迷い猫を捨てないで

05.状況わかってます!?


店の準備は整った。

これでもう開店はできるわけだが、その前に宣伝をしなければならない。

店を開いても客が来ないのでは、意味がないどころか負債が溜まっていくだけだからだ。

十分周知した上で満を持して開店したい。

そのためには――

「金!金は準備できたんですか!?」

イルメラはリヴァイに詰め寄った。

リヴァイはこの上なく不機嫌そうに(実際はそうではないのかもしれないが)イルメラを一瞥する。

「そういうお前は準備はできたのか」

「そりゃもう!だからあとは宣伝が必要なんです!トロスト区中に店の存在を知らしめるような派手な宣伝がね!だから金くれ!」

おっと、熱い想いが荒ぶってついタメ口に。

リヴァイは眉を顰めたままイルメラに向き直った。

そして側のテーブルに巾着を置く。

「これで全部だ」

イルメラは目をぎらつかせてその巾着に飛びついた。

「さっすが兵長!人類最強は伊達じゃありませんね!それじゃあ」

「待て」

もう用はないとばかりに部屋を出て行こうとするイルメラの背中に、リヴァイから声が掛かった。

「これも持っていけ」

イルメラが振り返ると、リヴァイは部屋の片隅にしゃがみこんでいる。

イルメラはマル秘アイテムか何かかと希望に胸を膨らませて手を差し出した。

リヴァイはイルメラの手にそれを乗せる。

もじゃもじゃして生温かい感触があった。


きゃん。


もじゃもじゃが鳴いた。


イルメラの脳みそは沸騰した。



「あんたなあ!!」



もはやタメ語上等と思っている。

いや、思ってすらいない。

イルメラはトランス状態に入っている。

「これは何の冗談だ!?どうして私が必死こいてこんなことしてるか、まるでわかっとらんらしいなぁ!! 」

「…うるせぇなぁ」

「誰のせいかわかって言ってるよね!?」

「お前は」

リヴァイが改まってイルメラを見る。

イルメラは視線で射殺す勢いでリヴァイを見つめ返した。

今なら自分にも視線から刃物が飛ばせる気がしていた。

「そいつを捨ててくることもできるが」

「はあ!?」

「そいつだけじゃねえ。兵団にいるやつらも、捨ててくる方が早えし現実的だ」

イルメラは刃物の噴射出力を上げる。

「あんたがそれを言うか!?」

「何故そうしない?」

二人の温度差はもはや、雲が発生して雨が降ってくるレベルである。

「何故ってねぇ…普通に嫌だわ!あんたが可哀想にって拾ってきた小動物たちを引っ掴んで捨てに行けってか!?完全に私が悪者じゃないか!自分のケツくらい自分で拭けや!けど、あんた絶対に捨てに行かないでしょう!?だからこうして悪戦苦闘してるんでしょーが!」

興奮状態でまくし立てたものだから、イルメラの息は早々に上がった。

ゼーゼーと繰り返す荒い息の合間に、リヴァイの声が聞こえる。

それがあまりに意表をついた言葉だったものだから、イルメラは怒りも忘れて黙り込んでしまった。



「苦労をかけるな」



ポカンと口を開けたイルメラの毒気はすっかり抜けていた。

彼の反応が全くの圏外にあったため、とっさの切り返しを思いつけないでいる。

イルメラはしばらく金縛りにあったかのように固まっていたが、ようやくノロノロと頭を掻いた。

「おわかりいただければ結構です」

リヴァイはそれには特に応答せず、イルメラの横をすり抜けて部屋を出ていこうとする。

「兵長」

リヴァイは振り返った。

しかし、イルメラはなぜ自分が彼を呼び止めたのかわからない。

ただ、何らかの衝動の余韻だけが、胸の内に残っていた。

「何だ」

イルメラは口元をもごもごと動かすと、取り繕うように言った。

「何でもかんでも拾ってこないでくださいよ」

「…ああ」

今度こそリヴァイは部屋を出ていった。

話は終わったか?と言わんばかりに犬っころがきゃんと鳴いた。





(20140825)


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