22.大きくなったね
「うわぁ、記憶の中にあるのより、みんな一回り小さいや」
ルーラはジャングルジムのてっぺんに仁王立ちしている。
僕は呆れ顔で、内心焦りながら声を上げた。
「ルーラ、降りてきなよ。スカートだろ」
「誰も見てないよ」
「そういう問題じゃない」
「ねえ、懐かしいね!みんなあの頃のまんま、変わってない!」
ルーラは、鉄棒、ブランコ、うんてい、築山、と順々に指差していく。
確かに、それは思ったよりこじんまりとしてはいたけれど、記憶の中の風景そのままだった。
そして、そのことが存外嬉しいものなのだと、自身の胸の高鳴りで知る。
楽しそうに歓声を上げるルーラを仰ぐ。
あの頃のルーラは、今よりも数倍やんちゃで、僕は心配させられっぱなしだった。
「ルーラはそのジャングルジムから落っこちたことがあったね。先生が真っ青になって、それを当のルーラが慰めてた」
あの時は肝を冷やした。
なにせ転落の仕方がめっぽう派手だったのだ。
結果的にはその落ち方がよかったのだが、見ているこちらとしてはたまったものではない。
あの瞬間のことを考えると今でもゾッとする。
ルーラは一瞬恥ずかしそうに気色ばんで、口を尖らせた。
「マルコだって、うんていで棒を掴みそこねて、落っこちて大泣きしたじゃない」
僕は言葉を詰まらせる。
なんでその話が引き合いに出てくるんだ。
危険の度合いが違うじゃないか。
どうやらルーラの視点は「恥」というところにあるらしい。
僕はどれだけ危険な状況だったかの話をしてたんだ。
ホントに一歩間違えば危なかったんだぞ。
だが、僕の顔は、悪い笑みを浮かべたルーラにつられてみるみる赤くなっていった。
「それは今関係ないだろ!」
「関係あるよ!あんまり泣くから、私、ひどい怪我したのかと思ってすごく心配したんだから」
マルコはその時の様子を思い出して、目を細めた。
そういえばあの時、ルーラは泣き出した僕のところに一目散に駆けてきて、散々オロオロした揚句、僕以上に大泣きしたんだっけ。
最後は僕の方が宥めてた。
思わず小さく吹き出した。
どうやら、この話に「恥」を感じていたのは僕だけで、ルーラはちゃんと、僕と同じ視点で話をしてくれていたみたいだ。
「どれだけ相手を心配したか」という視点で。
「なに笑ってるのー?」
ルーラはようやくジャングルジムから下りてきた。
「いや。色々あったなと思って」
彼女は目を細める。
「ホントだね」
目でブランコを指して歩き出すので、僕は後に続く。
ブランコは地面との距離が思った以上に狭くて、膝が窮屈だった。
それはルーラも同じだったようで、足の置き場に迷った様子であちこちに動かしている。
やがてそんな自分におかしくなったのか、僕の方を向いて照れくさそうに笑った。
「ちっちゃいね」
「ホントだね」
足を前後に揺らして、ブランコを動かす。
「昔は足が浮いたのに」
「鉄棒もうんていも、ずいぶん低いな」
「うん」
月日の流れというのは、こういう時に顕著に身に迫る。
「大きくなったね、私たち」
「うん」
「高校生、だもんね」
「そうだね」
ルーラは大きく伸びをした。
「まだ、一緒にいられるね」
声が改まった。
ルーラがこちらを振り向いた気配がしたので、僕も横を向く。
そして一瞬息を飲んだ。
我に返ると、みるみる顔が紅潮していった。
ルーラは顔一杯に笑みを浮かべていた。
日の光が差し込んで来て、彼女の周りの塵がキラキラ舞う。
僕は昔から、このルーラの屈託のない笑みが好きだった。
「ああ、一緒だ」
「うん」
ルーラがあんまり嬉しそうに笑うので、僕は少し自惚れてしまいそうだった。
ルーラは一番に僕を望んでくれているんじゃないか、なんて。
でも、わかっていた。
彼女の心の奥深くに、彼女が真実求めている衝動が眠っていることを。
その衝動が、目を覚ましつつあることを。
僕は複雑な心境で見守っていた。
彼との出会いが、ルーラをどう変えていくのかを。
(20140209)
*←|→#
[bookmark]
←back
[ back to top ]