迷い猫を捨てないで

15.そりゃ、全てが元に戻ればなって思ってるよ


リヴァイという男は狼とよく似ている。

刃のような冷たい眼光で相手を睨み据え、鋭い牙を持ち、自身の領域内に侵入してくるものに容赦なく食らいつく獰猛な生き物。

そして、親に捨てられてた人の仔を己の仔として育ててしまうような、懐の深い愛に満ちた生き物。

集団に属することになってもその印象は変わらなかった。

彼は常に他人を寄せ付けない殺伐とした雰囲気を纏っていたし、そのくせ、淡々とした口調ながらも傍に来る者を突き放さなかった。

始めは反発していた周囲も、そんな彼の人柄を徐々に理解していった。

しっとりと地面に染み込む春雨のように、布に移る染料のように、それはそっと人々の心に馴染んでいった。

彼がもし狼だったら、もっと自由に生きられただろうか。

彼がもし狼だったら、こんな重責、背負わずに済んだだろうか。

けれど、彼は狼ではなくて人に生まれてしまったから。



雨の日になると思い出す。

あの日の彼の後ろ姿を。

その姿は、やっぱり手負いの狼を思わせたんだ。

それでも彼は足を引きずって歩き出した。

両手の中に収めていた我が仔をその場に残し、仔らの温もりだけを連れて。

思い返せば、あの日がきっかけだった。

彼があんな子どもみたいな行動を取るようになったのは。





彼らを失って何度目かの壁外遠征で、イルメラは気付いた。

いつの間にか、傍から離れないのは自分の方ではなく、リヴァイの方になっていることに。

リヴァイは頑なにイルメラの傍から離れなくなった。

一方で、失った二人の代わりを求めるかのように、守る対象を広げていった。

ひやりとする瞬間も何度かあった。

イルメラはリヴァイが心配だった。

いざとなったら命に代えても守らなければ。

そう思っていた。

――イルメラ、リヴァイを頼んだぞ。

ファーランは最期に言った。

イルメラをリヴァイに託すのではなく、リヴァイをイルメラに託した。

ファーランも知っていた。

実はリヴァイが一番情に篤いことを。

ファーランも危惧していた。

それが彼に多くの危険をもたらすのではないかと。

イルメラはその言葉を生きる意味にしていた。

でも、悟ってしまった。

その言葉を貫きたいのなら、イルメラはリヴァイと距離を取らなければならないということを。

リヴァイにとってイルメラは特別だ。

自惚れでも思い上がりでもない。

これは事実だった。

イザベルとファーランがいなくなってしまったことで、それは一層顕著な事実となった。

必要以上の執着は時に判断力を鈍らせる。

リヴァイは一人の方が自由に動けるのかもしれない。

イルメラはリヴァイの行動範囲や視野を自身の周囲に縫い付けてしまっているのかもしれない。

イルメラの存在はリヴァイにとって、殊に壁外ではマイナスに働くのだ。



けれど、イルメラはすぐに決断できなかった。

自身の目の届かないところにリヴァイが行ってしまうことには強い抵抗があった。

しかもその行き先は壁外だ。



リヴァイは昔から時折、どこか遠い目をしていることがあった。

そういう時の彼は普段以上に静かで、その静けさはイルメラをひどく動揺させた。

いつか気付いたら、この人は自分の手の届くところから居なくなっている気がする。

この人の静けさはそういう静けさだ。

イルメラは、そう思っていた。

取り残されるのは、嫌だ。



――イルメラ、リヴァイを頼んだぞ。

結局、イルメラを決心させたのは、ファーランのこの一言だった。

自分の不安を優先すべきではない。

最も大切なのはリヴァイの安全なのだから。

イルメラは遠征の後にエルヴィンに申し出て、事務職に移る了承を得た。

エルヴィンも同様の考えであるようだったから、処理は至ってスムーズだった。

それを機に、イルメラは少しずつリヴァイと距離を置くようになっていった。

そんなイルメラの変化に当然リヴァイは気付いていたが、何も言うことはなかった。



決心をしたはものの、イルメラはリヴァイがちゃんと帰ってくるか不安で仕方なかった。

いつか自分一人が兵団に残されたことを知る日が来るのではないかと思うと、胸が潰れそうで、気が狂いそうだった。

すると、イルメラが事務職への異動を申し出てから初めての壁外調査を間近に控えたある日、リヴァイが言ったのだ。

――おい、こいつの手当てをしておけ。俺は間もなく壁外調査だからな。帰って来た時には全快させておけよ。

――え、ええ?ね、猫、ですか?

イルメラはリヴァイの突飛な行動に戸惑ったが、同時にとても嬉しかった。

リヴァイは戻ってくるつもりだ。

戻ってきて、この猫の回復具合を確認すると言っている。

ここに戻ってくるモチベーションがちゃんとある。

頬が上気した。

そういえば、イザベルは犬や猫が好きだった。

何度も拾って来ては、ファーランに叱られていたっけ。

リヴァイもきっとそれを思い出したのだろう。

イルメラは目を輝かせた。

そうだ、リヴァイが確実にここに帰ってくるために、ここに帰ってこなければならない理由を提示すればいいのだ。

ここに戻ってくれば、回復した猫に会える。

動物に無邪気にじゃれていたイザベルや小言の多いファーランの代わりも、自分がやって見せる。

――いいですけど、その代わり、壁外で何か珍しいもの持って帰ってきてください。

――何だそれは。

――余裕があればでいいです。前回、珍しい薬草を見ました。そういうものです。

――言われなくても毎回機会があれば採集することになっていると思うが。

――じゃあ小石とか。

――それのどこが珍しいんだ。

――むぅ…いちいち細かいですね。じゃあ…

――わかった。

――え?

――何か持って帰ってくればいいんだろう。

――そ、そうです!

それから、リヴァイは必ず何かしらをイルメラに持ち帰った。

調査から帰っているリヴァイを確認すると、イルメラは毎回泣きそうになるのだった。





(20141009)


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