15.ワタシ的スピリット
わたしはジャンとライナーの首根っこに抱きついた。
二人は驚いて変な声を上げる。
ジャンは目を見開き、ライナーはそんなジャンを見て同じように目を丸くした。
ジャンにはわたしが見える。
ライナーにはわたしが見えない。
だからそんな格好になる。
二人があの時のことをここまで気にしているとは思わなかった。
すごく悪かったと思う。
違う、違うと、わたしは必死に首を振った。
「お前、いつから」
ジャンがオロオロと言った。
「最初からいたよ」
マルコがわたしの代わりに答える。
「知ってたのか、ベルトルト」
ベルトルトはライナーに向かって頷いた。
お前なあという顔をしてライナーがベルトルトを見た。
マルコが二人に色々話してくれている。
わたしが言いたいけど上手く伝えられないことを代わりに二人に話してくれている。
マルコがいてよかった。
マルコだけは昔から、わたしのことをいろいろ気に掛けてくれた。
ありがとう、マルコ。
わたしだったら、たとえ声が聞こえたとしても上手く喋れたかどうかわからないや。
わたしは小さい頃から全然役に立たなかった。
グズで、マヌケで、臆病で、何をやっても上手くいかない。
ここへも、親に追い出されるようにして来た。
わたしは、自分が嫌いだった。
でも、変わりたいと思った。
少しずつ、そう思えるようになった。
エレンやミカサや、マルコやみんなの真っ直ぐな意志に魅かれたからだ。
わたしも、誰かの役に立ちたい。
いや、人類の役に立ちたい。
そう思った。
あの日、ジャンの言葉に『後押しされた』という表現なら正しい。
でも、ジャンのせいではない。
確かにライナーの言葉で鳥の巣に気付いた。
けれど、それはむしろ、わたしにとっては僥倖だった。
二人のせいではない。
決してそんなことはないのだ。
「だから、二人が気に病むことをカヤは望んでないよ。そうだよね、カヤ?」
話を振ってきたマルコに、わたしは力強く頷いた。
ジャンは気まずそうに視線を彷徨わせながらわたしを見上げる。
ライナーも同じような顔をしてこっちを見ていた。
『二人は関係ない!』
わたしはできるだけ口をはっきり開けて言う。
でも、二人はどこか納得いかないようだった。
わたしは困ってマルコとベルトルトを見下ろす。
ベルトルトは一度瞬きして、小さく笑った。
大丈夫だよ、とか、気にしないで、とか、多分そんな感じだ。
マルコも笑った。
ベルトルトよりずっとおっきい笑みだ。
そして言った。
「ごめんね、カヤはこんなこと望んでないかもしれないけど、二人が納得いかないみたいだから」
ここまで言って、マルコはジャンとライナーに向き直る。
「謝りたいんだろ?でも、謝って済む問題じゃないから、言い出せない」
二人はグッと詰まった。
あ、ホントみたいだ。
マルコと目が合う。
マルコはいたずらっぽく笑った。
「カヤ、ちょっと付き合ってあげてくれる?」
わたしは首を振った。
それで二人の気が晴れるなら、断る理由がない。
ほら、とマルコがジャンの背中を押した。
ジャンはしばらく躊躇っていたが、やがてひとつ頷いてわたしを見る。
「あー…その、なんだ…俺、あの時はイラついててよ…。っつーか、謝って済む問題じゃねえよ、ホント。いや、マルコの言うとおり、謝る筋のもんでもねーっつーか…ただの俺の自己満だよ」
「ジャン?」
マルコが本題を促す。
わかってる、とジャンはそっぽを向く。
「悪かった。お前が本気にするとは思わなかったんだ」
ベルトルトがライナーの肩にポンと手を置く。
ライナーはジャンの視線を追ってこちらを見上げた。
「俺にはお前が見えない。それが歯がゆい。宙に向かって話してるってのは、なんとも心許ないもんだ」
「ライナー」
同じようにしてベルトルトがライナーを促す。
「余計なことを言った。お前がそれを気にしてあんなことになったなら…。こじつけだって言うかもしれんな。だが…すまなかった」
わたしは二人の顔を交互に見た。
ああ、よかった。
二人にこんな思いをさせたままにならなくて、本当によかった。
『二人のせいじゃない』
知らないまま、明日にならなくてよかった。
間に合ってよかった。
『二人とも大好き!』
だって明日は、約束の日だ。
(20140520)
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