その手をつかんで | ナノ

32.男はみんな子どもだから


翌日以降、ルーラはジンからのアドバイスを健気に実行していたが、周囲から見た二人は目も当てられない状態だった。

強張った笑みを浮かべながら恐る恐る話し掛けるルーラと、あからさまに顔を背けて投げ捨てるように呟くジャン。

その度にルーラは泣きそうな顔をして、それから思い直したように首を振った。

ジャンは苦虫を噛み潰したような顔をして、頭を乱暴に掻きむしった。





時刻は19時40分。

所は学校近くの喫茶店。

集まった女子たちは、狭いテーブルに体を押し込んで顔を突き合わせている。

アニから、部活後に緊急招集が掛かったのだった。

「で、何なの、あんたたちのアレ」

半眼のアニが睨みつけるのはルーラだった。

ルーラは弱り切った表情で俯く。

「ごめん」

「別に謝ってほしいわけじゃないよ」

ルーラは更に俯いた。

「まあまあ、アニ。そんな風に責めても仕方ないよ」

クリスタが宥めると、アニは心外そうに横を向いた。

「責めてるわけじゃないんだけど」

クリスタは苦笑する。

「でも、ジャンの態度は目に余る。どんな事情があっても、あんな態度を取るのはよくない」

ミカサが眉を寄せる。

ルーラは首を振った。

「今回のことは、私が一方的に悪いから」

「ルーラは謝った。それに、どちらが悪いとか、そういう問題じゃない。気に入らないことがあるなら、きちんと話し合えばいい」

「そうですねぇ、ジャンはいつもなら、頼んでもいないのに言いたい放題言ってくるんですけどねぇ。本当にどうしたんでしょう?」

サシャが心底不思議そうに零す。

「ミカサがそれを言うならわかるが…サシャ、お前はバカか?ああ、バカだったな」

呆れ顔のユミルがため息を落とした。

「はい!?私はバカじゃありませんよ!どういう意味ですか!」

「あの無遠慮の塊みたいなやつが口を噤む理由なんて限られてんだろ。カビの生えそうな湿っぽさを見ただろ?相当ややこしい事情なんだろうぜ。ここまで言えばわかんだろ」

「わかりません!」

サシャはきっぱりと否定する。

ユミルは見せつけるようにため息をついた。

「だからバカだっつってんだよ」

「むー!」

ミカサも首を傾げる。

「ユミル、どういう意味?」

「さあな」

ユミルは肩を竦めた。

ルーラはおずおずとユミルを見つめる。

「ユミル、わかるの…?」

「内容なんてわかんねーよ。ただ、話の方向性くらいはわかる」

ルーラは何とも言えない呻き声を漏らす。

クリスタが尋ねた。

「何があったかは、やっぱり話せない?」

ルーラは眉を落として頷く。

「ごめん」

そっか、とクリスタは小さく笑った。

「とにかく、いつまでもあの調子じゃ、こっちがやりにくくてしょうがいないよ。なんとかならないの」

アニはため息をつく。

その言葉はルーラに向けられているようで、実はそうではない。

みなを招集したのはアニだ。

アニは、二人の関係を修復するために、みんなの助言を求めたのだった。

「簡単なこと。ジャンを直接問い質せばいい」

「そ、それは止めた方がいいんじゃないかな?余計頑なになっちゃうかも」

「捻くれてますからねぇ、ジャンは」

「放っときゃいいんだよ。そのうち元に戻んだろ」

「そうかな…」

ルーラがポツリと呟く。

ユミルが眉を寄せる。

「どういう意味だ?」

「部活の先輩が、ジャンみたいな人は時間が経てば経つほど気まずくなるって。だからひたすら話し掛けろって」

ルーラの話を聞いて、ユミルは呆れ笑いを浮かべた。

「なるほどな。だから、お前がジャンに冷たくあしらわれてる現場の目撃談があんなに多かったわけか」

「一理ありますね。ジャンはああ見えて寂しがり屋ですから。放っておいたら拗ねちゃいますよ、きっと」

