迷い猫を捨てないで

13.今は世界平和よりこっちでしょ


壁外遠征に出向いていた兵士たちが帰還した。

巨人との戦闘を極力避けての拠点づくりが目的であったものの、やはり犠牲者は多く、その数を出発時の3分の1にまで減らしていた。

リヴァイが調査報告書等の雑務を片付け、ようやく外へ出歩ける余裕ができたのは、それから数日後のことだった。

店に足を運び、リヴァイは眉間の彫りを深くする。

「何があった」

店内は荒れていた。

壁の至るところに傷が走り、家具は破損し、内ガラスは割れていた。

そして、割れたガラスの向こう側で、手当を受けたのであろう動物たちがぐったりと横たわっている。

リヴァイに気付いたブルーノが転がるようにして駆けてきた。

「兵長!お疲れ様です。もう事後処理はよろしんで?」

「ああ。それより何だこれは」

ブルーノは悔しそうに眉を顰めた。

「商会です。兵長たちが壁外遠征に行っている間に嫌がらせが始まって…なんとか凌いでいたのですが、先日とうとうこんなことに…」

リヴァイは辺りを見回す。

「イルメラはどこだ」

ブルーノは少し気まずそうに目を逸らした。

「イルメラさんは、こんなことがあった日から、動物たちにつきっきりでした。今は、少し休むようにと私たちが」

「兵舎か」

「はい」

リヴァイは身を翻して来た道を戻り始めた。

ブルーノの焦った声が背後から追いすがってくる。

「兵長、待ってください――」

リヴァイは聞こえないふりをして、ひたすら兵舎へと歩いた。





イルメラの部屋をノックする。

が、返事はない。

構わずドアを開けると、中はもぬけの殻だった。

何処かへ出かけたのか、それとも入れ違いになっただろうか。

部屋を見回す。

兵士の部屋は往々にしてそうだが、例に漏れず彼女の部屋もこざっぱりとしている。

調度は最低限、壁には仕舞うのが面倒になったのだろう、兵服がおざなりに掛かっていた。

これも他の兵士たちと同じだ。

兵士たちの部屋を見分けるとすれば、その空間にポツンと存在する「必要でないもの」だろうか。

それは大概が誰かの遺品であり、その者にとってのお守りのようなものであった(もちろん何事にも例外は存在する。例えばハンジの部屋が例外の代表例だ)。

イルメラの場合は、それがリングのペンダントだった。

大きな雫の上部に穴を開けたような形状のリング、その穴に紐が通してあるだけのシンプルなペンダント。

リヴァイがイザベルにやったものだった。

かつてイザベルの首にかかっていたそれは、今はイルメラの部屋の机の上に大事そうに置かれている。

ある日、イザベルがリングを嬉しそうに拾ってきたから紐を通してやっただけだが、彼女のはしゃぎようはえらいものだった。

その様子をファーランとイルメラが一歩離れた位置から微笑ましげに眺めていた。

「人の部屋で何やってるんですか、物取りですか、下着泥棒ですか訴えますよ」

リヴァイは振り返った。

入り口でイルメラが腕組みをしてリヴァイを睨みつけていた。

リヴァイはイルメラに歩み寄る。

「お前を待っていた」

「遠征お疲れ様でした」

「ああ」

「兵長、ご報告が」

「さっき見てきた」

イルメラは静かに奥歯を噛む。

「申し訳ありません」

「商会からのちょっかいはずいぶん前からあったそうだな」

「…はい」

「お前はいずれ店内がああなると予測できなかったのか」

「…いえ」

「では何故対策を講じなかった」

「申し上げる言葉もございません」

「お前は管理者失格だ」

イルメラの肩が小刻みに揺れ始めた。

揺れはだんだん大きくなってゆく。

深く息を吸い込み、大きく口を開いた。

「わかってますっ!言われなくたって!」

激しく息を吐く。

「私が一番わかってます!わかってます!立て直します!大丈夫です!あの子たちには申し訳ないことをしました。でも、幸い怪我は大したことなかったし、やり直せます!」

リヴァイはジッとイルメラを眺めている。

「立て直します」

イルメラは拳を握りしめた。

リヴァイはため息を落とす。

「まだ、続けるんだな?」

イルメラはハッとリヴァイを見た。

そして一瞬真顔になり、それを隠すように口を尖らせた。

「世界が平和になるまでって言いましたけど。頼んでおいたものは持ってきていただけたんですか」

「…ああ」





(20141001)


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