キミ的スピリット

13.ミカサ的スピリット


マルコとジャンがライナーを連れていってしまったので、今はエレンが一人でカヤの相手をしている。

のだと思う。

私にはカヤが見えない。

でも、エレンがいると言うのだからいるのだろう。

正直、彼女の存在は不快だった。

エレンが関与しているものを自分で確認できないのは、不愉快だし不安だ。

もし万が一エレンにとって害になり得るものだとしたら、私が速やかに排除しなければならない。

けれど、カヤに対してはそれが通用しないのだった。

「エレン、もう行こう。明日に響くといけないから」

「おお、先行ってていいぞ」

私は眉を顰める。

何故、私よりカヤを優先するの。

「いい。待ってる」

「何だよ?用でもあるのか?」

「ない」

「なら帰ればいいだろ」

エレンは首を捻る。

不思議でたまらないというように。

私にはあまりにも明らかなのに、エレンにはどうしてもわからないらしい。

エレンがいるから、私はここにいるのに。

大体どうしてそんな、いかにも怪しい存在に無防備に心を許しているのか。

カヤという人間など、果たして存在したのか。

少なくとも、私は覚えていない。

確かに最初の闇討ちの犠牲者は女だった。

だが、それは本当にカヤだったのか。

それが本当にカヤだったとして、今そこに浮いているという人間は、カヤその人なのか。

疑問は湧き上がるばかりだ。

エレンはもっと人を疑うべきだ。

私以外の全ての人間に対して、もっと警戒心を持つべきだ。

でなければ、いつか取り返しのつかないことになってしまう。



いや、そんなことにはさせない。

私が決して、させない。



「エレン、カヤはどこにいるの」

エレンは首を捻ったまま自分の左肩付近を示す。

私はその方向を睨みつけた。

空気を睨むのはなんとも心許ない所作だったが、今は仕方がない。

「カヤ、私たちは明日、朝から訓練を兼ねた試験がある。早く体を休めて、それに備えなくてはならない」

「おいミカサ!」

エレンはカヤの反応を窺っている。

「え?ああ、大丈夫だって、もう少しくらい」

「エレン!」

「何だよ!だからお前は先に帰ればいいだろ!」

そうじゃない、と言おうとしたら、エレンがつんのめるようにしてこちらに歩を踏んだ。

エレンはすぐに背後を振り返る。

「カヤ、何すんだよ…え?あ、ああ…わかったよ。じゃあ、またな」

エレンは宙に手を振って私に向き直った。

「ほら、行こうぜ」

どうやらカヤがもう帰るよう促したらしい。

物分りがいい点だけは評価に値する。

私は満足してエレンと並んで歩き出した。



しばらくして、エレンがポツリと独り言のように呟いた。

「あいつ、なんか変だったな」

「変?誰が」

「カヤだよ」

まだカヤの話か。

眉間に皺が寄る。

「またなって言うと、いつも嬉しそうに手を振り返すんだけどな。今日は黙ったままだった」

「たまたまだと思うけど」

エレンは私の言葉の端を小指辺りに引っ掛けて手繰り寄せている。

揺らせばそこから信ぴょう性が落ちてくるとでも思っているのかもしれない。

もちろん、そんなものは降っても叩いても落ちてこない。

私が口から発したのは、無感情な記号に過ぎないのだから。

でも、私の言葉に耳を傾けてくれるのは嬉しかったので、もちろん黙っている。

やがて、少し首を捻ってから、エレンは頷いた。

「それもそうだな」

私はこの上なく満足して、エレンの隣を歩いた。



次の日の兵站行進で、私たちはあの信じられないような事件に出くわすのだけれど、私は今でも、ただの集団パニックだったと思っている。

何故なら、それはあまりにも非現実的だったし、私にはとうとう、カヤは見えないままだったから。





(20140518)


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