10.エレン的スピリット
オレは地面に叩きつけられ、呻き声を上げた。
「ってェー…!」
「だ、大丈夫…?」
「ああ…しかし、そんだけ上背あると落差がすごいな」
「ご、ごめん…」
「いや、謝ることじゃねぇよ」
現在、対人格闘技の訓練中だ。
オレは珍しくベルトルトと組んでいた。
ベルトルトがおろおろと差し伸べた手を握って起き上がる。
普段は大人しくて存在感の薄いやつなのに、こうして組んでみるとその実力に目を瞠る。
こんなに強ぇのに、なんでそんなにオドオドしているのか、オレには理解できない。
「あ…エレン、腕が…」
オレは指差された左腕を見る。
肘から手首にかけて、擦り剥いて血が流れていた。
そういえば受け身を取った時に左腕を地面に擦った。
「あー少し擦ったな」
「少しじゃないよ。医務室に行った方がいい」
「平気だろ、このくらい」
「ダメだよ。膿みでもしたら、今手当てをしに行くより面倒なことになるよ」
うんうん、とベルトルトの言葉に同意する影がある。
その顔の位置がベルトルトのすぐ横にあったため、ベルトルト以外にこんなに背の高いやつがいただろうかとオレは首を捻る。
その間に、わっというベルトルトの素っ頓狂な声が聞こえた。
「カヤ」
そうか、とオレは納得した。
「なんだ、カヤか」
カヤは満面の笑みで片手を上げた。
ベルトルトが笑みを浮かべて小さく手を振る。
訓練中の雰囲気には場違いの二人のやり取りに、オレは毒気を抜かれてしまった。
よお、とつられて小さく手を上げる。
カヤはオレの傍に回って、腕を引いた。
「ん?何だよ?」
カヤが指差す先には医務室がある。
ベルトルトも頷いてオレを促した。
「行ってきなよ。教官には僕から言っておくから」
カヤがそうだそうだというように重ねて腕を引く。
「わかった、わかったよ」
オレは二人の勢いに押し出されるようにして医務室へ向かった。
医務室は無人だった。
団体の性質上、看護師が常駐しているはずなのだが、たまたま席を外しているのだろうか。
まあ大した怪我ではないので構わない。
絆創膏はどこにあるのかと室内をウロウロしていると、カヤが座っていろと椅子を指差す。
だからオレは大人しく座っていることにした。
カヤは物のしまってある場所を把握しているらしく、戸棚や引き出しから手際よく必要なものを取り出していく。
包帯が出てきた時は、んな大げさな、と声を上げたが、すごい勢いで睨まれたので後は黙っていることにする。
不思議な光景だった。
オレにはカヤの姿が見えているから、人が物を運んでいるのがわかるのだが、彼女が見えないやつらにとってみたら、物が宙に浮いて動いているように見えるのだろう。
一体どうなってるんだろうなぁ。
カヤが傍に戻ってきた。
腕を出せという仕草をするので言われたとおりにする。
彼女は親の敵にでも挑むような顔つきで消毒液を手に、オレの腕と対峙した。
その行き過ぎた気合いに、オレは不安を覚える。
「お、おい…大丈夫か?」
カヤはオレの腕を一心に見詰めたまま力強く頷く。
消毒液を振り被った。
「いてぇーーー!!」
手当て――と、それが呼べるのならの話だが――が終わった時、オレもカヤもえらく憔悴していた。
包帯で棍棒のようになったオレの左腕は、擦り傷にしては滑稽なほど大げさな仕上がりだった。
が、カヤはとても満足そうだった。
『よかった』
オレを見てにっこり笑う。
だからオレは、もう少し目立たないようにやり直してくれと頼む機会を逸してしまった。
「あ、ありがとう、な」
カヤは嬉しそうに笑った。
『エレンは、ケガが多い』
一転、彼女は頬を膨らませる。
オレはキョトンとして彼女を見上げた。
『訓練はだいじ』
「おう」
『でも、体もだいじ』
頬の膨らんだ子どものようなその表情が、何故か一瞬母親と重なって、オレは小さく吹き出してしまった。
「ああ、わかった」
カヤは満足そうに頷いた。
『よしよし』
(20140510)
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