12.ジャン的スピリット
夕食後、宿舎に戻る途中で俺は、耳に手を当てて遠くを眺めているカヤを見つけた。
「おい、何やってるんだ」
カヤは振り向いてにっこり笑う。
『耳をすませてた』
「何に?」
『ないしょ』
「はあ?」
『思い出したの』
「何をだよ」
『ないしょ』
「…おい」
『元気?』
意図があるのかただ奔放なのか、カヤは思い切り話題を変えた。
「普通だ、普通」
カヤはそんな答えでも満足なのか、嬉しそうに微笑む。
こいつ、本当に無駄に笑うようになったな。
俺は内心独りごちた。
俺の知ってるあいつは、いつもどこか所在無さげで、憂いを帯びた表情で、誰に対してなのか申し訳なさそうにして、隅に小さく収まっていた。
そうして、見えない膜で周囲と自分を隔てていた。
そんなあいつの作る小さな世界から、マルコがあいつを引っ張り出していたのを覚えている。
死んだ後の方がよっぽど生き生きしているように見える。
死んでから何かあったのか?
いやいや。
俺は苦笑する。
死んだ後に「何か」なんてあるもんか。
…今のあいつを見ているとすこぶる自信がなくなってくるが、俺の常識からすればあり得ない。
まあ少なくとも、あいつが目覚めたのは最近だと言っていた。
やはり何かあったとは考えにくい。
となると、何かあったとすれば、死ぬ瞬間ということになるだろうか。
あの、初めての闇討ちの崖の昇降訓練の時――
「ジャン」
マルコの声が聞こえた。
振り返ると、こちらへ手を振って近づいてくるのが見える。
「ああ、カヤも一緒だったんだね」
カヤは満面の笑みで応じた。
「何か用か?」
「いや、姿が見えたから何してるのかと思って。邪魔だったか?」
マルコはニヤリと笑う。
俺は呆れ顔で鼻を鳴らしてみせた。
『邪魔じゃないよ』
カヤは真面目に返し、マルコの手を取って振り回す。
『会えて嬉しい』
マルコは笑いながら、されるがままになっている。
『ジャンも』
「冗談だろ。オレはいい」
カヤとマルコが満面の笑みで顔を見合わせた。
嫌な予感がして頬が引きつる。
次の瞬間、俺の腕はカヤとマルコによって大きく振られ、視界が一回転した。
二人は心底嬉しそうにケラケラと笑い合う。
もちろん実際に響いているのはマルコの声だけだ。
カヤの握っている方の腕には、しゅわしゅわと微弱な静電気が触れているような感覚があって、ほんのり温かかった。
「…おいマルコ、てめぇ」
カヤはいい。
言うだけ無駄だ。
だが、お前は調子に乗りすぎだ。
「うわぁ!カヤ、逃げろ!ジャンが怒ったぞ!」
『キャー!』
カヤ至極楽しそうに逃げていく。
たまたま通りかかったライナーにしがみついて、背中に隠れた。
うお!?と彼女が見えないライナーは素っ頓狂な声を上げたが、毎度おなじみなのか、カヤだなと苦笑した。
隣を歩いていたエレンが彼女に声を掛けたのをきっかけに、三人は喋り出す。
そんなカヤを見つめながら、俺はマルコにポツリと零した。
「なあマルコ…あいつが死んだのはオレのせいだと思うか」
マルコがこちらを振り返る。
その瞳は驚きと当惑を多分に含んでいる。
まあ当然だろう。
何の脈絡もなくいきなりこんなことを言われれば誰だって戸惑う。
だが、マルコから発せられた言葉は、俺の予想とは少し違っていた。
「ジャン…お前まで…」
お前までって、どういうことだ?
(20140517)
*←|→#
[bookmark]
←back
[ back to top ]