14.ベルトルト的スピリット
「それで?どうしてそう思うの?二人とも」
僕が図書室で本を読んでいたら、マルコがジャンとライナーを引きずるようにして入ってきた。
僕の姿を見つけるなり、ちょうどいい、ベルトルトも来て、と僕のところへやって来て腕を引く。
マルコは普段は温厚なのに、時々どうしようもなく強引だ。
このスイッチがいつどんなタイミングで入るのか、僕にはよくわからなかった。
こうして、僕はわけもわからないまま、マルコの隣に座って、歯に物を詰まらせたような表情のライナーとジャンと向かい合っている。
「何でカヤが死んだのは自分のせいかもしれないなんて思ってるの?」
僕は驚いてマルコを振り向いた。
そして、気まずそうに視線を逸らす二人に視線を移す。
本当に、一体何がどうなってるんだ?
二人は、お前が先に話せよと視線のみの攻防戦を繰り広げている。
ふと気付いて、僕は声を上げそうになる。
それをマルコが目で制した。
僕は黙ったまま了解の意を示す。
やがて、折れてため息をついたのがジャンだった。
「あの日、崖登りの訓練があったろ。俺たちはヘトヘトになりながら崖を登って、頂上に辿り着いた。だが、訓練はそれで終わらなかった。登ってきた崖を今度は降らなきゃならねえと。うんざりした」
そうだな、とジャンが視線を走らせるので、僕や他の二人は覚えていると頷いた。
「俺は疲れてた。で、苛々してた。んな時に、後ろからすすり泣きが聞こえたもんだから」
そこで口ごもる。
マルコは苦笑と共にため息を漏らした。
「カヤにキツく当たったんだな」
ジャンは視線を逸らす。
「当たったっつーか、たきつけた。んな後ろで震えてるから恐えんだ、先頭切って降りてみろよってな」
「だからあの日に限ってカヤが最初に降りるなんて言い出したのか」
マルコは合点がいったと頷いた。
「本気でやると思わなかったんだ。あいつ、いつも隅の方でウジウジしてるようなやつだったしよ…」
そう。
僕はずっと不思議だった。
今のカヤは生前の彼女と全然違う。
生前の彼女は、いつも不安そうで、ビクビクしながら、隅の方で固い殻を被っていた。
図書室で、机にも着かずに部屋の角に背中を擦りつけるようにして本を読んでいたのを覚えている。
今の明るい彼女とは、180度違って見えた。
「で…落ちた」
ジャンはポツリと呟く。
ジャンの言いたいことは何となくわかった。
端から聞いていれば、ジャンに責任はない。
ただの偶然で、ただの結果論だ。
でも、それでも気にせずにはいられないのだろう。
「お前は何なんだよ、ライナー」
僕は姿勢を正した。
どちらかというと僕が関心があるのはライナーの方だ。
「あの日、鳥の巣を見つけた」
僕たちはポカンとして顔を見合わせた。
突然何を言い出すんだ、ライナー。
「その時は特に何も考えずに見えたものを口にしたんだ。『あの崖の途中に鳥の巣があるな』ってな。そこにたまたまカヤがいた」
僕は内心で笑ってしまった。
ライナー、まさかあの時彼女が手を掛けなかったのはそのせいだなんて言い出すんじゃないだろうな。
それはいくらなんでも考えすぎだ。
「あいつは掴めるはずだった岩を掴まなかった」
命綱が切れた状態で、彼女は崖から落下した。
落下中、彼女は体勢を立て直し、岩を掴もうとしていた。
が、その動きを止めた。
そして、彼女はそのまま転落していった。
何故あの時、彼女が岩を掴むのを躊躇ったのかはわからない。
だが、自分の命が懸かった状況だ、少なくとも鳥の巣のせいだとは思えなかった。
僕はチラリと視線を上げる。
「あそこは鳥の巣があった辺りだった」
ライナーは硬い表情で告げる。
マルコは何度目かのため息を落とした。
「二人の言いたいことはわかった」
二人は、審判を待つ咎人のような顔でマルコを見つめる。
「どちらも結果論の域を出ないってこともね」
ジャンは不服そうな顔をした。
欲しいのはそんな答えじゃない、ということだろう。
でも、マルコはそれに気付いただろうに、取り合わなかった。
代わりに、視線を上に向けた。
「そう言いたいんでしょ?カヤ」
ジャンとライナーは驚いて背後を振り返った。
(20140519)
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