「なら、やはり直接問い詰めて一気にカタを」

「そ、それはちょっと違うと思うよ、ミカサ」

結局、女性陣の結論としては、ジャンはまだまだ子どもだから、こちらが大人になるしかないということになった。

ジンのアドバイスどおり、ルーラは今後も根気強くジャンに話し掛け、それを周りがフォローする。

そうすればそのうちジャンも折れるだろう、と。

「ごめんね、みんな。部活後にわざわざ」

「ホントだぜ、ったく、疲れてんのによ」

「ユミル!そんな言い方しないの!あんなに心配してたくせに」

「はあ!?どの目で見たらそうなるんだよ!」

「気にすることない。私も気になっていたから来ただけ」

「私は呼ばれたから来ただけです!ケーキも美味しかったですし」

「みんな、ありがとう…アニも。みんなを呼んでくれたの、アニだって」

「別に。気が散ってしょうがないだけ。早く元の鞘に収まるんだね」

「…うん」

六人は帰る方向によって二組に分かれる。

ルーラ、アニ、ミカサは徒歩で駅へ、ユミル、クリスタ、サシャは自転車で逆方向へ。



歩き出す三人の後ろ姿を見遣って、ユミルはため息をついた。

「ま、ジャンに同情しないでもないがな」

クリスタは憂いの表情を見せる。

サシャは首を傾げた。

「珍しいですね。ユミルが人に同情するなんて」

ユミルは面倒くさそうに顔を歪める。

「おいサシャ、お前、くれぐれも余計なことするなよ」

「何ですか、余計なことって」

「ルーラとジャンのいざこざは静観してろってことだ」

「どうしてですか?」

「だから、今回のことは十中八九『あの世界』のしがらみが絡んでるんだよ。私たちが下手に口を出せば話がこじれるだけだろーが」

「そうなんですか?」

「でなきゃ、悶々とするくらいなら暴言吐く方を選ぶだろ、あいつは」

「ああ、それは確かに」

「更に言えば、その原因の一端はマルコにあるだろうな」

クリスタがピクリと反応する。

「そんなことまでわかるんですか!?」

「あいつ、二人の仲裁に入らないだろ。おかしいと思わないか?全然関係ないやつらの問題にも首を突っ込むやつだぞ?」

「うーん、言われてみれば…」

「私、二人が何で喧嘩してるのか、なんとなくわかる気がする」

クリスタがポツリと言った。

ユミルとサシャはクリスタを振り向く。

クリスタは気付いていた。

廊下ですれ違った時、図書委員の集まりがあった時、ルーラの視線がベルトルトを追っていること。

ベルトルトの視線がルーラを追っていること。

この世界では今度こそ――そんなことを思ってしまった。

だから、それとなく二人の会話を助けたりした。

図書委員の当番を無理矢理合わせたこともあった。

けれど、独りよがりだったのかもしれない。

自己満足だったのかもしれない。

今は今の人間関係があるということを軽んじていた。

ベルトルトの姿を追うルーラの奥に、そんなルーラを見つめるマルコの姿があった。

そんなマルコの更に奥に、複雑な表情に顔を歪めるジャンの姿があった。

「ユミルの言うとおり。過去を知っている私たちが下手に動くべきじゃないんだよ」

サシャは、やっぱりよくわからなかった。

が、クリスタにもわかった宣言をされてしまった以上、ここでわからないと言ってしまったらバカ決定だと思った。

だから精一杯わかったふりをしておいた。

「ま、そういうこった。ここは何のしがらみもない奴らに任せよう。っつっても、ミカサかエレンかライナー…。ライナーだな。あいつなら上手くやるだろ」

ユミルが視線を上げたのをきっかけに、三人は星の輝く夜空を仰いだ。





(20140419)


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