その手をつかんで | ナノ

62.空は青く陽は輝いている


「ベルトルト、俺はだな」

ジャンは唐突に口を開いた。

彼が隣にいるというだけで身構えてしまっていた僕は、思わず大きく肩を揺らす。

彼は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

その顔を見て、僕はいっそう緊張する。

「んなビビることねーだろうが」

「ごめん」

「謝らせたいわけじゃねえよ」

「う、うん」

ジャンは盛大にため息をつく。

「俺は」

二度同じことは言わせるなよ、というニュアンスを滲ませながら、一音一音押し付けるように言う。

「別にお前のこと、ウゼェとか邪魔くせェとか思ってるわけじゃねえよ」

僕は何と返事をしていいのかわからず、黙っている。

「ただ、何つーか…色々複雑っつーか、モヤモヤするっつーかよ」

わかんだろ?とジャンは言うが、僕はやはりどう返事をすればいいのかわからない。

反応の乏しい僕に苛立ったのか、ジャンは頭を掻きむしった。

「つまりだ!決めるのはルーラであり、マルコであり、お前だ。んで、俺は無関係の赤の他人ってことだ」

わかったな、と吐き捨ててジャンは足早に去っていった。

あっという間の出来事に、僕はぽかんと口を開けた。

そして、自然と口元が緩んだ。

ジャンが予想外にも、僕のことを気にしていてくれたらしいことがわかったからだ。

そして、それをわざわざ伝えようと思い立ち、実行に移してくれた。

しがらみを気にせずに、思うとおりに動け。

ジャンはそう言ってくれたのだ。

いや、『自分のことは気にせずに』というところに特化した発言だったかもしれない。

ジャンは自身の態度が僕に威圧感を与えていると、気にしていたのだ。

ジャンらしくもない、と僕はつい笑ってしまう。

僕はもう迷わないつもりだった。

ジャンや、周囲にどう思われたとしても、ルーラが好きで、一緒にいたい。

この想いを貫くんだと言い聞かせた。

でも、やっぱりそう言ってもらえるのは嬉しい。

すごく、嬉しかった。

ありがとう、ジャン。





「昔、僕がルーラの宿り木をやるつもりかって聞いたことあるの、覚えてる?」

アルミンが尋ねるので、僕は頷いた。

パタパタとベルトルトの近くを飛び回り、時折僕のところに羽を休めに来る。

僕は彼女のことを鳥みたいだと思っていた。

そんな僕を見て、アルミンが言ったのだ。

彼女の宿り木をやるつもりなのか、と。

疲れた時だけやってきて、すぐにまた飛び去ってしまう。

そのためだけの存在でいいのかと。

「あの時、マルコはそれでいいって言ったね。答えは変わった?」

僕は薄く笑みを浮かべる。

「よかった」

アルミンも応えるように笑った。

「結局、宿り木にはなれなかったんだ。あの世界で僕はすぐに死んでしまったし、この世界では――彼女の隣を飛ぶことを望んでしまった」

「ずいぶん詩的な言い回しだね」

「アルミンが昔話なんかするからだろ。少し感傷的になってるんだ」

アルミンはクスリと口元に手をやる。

「実は僕も」

僕は一緒に笑おうとして、ふと表情を改めた。

アルミンの横顔に、憂いと歓喜という相反する感情を見つけたからだ。

「アルミン、どうかしたのか?」

アルミンはおもむろに僕に視線を合わせる。

その瞳には静かな覚悟があった。

「エレンとミカサの記憶、もう戻ると思う」

僕は一瞬息を飲んだ。

だが、これもそう遠くないことだとわかっていた。

「そうか」

僕らは黙り込む。

アルミンがポツリと呟いた。

「マルコ、ベルトルトには内緒だけど、僕はマルコのこと応援してるよ」

僕は小さく吹き出した。

「それ、ベルトルトにも同じこと言ってるんだろ?」

アルミンは満面の笑みを浮かべる。

「もちろん」

僕は視線を遠くへ投げた。

「エレンとミカサのことで力になれることがあったら、何でも言ってくれ」

「ありがとう。頼りにしてるよ」





「ねえルーラ。私、本当はヒストリア・レイスっていうの」

私はクリスタを振り返った。

「そういえば、ウトガルド城でユミルに駆け寄った時も同じこと言ってたね」

ユミルがため息をつく。

「お前なあ、そうやってペラペラと機密事項を…」

「機密事項?」

「いいの。言いたいの。私ね、レイス家の娘なんだ」

私は首を傾げた。

クリスタ…いや、ヒストリア?が何を訴えたいのかがいまいちわかっていない気がする。

クリスタの本名はヒストリア・レイス、そしてそれは機密事項らしい。

更にいえば、私はヒストリア・レイスという響きに聞き覚えがある。

『あの時』クリスタが言った台詞が耳に残っているということなのだろうか。

――いや…

私は血の気が引いていくのがわかった。

ある可能性に思い至ったからだ。

「ねえ、まさかとは思うけど、レイス家って…」

そんな私の様子を見て、ユミルが鼻を鳴らした。

「安心しろ、そのまさかだ」

事もなげに肯定する。

私は仰天した。

「嘘でしょ!?レイス家って王家の!?ヒストリア・レイスって言ったら、王家のお姫様じゃない!」

ユミルが私の頭を押さえつける。

「声がでかいんだよ、お前は!」

「ご、ごめん!でもホントなの!?なんでこんな一般の高校に…」

ヒストリア…いや、クリスタは得意げに口を尖らせた。

「私がそうしたいって言ったの。お父様とお母様には色々と貸しがあってね!二人とも文句言えないんだ」

私は目を点にして固まった。

「えっと…この話って、そんな軽い感じの話…?」

「じゃ、ねえから私がお目付け役で傍にいるわけだが」

「あ…そうなんだ…」

クリスタは至極満足そうに微笑んだ。

「私、この世界では自由に生きるって決めたの」

だから、と私の手を握る。

「ルーラも、自分のやりたいようにやればいいよ。選びたいものを選んで、生きたいように生きればいいんだよ!」

私は繋がれた手に目を落とした。

触れた指から伝わってくる熱は温かかった。

その熱が、私の体を巡って胸まで到達する。

込み上げてくる感情を吐き出すように、くしゃりと破顔した。

「うん、そうする」





(20140915)


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