03.アルミン的スピリット
そういうわけで、僕とベルトルトは訓練場にやってきた。
そして、目を疑うような光景を目にしているわけである。
隣でベルトルトも唖然としているから、僕だけに見えているわけではなさそうだ。
「ねえベルトルト、確認なんだけどさ」
「うん…」
「僕、今ちょっと不思議な光景が見えてるんだ。きみは?」
「きみと同じものかどうかはいまいち自信が無いけど、僕にも見えてるよ」
僕は彼の言葉に少しだけ勇気づけられて、思い切って口にしてみる。
「あのさ、人が飛んでないか?」
目の前の開けた空間を右から左へ、上から下へ、人が見切れていく。
地上ではない。
空中をだ。
その動きは立体機動の動きに似ている。
その人物が取っている体制や動きがそう見せるのかもしれない。
「女の子が…飛んでるように、見えるね」
「うん…」
そう、女の子だ。
その表情はリラックスしていて楽しそうだ。
もし本当に立体機動で飛び回っているのだとしたら、その俊敏で優雅な身のこなしに拍手喝采を送りたい。
でも、彼女は立体機動を身につけていないし、この辺りは対人格闘術や基礎体力向上のための走り込みなどを行う場所なので、アンカーを打ちつけるような目標物はない。
彼女は文字通り宙を舞っているのだ。
それに、注視すべきはそれだけではない。
気温や気圧や湿度などの気象条件と、月が放つ光彩なんかが絶妙に重なり合って、たまたまそういう稀有な現象を引き起こしているのかもしれない。
「…もうひとつ、あるんだけど…」
「よかった。僕も、もうひとつあるんだ」
そうなのかもしれないが。
「あの子、透けてるよね?」
「うん…透けてるね」
ふと、少女の視線がこちらに向いた。
パッと表情が明るくなる。
僕とベルトルトはチラリと視線を交わし合った。
少女はふわりとこちらに近づいてくる。
僕たちは固まったようにその場から動かなかった。
少女は近くまで来たものの、宙からこちらを窺うように眺めているだけで何かをしてくるわけではなかった。
ニコニコと笑みを浮かべて僕たちを見下ろしている。
それは見守るような視線だった。
あれ?
僕はその顔に見覚えがあることに気付いた。
でも、そんな、まさか。
だって、彼女は二年前に…
いや、だが間違いない。
彼女は――
「カヤ?」
少女は目をまん丸にした。
僕たちの傍まで下りてくると、まじまじと僕たちを見つめる。
彼女の動きに合わせて動く僕らの視線を確認して、彼女は自分を指差した。
見えるの?
声は聞こえない。
だが、唇の形がそう動いた。
僕は半ば放心したままひとつ頷く。
わあ、と彼女は飛び上がった。
すごい。
と手を叩く。
「アルミン、彼女を知ってるの?」
ベルトルトが恐る恐る尋ねてくる。
「うん。覚えてないかい?カヤ・アーレンス。104期生だよ、彼女も」
「え…」
彼女はコクコクと頷く。
「ただ、その…」
僕は口ごもる。
その先は少々、いや、かなり言いづらい。
本人が目の前にいるのに口にするのは躊躇われる。
が、彼女がどんな反応を見せるのか気になったのもあって、結局言ってしまうことにした。
「亡くなったんだ。二年前に」
彼女は気にする様子も見せず、また頷く。
ベルトルトの方が大きく狼狽した。
「えっ…う…じゃ、じゃあ…」
「うん…信じ難いけど…幽霊ってやつ…なのかも」
カヤは何故か嬉しそうに首を振る。
「カヤ…ここで、何してたの?」
立体機動の練習。
と、彼女は自慢げな笑みを浮かべる。
僕とベルトルトは、当惑し切った顔を見合わせた。
(20131109)
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