03.please don't refuse me
あれから、ルーラは淡々と調査兵としての訓練や講義をこなしている。
調査兵を選んだ同期たちと共に、励まし合いながら、一ヶ月後の壁外遠征に備えていた。
ベルトルトの他人との距離感も特に変わったところはなかった。
今までのようにそっとライナーの傍に控え、話題を振られれば当たり障りのない会話をしている。
変わったことと言えば、ルーラとベルトルトが二人になる時間をつくることをベルトルトが望むようになったことだ。
「ルーラ」
その時であるということはすぐにわかる。
声が全然違うからだ。
普段のどこか間の抜けた、ぼそぼそと乾いた声ではない。
それは風のように柔らかく、慈しみを乗せて耳に届く。
空を舞う花びらを拾うように、ルーラは彼の声を拾う。
「ベルトルト」
自然と振り返るルーラの目尻も緩む。
知らず知らず胸に溜まっていた澱も、彼のあの声を聞けば霧散して消えていった。
そういう時は、長年の付き合いでそうと察するのだろう、ライナーもそっと傍を離れていくのだった。
二人は、そうしていつも、人気のない場所を探す。
その日は、夜風が少し冷たかった。
ベルトルトは背後からルーラを包む。
ルーラは彼の腕に自分の手を重ねた。
二人は互いの体温を確かめ合う。
温かく緩んでいく心を感じながら、ルーラは目を閉じた。
彼の鼓動の音に静かに耳を傾けている。
いつもならそうしているうちに解放してくれるのだが、今日は絡めた腕をほどく気配がない。
試しにルーラが身じろぎすると、ベルトルトの腕がきつく締まった。
「どうしたの?今日はぐずるね」
「嫌?」
ルーラはクスリと笑う。
「嫌じゃないよ。どうしたの?何かあった?」
ベルトルトの腕が肩に回ったかと思うと、身体を反転させられる。
目の前に彼の顔が映った瞬間、唇を塞がれた。
思わずくぐもった声が漏れる。
その瞳には、何故か切迫した光が揺らいでいた。
今日は少し変だなとルーラは思った。
彼にはほんのたまにこういう時がある。
まるで何かに駆り立てられるかのように、いや、底無し沼に足を取られてもがいているかのように、必死に救いを求めて手を伸ばしてくる。
そんな時が。
少々激しいアプローチに、ルーラは息を荒げた。
「ちょ、ちょっと待って。息が…」
「拒絶しないでくれ」
思いがけない硬い声に、ルーラはハッとしてベルトルトを見る。
「お願いだ。僕を…拒絶しないでくれ」
こいねがっているにもかかわらず、その表情は既に絶望していた。
ルーラはなんだか泣きたくなって首を振る。
「しないよ。しないから。そんな顔しないで」
「この先、どんなことがあっても…ルーラ…頼む…」
何をそんなに、怯えているのだろう。
そんなこと、するはずがないのに。
ルーラはベルトルトの背中に手を回し、ゆっくりと撫でた。
落ち着いて、落ち着いて、というように。
それから踵を浮かせ、彼に口付ける。
彼は貪るようにそれに応えた。
彼を蝕んでいるものは何なのだろう。
彼をここまで不安定にさせるものが、きっと彼の中にあるのだ。
それが彼を絡め取り、縛り付けている。
彼はそこから動くことができずに、もがき苦しんでいる。
ルーラの肩に置かれた腕に力が込められた。
ベルトルトは唇を解放し、熱っぽい視線をルーラに向ける。
ルーラはベルトルトに身体を預け、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。
(20131001)
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