10.世界平和について議論してみます?
雑事を終えた兵団への帰り道、イルメラはひとつの影を見つけた。
向こうもこちらに気付いたようで、その場に立ち止まる。
追いついてくるのを待っているらしい。
だからといって急ぐこともせず、イルメラはゆっくりと影に近づいていった。
「これはリヴァイ兵長、お疲れ様です」
「帰りか」
「そうです。そういう兵長は?」
「エルヴィンと今回の遠征の打ち合わせだ」
「そうですか。もうすぐですね、遠征」
「ああ」
会話が途切れる。
二人は歩き出した。
「そっちはどうだ」
「順調も順調ですよ。食事中の客の前で毛が舞い散ることもなくなったし、子どもたちが暴れ回ることもなくなったし、皿が汚れてることもなくなったし、掃除も行き届いてます。万事順調です」
嫌味なくらいにね。
とイルメラは内心舌を出す。
「ならいい」
淡々と答えるリヴァイに、イルメラは特に意味のないため息を落とした。
また沈黙が降りる。
二人はそれを気にする様子もなく、兵舎への道を黙々と歩いた。
曇天の夜は暗い。
晴れの日はせめてもの慰みに月明かりが出ているのに、今夜はそれすらもない。
あの雲の重さに押されてなのか、肌を触ってゆく風の動きがいつもより鈍く感じられた。
こりゃ、明日は雨かな。
お客減るだろうなぁ。
雨の日は動物たちもなんとなく元気がないし、憂鬱だなぁ。
イルメラは肩を竦ませる。
まもなく兵舎というところで、リヴァイが口を開いた。
「俺がいない間に店を潰すなよ」
イルメラは憮然とする。
今のは潰れる確率と持ちこたえる確率が5:5の物言いだ。
せめて3:7くらいにしとけや。
「大丈夫です!言ったでしょう、兵長のおかげで店は順調、メニューの評判もよく、動物たちはいつも可愛い。リピーターもついてきました。何の心配もございません。それより!」
リヴァイはピクリと反応し、イルメラに目を向ける。
イルメラは右手をクイクイと揺らした。
「いつものやつ、頼みますよ」
リヴァイの眉が僅かに動く。
「今度は何だ」
「そりゃ、あの子たちの餌になりそうなものですよ。木の実とか、野いちごとか。今回も拠点づくりが主でしょう?そのくらいの余裕、ありますよね?」
少々の間の後、彼は小さく頷いた。
「出来ればな」
イルメラは満足げに頷いた。
よしよし、今のは2:8くらいだ。
「俺は行く」
リヴァイは自室のある棟へと足を向けた。
「兵長」
イルメラはそんなリヴァイを呼び止める。
リヴァイはイルメラに向き直った。
イルメラはリヴァイを見つめる。
漆黒の瞳。
夜色の瞳。
朝日の影から言葉無く世の中を観察するような静かな瞳だ。
「壁外でまで動物を拾って来ないでくださいよ」
リヴァイは真顔で応じた。
「心懸ける」
「肝に銘じてください」
踵を返したイルメラを今度はリヴァイが呼び止める。
「お前は」
イルメラは続きを待ったが、リヴァイはイルメラを検分するように見つめたまま、じっとしている。
イルメラは爪先を彼の方へ戻した。
「何ですか」
「いつまでそれを続けるつもりだ」
イルメラは大きく瞬きした。
咄嗟に色々な反応が頭を掠めたが、結局、盛大に肩を竦めてみせた。
「世界が平和になるまでですかね」
(20140913)
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