迷い猫を捨てないで

17.世界平和、か


エルヴィンは筆を止めた。

ぞんざいに自分の名を呼ぶ声が聞こえたからだ。

そんな風に自分の名を呼ぶ人物をエルヴィンは一人しか知らない。

「何だ、リヴァイ」

視線を伏せたまま、声だけを掛ける。

「商会のことだ。アレを使う。いいな」

エルヴィンは筆を置き、顔を上げる。そして、ふと表情を緩めた。

「イルメラの店か」

「そうだ」

「これを機に店を閉め、お前が動物を持ち帰るのを止めたらどうだ」

「無意味だな。今いる動物たちの処遇が考慮されていない」

「そもそも犬や猫が兵団に必要とは思えないが?」

「あの店は徐々に利益を上げ始めていた。資金源のほとんどを寄付に頼っている兵団には必要な存在だと思うが」

「と、断言できるほどの収益規模ではないようだな」

リヴァイは口を閉ざした。

視線に圧をかけることでエルヴィンの反応を引き出そうと窺っている。

エルヴィンは小さく吹き出した。

「リヴァイ、お前もわかっているはずだ。あれは兵団の本分ではない」

「…そうだな」

「わかっているなら、答えも見えているはずだ」

リヴァイは黙り込む。

エルヴィンにはリヴァイが黙り込むであろうことがわかっていた。

まさに思った通りの反応が返ってきて、静かに笑いをかみ殺す。

この男も案外読みやすいのだ。

つい、もう一言言ってやりたくなった。

「そうだな、お前は兵団に必要な人間だ。お前を失うわけにはいかない。お前がもし、私が要求を飲まなければ退団も辞さないというのなら、私は是というほか道がないな」

リヴァイは眉を寄せる。

「エルヴィン…」

無遠慮にエルヴィンを睨みつけた。

エルヴィンは今度こそクツクツと笑い声を上げる。

「構わない」

リヴァイは不機嫌そうにエルヴィンを見遣った。

「好きにしろ。どうせそのうち適当な取引で使うつもりだった」

「なら最初からそう言え」

「そう怒るな。私もたまには軽口を叩きたくなるんだ」

「そういうことは相手を選んでやれ」

「選んだつもりだが?ハンジに軽口を叩こうものなら三時間は離してもらえないだろうからな」

リヴァイは呆れか諦めか、ため息をつく。

そんなリヴァイに、エルヴィンはふと表情を改めた。

「だが、いつまで続けるつもりなんだ?リヴァイ」

リヴァイは変わらず不機嫌そうな顔をしたまま淡々と応じる。

「何をだ」

「いつまでこれでイルメラをごまかすつもりだ?」

リヴァイはわずかに目を細める。

「それは軽口か?エルヴィン」

エルヴィンは肩を竦める。

リヴァイはしばらくエルヴィンに視線をぶつけた後、サッと踵を返した。

話は終わりだという合図に思えた。

返答はなしか。

エルヴィンは苦笑を漏らしたが、特に期待していたわけでもない。

が、去り際にリヴァイはポツリと呟いた。

「世界が平和になるまでだ」

ほう、とエルヴィンは頬杖をついた。

「それはずいぶんと難儀だな」





(20141019)


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