!?どうしたんですか、気が利きますね!」

顔を輝かせ、声を弾ませる。

「ああ、そうだ。お前に渡しておく。丁重に扱え」

「え、え?もしかして高級品ですか!?」

「あ、いや、イルメラさん…それは…」

「ああ…俺、もう知らない…」

イルメラは嬉々として籠を受け取った。

が、その瞬間聞こえた奇妙な音に眉を顰める。

カリカリカリカリカリ…

ん?

籠の中のものは不規則に動いている。

そして時折ぴょんと跳ねる。



ま さ か ……



イルメラは籠をテーブルの上へ置き、おもむろに蓋を開けた。

途端、二本の羽根がピンと立ち上がる。

いや、羽根ではない。

耳だ。

「う…さぎ…」

イルメラは唖然と呟いた。

茶と白でまだら模様を描く毛並みがふわりと籠に収まっている。

それは耳をピンと立て、体を固く縮め、鼻をひくひく震わせていた。

様子からして、ものすごく怯えている。

イルメラは大きく深呼吸した。

僅かに残った自制心を全力で身体に廻らせ、それがまだ残っているうちにとリヴァイの腕を掴む。

「兵長、ちょっと」

すれ違う面々の顔は、一様にあちゃーっと言っている。

ドアを開け、外に出て、しばらく歩き、ここでいいだろうと立ち止まった時、イルメラの全身は既に震え出していた。

「兵長、あれは何の真似です…?」

「弱ってやがる。あのまま放置すれば無事ではいられないだろうな」

「それで?」

「遠征から戻るまでに全快させておけ」

「…それで?」

「後はお前に任せる」

キエーッ!

イルメラは奇声を上げた。

「何でですか!何でわかってくれないんですか!!あれっほど口を酸っぱくして言ったのに!もう無理ですよって!!」

「…これからエルヴィンと打ち合わせだ。俺は行く」

「ちょっと!」



イルメラの剣幕に、歩き出したリヴァイは足を止めた。

イルメラの小言を待つが、すぐには反応がない。

一拍遅れて、ややトーンの落ちた声が聞こえてきた。

「この子の餌になるようなもの、ちゃんと持って帰ってきてくださいよ」

リヴァイは目を細めて、振り向かぬまま頷いた。

「ああ」





みんなが引き揚げた店内で、イルメラは一人、寛ぐ動物たちを眺めていた。

今日から仲間に加わったうさぎは動物病院に預けてきた。

幸い、弱っているのは栄養不足が原因のようで、間もなく回復するとのことだった。

だが、うさぎは繊細な生き物で、飼うにはそれなりの配慮が必要らしい。

対応を考えなければならない。

頭が痛い。

懐っこい性格の小型犬が、大型犬にじゃれかかっていく。

大型犬の方は泰然としていて、コロコロとぶつかってくる小型犬を片手間に構ってやっていた。

心のなごむ光景だ。

兵団は間もなく壁外遠征に出発する。

あの殺伐とした大地を命懸けで駆けるのだ。

巨人から自由を奪還するために。

しかし、巨人との戦力差は埋まる気配を見せない。

遠征に出かければ、必ず命を落とす者が出た。

正直、兵団の存在価値を疑問視する声も最もだと思う。

イルメラはため息をついた。

先ほどの小型犬が、今度は猫にちょっかいを出して威嚇されている。

「お前たちはいいね。平和で」

小型犬はすごすごと先ほどの大型犬の元へ戻ってゆく。

「お前たちが巨人の相手してくれればいいのになぁ。お前たちは巨人に食われたりしないんだしさ」

もうひとつため息をつく。

そして、首を傾げた。

ん?

あれ?

今なんつった?

――兵団の存在価値を疑問視されても仕方ない。

違う。

これじゃない。

――お前たちはいいね。平和で。

いや、これでもない。

――お前たちが巨人の相手してくれればいいのになぁ。

イルメラは息を飲んだ。

そして戦慄した。

自分が何か、とんでもないことを思いつきそうな予感があった。

それが実現すれば、兵団の生存率が格段に向上する、そんな奇策を思いつかんとしている。

今まさに、天啓が下りようとしている。

「ん?」

雄たけびを上げるまで、あと5秒。





――fin――
(20141103)

→あとがき


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