キミ的スピリット

05.ライナー的スピリット


それからカヤは、ちょくちょく姿を見せるようになった。

らしい。

時々気まぐれに掃除を手伝ったり、洗濯物を畳んだりしている。

ようだ。

断定できないのは仕方がない。

何しろ、俺には彼女の姿が見えないのだから。

「あれ?カヤ、何してるんですか?」

サシャが俺の肩より少し下に目を向けて首を傾げる。

「なんだ?居るのか?カヤ」

「ライナーのすぐ横に居ますよ。悪そうな顔してます。あっ、内緒でしたか!すみません」

「おいおい、何する気だ?俺にはお前が見えないんだぞ」

ふと、サシャの視線が上に動いた。

かと思うと、頬が引っ張られる。

「いてて」

触れられた箇所には、人に触られる直前の弱い静電気のような温もりがある。

サシャの顔が、今度は背後に移る。

脇にこそばゆい刺激を感じた。

「コラッ!おい止めろ!カヤ!」

ケラケラと笑い声が聞こえる。

もちろんサシャの声だ。

「ライナー、ダンスでもしてるんですかー?」

「お前なぁ…」

「カヤ、楽しそうですねぇ!」

「ったく、子どもかお前らは!」

俺の言葉に、サシャはおや?という顔をした。

「んー?待ってください。カヤ、あなた今何歳ですか?」

サシャの質問でオレもハタと気付く。

そういや、そうだ。

カヤの時間は今どこにある?

「…ああ、やっぱり。ライナー、カヤは12歳です。カヤ、あれからもう2年経ってるんですよ。ちなみに私は今15歳で、ライナーは16歳です」

サシャはこちらを振り向いた。

「…驚いてます」

やはり。

彼女の時間は、あの事故の瞬間から止まっていたのだ。

そして今、動き出した――のか?

「あれー?どこ行くんですかカヤー!」

サシャの視線を追うと、コニーとマルコが歩いてきていた。

マルコがカヤに気付いたのだろう、頬を緩める。

「え?何?…ああ、僕は15歳。え?」

マルコがサシャを見る。

「うん、そうだね。サシャと一緒だ」

「歳か?オレは14だぞ、カヤ」

コニーがキョロキョロしながら言った。

ここ、とマルコが指差す。

サシャが二人の元に駆けて行ったので、オレも後を追って歩き出した。

どうやらサシャとカヤで結託してコニーをからかいだしたらしいのを尻目に、俺はマルコに話し掛ける。

「12歳だと。カヤ」

「うん、そうみたいだ。あの頃のカヤのまんまだよ」

「そうか…」

マルコがふと真顔になった。

「ライナーは、カヤのこと知ってたの?」

俺は一瞬息を詰まらせる。

「ん…まぁ、な」

「…何か、あったのか?」

あの時の光景が、頭を過った。

「なあ、マルコ…あいつが死んだのは、俺のせいだと思うか?」

マルコは目を見開いた。

「ライナー…それは僕にはわからない。だって、どうしてライナーがそう思うのかすらわからないんだから」

俺は引きつった笑みを浮かべた。

「そりゃそうだ」

マルコはカヤがいるのであろう方向を見つめる。

「…彼女、笑ってるよ。すごく楽しそうだ」

彼は言葉を区切り、ひらりと手を振って笑う。

「僕は彼女が生きている時にあんな笑顔を見たことがないんだ」

俺はマルコの視線の先を追った。

「彼女は今の方が幸せなんだろうか?」

俺は返答に困る。

「そりゃ…俺にはわからん」

マルコは頷いた。

「つまり僕が言いたいことは、多分、答えは彼女だけが持っているってこと」





(20131120)


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