33.交錯する想いに
女子の喫茶店での会合とほぼ同時刻、所はデニーズ。
男子一同も卓を囲んでいた。
「で、何なんだ、お前らのあれは」
ため息と共にライナーが問い掛ける相手はジャンだ。
「別になんもねーよ」
ふくれっ面のジャンが答える。
「何もねえってことはねーだろ。ルーラのこと、あそこまで露骨に避けやがって。さすがに目に余る」
「おー、ミカサのやつ、めちゃくちゃ怒ってたぞ。確かにありゃやりすぎだろ」
エレンが頷く。
ジャンは小さく舌打ちして顔を歪めたが、結局反論はしなかった。
「なぁ、何があったんだよジャン。話してみろって」
コニーが尋ねる。
「だから、何もねーっつってんだろ」
コニーは肩を竦めた。
そしてマルコに視線を遣る。
「マルコ、お前もなんか言ってやれよ」
マルコは少し困った顔をして、ジャンをそっと窺った。
「ジャン、みんな心配してるんだぞ」
ジャンはマルコを一瞥した。
が、すぐに視線を下げてしまう。
マルコもそれ以上言葉を重ねることはなかった。
沈黙の幕が落ちる。
それは厚い暗色の幕だった。
重々しい幕は、一同の肩に覆い被さるように圧し掛かった。
ライナーがため息を落とす。
エレンとコニーは腑に落ちないといった表情を浮かべている。
アルミンは心配そうにみんなを見守っている。
マルコは何か問い掛けたそうにジャンを見つめ、だがやはり黙っている。
ベルトルトに至っては、一度も顔を上げなかった。
その重厚な幕を煩わしそうに払い除け、ジャンは立ち上がった。
「用件はそれだけか?なら帰る。お前らに話すようなことは何もねえよ」
「あっ、おい!話はまだ終わってねーぞ!」
コニーが慌てて腰を浮かせた。
が、それをアルミンが制する。
戸惑うコニーに向かって、ライナーが静かに頷いた。
ジャンは構わず歩いていく。
後ろ姿は遠ざかっていき、やがて出入り口のベルが彼の退出を告げた。
ジャンが座っていた席が、ポツンと空く。
何もない一角が、却って彼の存在を色濃く見せた。
「あいつ、ホントにどうしたんだ?」
不思議そうにエレンが呟く。
「らしくねーよな。あいつが『何も言わない』なんてよ。逆だろ、フツー」
コニーも首を傾げる。
「ごめん」
一同の視線が集まった。
声の主はマルコだった。
「何でマルコが謝んだよ?」
コニーは捻っていた首を逆に倒す。
「今回の件の原因の一端は、たぶん僕にある」
「どうして、そう思う?」
ライナーが問う。
「ジャンからは何も聞いていないんだろう?」
マルコは言い澱んだ。
代わりに、アルミンが口を開く。
「ジャンが、マルコに『何も言わない』からだね?それから、おそらくルーラも」
マルコはアルミンに目を合わせた。
そして頷く。
「二人とも何かあった時、僕に黙っていたことがないんだ。なのに、今回は二人が揃って何も言わない。きっと僕が原因だからだと思う。…ただの思い上がりかもしれないけど」
「思い上がりだなんて、思わないよ」
今まで沈黙を貫いていたベルトルトが声を上げた。
みなは一瞬ポカンとした。
咄嗟に誰の声だか分らなかったのだ。
やがて少しずつ視線がベルトルトに集まり、驚きの表情が浮かんでいった。
後から効いてくる炭酸のような、音のないざわめきが走った。
「マルコがそう言うなら、きっとそうなんだ。だけど、マルコだけじゃない」
その場の全員の視線を受けながらも、ベルトルトは顔を伏せたままである。
ライナーは眉を寄せた。
「マルコだけじゃないって…どいういうことだ?」
「ルーラのことは…わからない。でも、ジャンは僕に怒ってるんだ」
ベルトルトは、時折ジャンが自分に苦々しい視線を向けることに気付いていた。
そういう時は決まってルーラとマルコが傍にいる時だということにも。
目が合いそうになって、ジャンが慌てて顔を逸らし、バツが悪そうに下を向くという場面も何度かあった。
ジャンは、急に現れた過去の影が今を脅かすことを厭うているのだろう。
ベルトルトはそう思っている。
ルーラは今、マルコとの関係を築き、マルコに守られ、幸せに暮らしている。
ジャンはそんな彼らを見守ってきた。
そしてそれはこれからも続くはずだったのだ。
けれど、突然自分が目の前に現れた。
そして――傍にいることを望んでしまった。
ジャンにはそれがわかったのだ。
だから自分を警戒している。
この時、ベルトルトの言葉の意味を真に理解していたのは、アルミンとマルコだけだった。
そして二人は、それが全くの見当違いではないであろうことを察している。
エレンとコニーはキョトンとしていたが、ライナーは自分なりに思い至るところがあり、マルコに視線を走らせて短く唸った。
「ジャンは、怒っているわけじゃないと思うよ。ただ、複雑なんだ」
アルミンが優しく訂正する。
「自分でも仕方のないことだってわかってるんだと思う。でもほら、そこはジャンだから」
アルミンが苦笑すると、マルコが同意するように笑んだ。
「ジャンのやつ、感情コントロールするとかできねーからな」
コニーが知った顔で頷く。
「だな」
エレンも首を縦に振った。
エレンも同じようなものだというのがその場の統一見解だったが、敢えて口にする者はなかった。
本日の議題はそこではない。
「とはいえ、このままってわけにもいかんだろ。ルーラが気の毒過ぎる」
ライナーが頭を掻く。
「誰かが間に入って、積極的に二人に会話させるようにするしかないな」
アルミンが頷いた。
「そうだね。ルーラの方は話し掛けようとしてるみたいだし、しばらくフォローしてあげれば、二人とも元通りになるよ」
マルコは我がことのように頭を下げる。
「みんな、すまないけど、よろしく頼むよ」
「水臭ぇこと言うなよ!」
コニーが邪気のない顔で笑った。
ルーラとジャンの関係がぎこちなくなったのと同じ頃から、ルーラが弓道部の先輩と話している姿がよく目撃されるようになった。
一学年上のエルド・ジン。
もちろん同じ部活の先輩後輩という関係だから、知り合いであることにも話す機会があることにも不思議はない。
しかし、それを考慮に入れても特に親しげに見えた。
ルーラも彼を頼りにしている様子であった。
クリスタが水を向けてみたところ、ハンカチを借りた恩があるのだという答えが返ってきた。
ハンカチを借りたこと自体が特別な恩になるとは思えない。
二人の間に、親しくなるきっかけとなる何かがあったのだと、おもしろそうにユミルは言った。
ルーラはそのきっかけとなる何かをマルコに話していなかった。
マルコもそれを聞かなかった。
マルコは、楽しげに会話するルーラとエルドを遠目に眺めていた。
ベルトルトは、エルドを見上げてくしゃりと笑うルーラをそっと見つめていた。
アニは、そんな彼らを見て、気だるげにため息をついた。
(20140426)
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