18.ありがとう(完)
あの崖の昇降訓練の日、わたしはひとつの契約を交わした。
命綱が切れていると気付いて、わたしは動揺した。
呼吸が乱れ、力は空回りし、足が震えた。
わたしは状態を立て直すことができなかった。
そして、落ちた。
でも、落ちている途中で、妙に頭が冴えたんだ。
まだ死ねない。
こんなところで死ねない。
そう思った。
だってこれから、人類の役に立つことをするんだって決めたばかりだったから。
わたしは自分の視界を見定め、重力の掛かる方向を確認し、体を捻った。
手を掛けられそうな岩を捉え、腕を伸ばす。
そこに、鳥の巣が見えた。
けれど、命への執着は強い。
手を掛けることしか考えられなかった。
そこにある卵のことなど、考える余裕はありはしなかった。
が、声が聞こえたのだ。
――もしも今、この子たちを助けてくれるのならば、この先あなたの大切な人たちに訪れるある災いから、彼らを守る力を授けます。
それは卵たちの親鳥の声だったのかもしれないし、この土地の守り神のような存在の声だったのかもしれない。
もちろん全然違ったのかもしれないけど、そんなことはどうでもいい。
二年ほど経った雨の日、104期生の訓練中に土砂崩れが起こり、みながそれに巻き込まれると、その声は言った。
森の匂いと時の声がそれを教えてくれるのだと。
それは真実だと、わたしの直感は言った。
いや、その声がわたしの直感にその景色を見せたのだ。
間違いなく、それは二年後に起こる。
わたしがこのまま生きて二年後を迎えても、多分みんなを救うことはできない。
わたしがいくら訴えたところで信じてもらえる話ではないし、何か策を講じておけるほど、スケールの小さい内容ではなかった。
わたしは選択しなければならなかった。
今わたし一人の命を救って、二年後104期生の命を捨てるか、今わたしの命を捨てて、二年後104期生たちの命を救うか。
普通の人間ならどうする?
自分の命を取っても許されるのではないだろうか。
だって、命だ。
自分の命。
わたしはこれを守るために必死に生きているのだ。
死ぬのは、怖い。
いや、違う。
わたしは決めたはずだ。
人類の役に立つんだと。
兵士として、この先の未来に貢献するんだと。
なら、わたしの取るべき選択は――ひとつだ。
わたしが今生き残るのと、二年後104期生が生き残るのと、どちらが巨人を討伐するのに有利になるか。
答えは決まっている。
今、わたしが命を捨てることが、人類に貢献することに繋がるんだ。
わたしは伸ばし掛けていた手を止めた。
――では、時が来るまで眠りなさい。
そう、私は兵士であることを選んだ。
兵士として、役目を全うして死んだ。
自分の命を軽んじたわけじゃない。
みんなを助けたいっていう一時的な感情に流されたわけでもない。
ちゃんと、その時一番必要なものを選び取った。
誰も知らないけど、わたししか知らないけど、確かにわたしは、一兵士として人類の役に立ったのだ。
誇らしかった。
わたしは、最後の最後で自分を認め、好きになることができた。
「きっと巨人に勝ってね!!」
「ああ!必ずだ!!」
エレンの声が光と共にわたしに届いた。
ありがとう。
みんなのこと、信じてるよ。
わたしの命、人類に捧げます。
――fin――
(20140523)
→あとがき
*←|→#
[bookmark]
←back
[ back to top ]