16.104期的スピリット
兵站行進が始まっていた。
この訓練は採点される。
みな、必死でぬかるむ地を蹴っていた。
そう、本日は雨天であった。
雨脚は強まっている。
地面には雨水が溜まり、地盤は弛んでいた。
それでも訓練が中止になることはない。
巨人の活動が日の光の届かぬ所で鈍るとはいえ、どのような状況で相対すことになるかなど、こちらが選ぶことはできないからだ。
息を切らし、額を伝う雨粒を拭いながら、必死で走る。
一行は、切り立った崖下の道に差し掛かった。
何人かが、チラリと崖を見上げる。
そこは、初めて闇打ちが行われた場所――カヤが死んだ場所だった。
今カヤは何をしている?
今日の訓練は試験も兼ねていると知っているから、掃除や洗濯をやっておいてくれているかもしれない。
と、やけに長閑なことを考えたりする。
ズン、と足元が揺れた。
走りながらも、みなピクリと反応する。
それくらい大きな揺れだった。
教官の乗る馬が歩調を乱す。
短くいなないた。
教官が馬を宥めようとその場に止まったことで、一行も足を止める。
その間にも、揺れは大きくなっていった。
伴うように地響きも唸り出す。
一同は身構えた。
ただ事ではない。
何かが起きている。
一人が指を天に突き出した。
いや、よく見るとその手は崖を指している。
次々と訓練兵たちの視線が崖に向く。
その瞳は大きく見開かれていった。
土砂崩れだ。
誰かが叫んだ。
その言葉を皮切りに、次々に悲鳴が上がっていく。
ある者は走り出し、ある者は躓いて転倒し、ある者は頭を抱えて蹲る。
あっという間に阿鼻叫喚の図となった。
教官やその他数名はその場を収めようと声を上げたが、収集はつかない。
轟音が轟き、土砂が眼前に迫った。
クソ、巨人を倒す力を得るためにここまで来たのに。
エレン・イェーガーは土砂を睨んだ。
エレンを助けなければ。
ミカサ・アッカーマンは走った。
巨人に食い殺されるだけが死に方じゃないとわかってはいたが、まさか。
と、アルミン・アルレルトは身体を震わせた。
何としてもクリスタを連れ出さなければ。
ユミルは彼女を探す。
私の死に場所はここか。
クリスタ・レンズは視線を伏せる。
故郷へ帰らなければならないのに。
ライナー・ブラウンは拳を握る。
ああ、こんなところで。
ベルトルト・フーバーは呆然と立ち尽くした。
これが私の運命なのか。
アニ・レオンハートは天を仰いだ。
村のみんなに顔も見せないまま、俺は死ぬのか。
コニー・スプリンガーは頭を抱えた。
私はまだ死にたくない。
サシャ・ブラウスは地に伏した。
ちくしょう、こんなはずじゃなかったのに。
ジャン・キルシュタインは歯を噛みしめた。
まずいぞ、このままじゃ本当に。
マルコ・ボットは倒れてきた訓練兵を支えながら焦った。
ふいに、笛の音のような、ひどく澄んだ音が響いた。
その場にいた誰もが、無意識に確信していた。
これは鳥の声であると。
その時、時が止まった。
と、誰もが錯覚した。
音がピタリと止まったのだ。
そして、降り注いでくるはずの大量の土砂は、いつまで待っても覆い被さってはこない。
やがてさざ波のように始まったざわめきは、すぐに驚愕の声に変わった。
視線を上げると、土砂は宙で静止していた。
まさに襲いかかろうとする寸前の巨人の掌のように、不気味な形のまま、空に留まっている。
そして、その土砂を背負うようにして、カヤが浮いていた。
(20140521)
*←|→#
[bookmark]
←back
[ back to top ]