迷い猫を捨てないで | ナノ

19.もう戻れないんです


去っていくエルヴィンの後ろ姿をイルメラは不審の目で見送っている。

が、やがてひとつ頷くとリヴァイに向き直った。

「ま、団長がわけわかんないこと言い出すのはいつものことですしね」

凡人にはわかりませんと肩を竦める。

「兵長にはわかったみたいですけど、どういう意味です?」

リヴァイの反応は素っ気ない。

「知るか」

お馴染の反応に慣れ切ったイルメラは気にすることもない。

「あっそうですか」

それでその会話については忘れてしまう。

元々特に気になったわけでもなかった。

それより、今は最後に団長が残した言葉の方がイルメラの気を強く引いていた。

「もうすぐ遠征なんですね」

リヴァイはイルメラに目を合わせる。

「そうだ」

「また壁外のお土産よろしくお願いしますね」

イルメラはほとんどそうと意識することもなくリヴァイの肯定の返事を待った。

淡白で短いが、確実に肯定の意を示す返事を。

が、しばらく待ってもリヴァイが何も言わないので、イルメラはたじろいだ。

「兵長、どうしたんです?」

「イルメラ」

リヴァイはイルメラから視線を逸らさない。

何か真面目な話しようとしてる、とイルメラは反射的に身構えた。

身構えたとは、表情を引き締めるとかそういう程度の話ではない。

文字通り身構えた。

両手を振りかざし、足を大きく開き、臨戦態勢を取る。

「何をしてるんだ」

「いえ、何となく。続きをどうぞ」

リヴァイもイルメラの突飛な行動に慣れ切っているため、それ以上は突っ込まない。

小さく息を吐くと再び口を開いた。

「お前が自分を偽らなくても、俺はここに戻ってくる。少なくともそのつもりでいる」

イルメラの表情が僅かに強張った。

「何を…」

「イザベルとファーランはもういない」

掲げられた両腕は、そこまでイルメラの意識が回らなくなったのか、ゆっくりと下に落ちた。

「お前があいつらの代わりをする必要はないし、そんなことに意味はない。お前はお前だ」

「何を言い出すんですか、いきなり!」

「イザベルは俺に敬語は使わない」

「私は、別に…」

「俺が帰らなかった時は、ただ単に巨人に食われた時だ。お前が周囲をうろちょろしていたせいでも、イザベルとファーランがいないせいでもない。そん時ゃ諦めろ」

イルメラは突然どうしようもなく泣きたくなった。

堪えようと歯を食いしばり、顔が険しく歪む。

絞り出すように声を漏らした。

「無茶言わないでください」

「無茶を言っているつもりはない。それが現実だ」

「…わかっています」

リヴァイはイルメラの頭を乱暴に掻き回した。

イルメラは思わず目を瞠る。

そうされるのはひどく久しぶりだった。

イザベルが来てからは、それは彼女のポジションだったからだ。

リヴァイは特に表情を変えることもなくイルメラを眺めている。

イルメラはその場に泣き崩れてしまいそうになった。

が、そうすることで壊れてしまう均衡を思い、なんとか踏み止まる。

眉間に力を込めて口を尖らせた。

「兵長のおっしゃりたいことはよくわかりました。でも、私自身も、もうあの頃の私とは違います。今の私はこれです。これが今の私なんです」

必死の形相でリヴァイを睨む。

あの頃には戻れない。

たとえリヴァイがあの頃のイルメラを変わらず受け入れられるとしても、イルメラ自身が時を戻せないのだ。

今、気を抜いてしまえば、この過酷な兵団で生きていくことはできなくなってしまうだろう。

そうなればリヴァイの安否を確かめることもできなくなる。

リヴァイと離れること、イルメラにとってそれだけはあってはならないことだった。

リヴァイはため息をついた。

「そうか」

「そうです!」

精一杯虚勢を張っているイルメラにもう一度ため息をついて、リヴァイはおもむろに歩き出した。

背後でイルメラが大きく息を吐いているのが聞こえた。



「彼女は折れなかったな」

道の少し先に見える人影にリヴァイは胡乱な視線を送った。

「覗きか?見かけによらず陰湿な趣味だな」

「これでお前たちの儀式はこれからも続くわけだ。兵団の財政を巻き込んだ壮大な儀式だな」

リヴァイは黙っている。

エルヴィン相手には何をどう言い繕おうが無駄だということを知っているからだ。

そう、エルヴィンは知っていた。

イルメラが、リヴァイの生存率を少しでも上げるために身を裂く想いで彼と距離を置いたことも、

リヴァイがそれをきちんと理解していることも、

イルメラがあんな思い切った性格になった理由も、

リヴァイが、自身が必ず兵団に戻ると言う意志表示として動物をイルメラに置いていくことも、

それに気付かないイルメラが、必ず戻る担保として壁の外のものを要求することも、

全て。





(20141031)


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